人間は五十肩から逃れられないのか?

自分では、特に気にしていなかったのだが、旦那さんが私の日々プチ不調の様を見て、マッサージへ行ったりした方がいいよと、言うので、凄い久しぶりにマッサージへ行って来た。

座骨神経痛、股関節痛、五十肩、滑液包炎の説明をしているウチに、自分でも、マッサージする人は盛沢山すぎて、困るのでは?と思った。今は、どこかが激痛とかがあるわけでもなく、叩けば動くテレビのように意外とちゃんと動いているので、あまり気にしていなかったのだが、マッサージの人は、恐らく誰にでも言うのであろうが、

「うわ、固い!これは大変ですね~」

と、連呼してくれ、そんなリップサービスにもなんだかいい気持ちになった。

「整形外科へ行ったら、かかった先生が二人とも右肩は1年半とか左肩は半年治るのにかかったみたいな話をしてて、整形の先生もなっちゃうの?そんなに時間かかるんだってびっくりしたんです」

と、言うと、

「いえいえ、短いくらいですよ?3年かかったり、5年かかったりする方もいますから~。私もなった時はつらかったです~~~」

と、返してきて、またまた驚いた。

3年?・・・5年?

 

人間というものは、長年生きていたら五十肩から逃れられないものなのだろうか・・・。

 

「あの…でも、ならない人もいるんですよね?」

「ああ、なりづらい人はいるかもですね~」

 

「います」

っていう断言はしないのだな・・・。

 

この絶望的な気持ちは、五十肩なんて、一度もなったことないという80代くらいの人に5人位合わないと、払拭されない気がして来た。

 

そんな人はどのくらいいるものなのだろう?

タキミカさんとかは五十肩とは無縁そうだが、どうなのだろう。

 

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滑液包炎…三度目の注射の卷

滑液包炎がもうぷっくりしていて凄い有様になっているので、また注射で液体を抜いて貰いに整形外科へ。

先々週は金曜日、先週は木曜日、今週は水曜日。

6日に一度抜いてもらっている。

先々週の先生には、溜まりすぎないうちに、抜いた方が・・・と言われたが、さすがに行きすぎな気もする。

 

毎週曜日が違うので、また別の初めて会う先生だった。

 

「え?先週も来たの?ちょっとそんなに頻繁に抜くもんじゃないよ?ちょっとやりすぎじゃない?」

と、驚いた様子の先生。

「え、でも、溜まりすぎると中の袋が大きくなっちゃうから、溜まりすぎる前に抜くようにって言われたんです」

「そんなに抜いたら、感染症になったりするかもしれないし。これ、痛くないの?」

「痛くないです」

「痛くないって言ってもね、これは炎症なんですよ。まあ、今日は来ちゃったから抜きますけど…」

「これって、ずっと膨らみ続ける訳じゃないですよね」

「うーん、膨らまなくなったり、またしばらくして膨らんだり…」

 

うーん、先生にもよくわからないようだ。

今日も、注射器で抜いた液体は15CCだった。

しかし、色が変わってきている。

先々週はオレンジ色だった。先週はあれ?朱色っぽい?と思ったが、今日は先週よりも更に血の色に近い。

この赤い色を見ていると、あまり抜かない方がいいような気もする。

しかし、こう先生方のいう事が違うとどうしたらいいのだ・・・。

 

だが、一番最初に「溜めすぎないように」と、言った先生も、まさか6日でこんなに溜まるとは思っていなかったのかもしれない。

 

先週は、抜いた直後にテーピングをしたのだが、翌日にはしないよりはマシな程度でやはりぷっくりしていた。そして、つけ続けていると、皮膚が負けて来てしまったので、取って一晩何もせずにいたら、そこからのびのびと膨らんでしまった。

よし、皮膚が負けない何かを調達してとにかく圧迫し続けてみよう。

 

色々試して、良い方法を模索しているうちに意外となんとかなるものだろう。

なんともならなかったら、膨らみっぱなしの人でいるだけのことだ。

 

やだなぁ。膨らみっぱなしの人でいるのは…。

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オンライン学校公開 教室を練り歩く我が子をちょっとだけ参観

今日は土曜日だが、学校公開の道徳の授業があり、プン助は登校せねばならなかった。プン助の授業は11時からリモートで親が見られる予定になっていた。

だが、7時半に起こし、8時半に起こし…をしていたが、中々起きない。

9時頃やっと起きたが、英語のゲームアプリのデュオリンゴをやり始め、のんびりしている。

「行かないの?」

「行くよ~、今、Xブースト来ちゃったんだよ!」

(得点が15分間だけ2倍になる時間帯)

「じゃあ、それ終わったら行きなね」

「わかった」

 

だが、終わった後も、メロンを食べたり、キウイを食べたり、ポテチを味見したいと言った後、またデュオリンゴを始める。

「デュオちゃんもいいけど、どうせ行かないならさ、公文とかの宿題やったら?」

「行くよ!わからず屋だなぁ、ママは!」

「ママ、今日は12時から卓球だから、11時から支度始めるし、10時くらいまでしか学校送れないからね」

「わかってる!」

私が、はっぱをかけても、経験上何一ついいことはないことを実感しているので、後は片付けやら、洗濯物干しやらをやり、自分の作業をしていた。

11時過ぎになり、私は自分の卓球の準備を始めた。もうリモートも始まっているが、プン助がまだ家にいるので、下手にオンラインを繋げてしまうと、プン助が面白がって授業に参加する側ではなく、眺める側に回りそうなので、繋げずにおいたのだった。

すると急に、登校する気になったプン助が「じゃあ行ってくるね」と、家を出て行った。身支度を一通りした後、タブレットでミーティングルームに入ると、まさに教室にプン助が入って来るところだった。

なんと、一番カメラが近い席だった。

「アイツ、今来たよ!」

と、ニンタマと旦那さんと、ついコメディをみているかのようにゲラゲラ笑ってしまう。

まるで主役のように一番大きく姿が映っている。到着するなり、ランドセルを置くために後ろのロッカーへ行くのだが、やたらゆっくり、机の間をフラフラと練り歩き、時々掲示板を眺めたりしながら、やっとランドセルを置いたら、また違うコースを練り歩きながら、戻って来た。

「授業の準備してるよ!凄いゆっくりだよ!」

と、ニンタマはすっかり面白がっていた。私も最初は面白かったのだが、段々不安になってきた。

これ、他の親御さんも皆見ているわけだよね・・・。一番目立つところに、このような生徒がいるのを見たら、びっくりするのでは?

そして、こんな生徒に殆どきつい注意をできない先生も、とても可哀想・・・。(昔が良い訳ではないが、昔だったらゲンコツを喰らっている)

面白くはあったのだが、観ているのが、ちょっと辛くなってきた。

卓球にも遅れてしまうので、ニンタマに「授業終わったら、退出してね」

と、言って体育館へ向かった。

 

猛烈しごき教室のような卓球の練習を終え、戻って来たらニンタマが

「ママが行ってからまた凄かったんだよ~~~!」

と報告してくれた。

 

プン助は、ランドセルを置きに行った後も、フラッと立ち上がって歩き回り、掲示板を眺めたりしていたのだが、その後急に、練り消し制作に勤しみ始めたらしい。

日々、鉛筆で塗りつぶした紙を消しゴムで消して、その消しカスを集めては丸める…を繰り返し、育てて来た割と大き目な練り消しを、授業中にもまた育てていたのだが、しばらくして、近くの生徒にそれを差し出して見せ、その生徒が困惑していると、また自分の席に戻り、今度はその練り消しを机に置いて、バン!と叩いて平たくしたりしていたと言う。

「タブレットからもバン!って凄い音聞こえたから、びっくりしたよ~~ヤバいってあれ~~」

ヤバいといいながら、妙に嬉しそうなニンタマ。

 

大丈夫かな・・・。私は最早、慣れてしまっていて、それほど気にならないのだが、これを見た他の親御さんから苦情とか来たりしないだろうか・・・。

5年生なので、お受験を考えているご家庭の親御さんなどは、うちの子の勉強の妨げになる・・・と思ったりしないだろうか・・・。

何故、このような言動をしているのに、野放しにしているのだ…などと言われないだろうか?

私も、お子さんをもっとなんとかして欲しいと、言われてしまう事態になったりはしないだろうか・・・。

 

言われてしまっても、そこをなんとかする自信は全くない。私じゃない親であればできるのかもしれない。でも、私なりに無理強いしたり怒ったり闘ったり諫めたりを数年やってきた結果の今だったりする。

プン助の精神状態は、ここ数年の中で今はかなり安定している方なのだ。

ほぼ不登校の昨年からすると、本当に休むのは二週間に一日くらいになり、どんなに遅刻をしても6時間目の30分だけでも、とりあえず形だけでも登校するようになっている。こちらから、行け行けと言わなくても最後の30分だけでも行った方が、どうやら自分にとって生きやすいことが分かってきているのかな?と思う。

遊ぶのが命のプン助なのだが、妙に律儀なところもあり、学校を休んだ日に遊びに行くことはできないらしく、遊びに行くためだけにでも学校へ行くようなのだ。

これも一緒に遊んでくれる友達がいるお陰なのだ。

そういうお友達がいてくれるのは、本当にありがたい。そして、こんな状態のプン助を怒りすぎないでくれている先生も本当にありがたいのだ。

 

来週あたり、お詫びの電話を入れなければなぁ・・・。

遊びから帰って来たプン助に、授業中、何故彷徨い歩いたり、練り消しを作ったり、授業に殆ど参加していないのかを聞いた。

「だって、退屈じゃん学校って」

とのことだった。

うん、わかるよ。わかるんだけどね・・・。私も退屈だった。一生懸命聞いても、気が付くとぼーっとしてしまったりして、いつの間にか何の話をしているのかわからなくなって、早く時間過ぎないかと、ずっとずっと我慢していた。

辛かった。

辛いので、先生に見つからないように、漫画や絵を描いていた。

 

私が我慢したからと言って、我慢しろというのが正しい訳でもない。私が絵を描いて気を紛らわしていたのと同じような意味で、教室を練り歩いたり、練り消しを作っているのだろう。

私の心の中には、プン助に出来れば我慢をして欲しい、そして気を紛らわすことをするなら、先生に見つからないように上手く胡麻化してやって欲しい・・・という気持ちがあるのかもしれない。

でも、それは言いたくない。

 

自分がした我慢を正当化して人に押し付ける人間にだけはなりたくないのだ。

 

だからと言って、このままでいいのかもわからない。

迷うことばかりだ。

 

オンライン参観、最後まで見続けなくてよかった。

そんな状態の子供を見続けないなんて、怠けていると思われようと、最後まで見続けていたら、きっと悩み過ぎて、へこたれしまったり、怒りすぎてしまったりで、プン助を傷つけてしまったりしてしまったかもしれない。

他の人に迷惑をかけていたら、申し訳ないのだが、気にし過ぎない程度に気に掛けて、本人が楽しそうならよしとしようと思っているのだが、今後どうなっていくのかはさっぱりわからない。

なるようにしかならない…というのは逃げなのだろうか。

 

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病院デー②ホルモン充填療法&プラセンタ注射&子宮がん検診&採血 病院デー② ホルモン充填療法&プラセンタ注射&子宮がん検診&採血

ここ数年、ダラダラとホルモン充填療法を継続している。ダラダラというのは単に私がまめではなく、いい加減な性質だからなのだ。

ホルモン充填療法を受けるには、一年に一度乳がん検診、子宮がん検診を受けなければならない。

それがどうにも面倒でもあり、苦痛でもあり、つい「そろそろ検診を受けてください」と言われてから、中々検診に行けずに、1年治療を続けては3か月~半年ほど空いてしまうのだ。

子宮がん検診は痛い。そして乳がん検診もちょっと痛い上に、高い。不登校気味の息子もいるので、検診の為に空いた時間を作るのも結構大変であったりもする。

しかし、それでもホルモン充填療法を続けているのは、単に更年期というだけではない。

 

私の母方は骨粗鬆症の家系であり、脳梗塞や心筋梗塞を起こす人家系でもある。梗塞を起こしやすいということは、血管が詰まりやすいということだ。

私は若い頃から骨密度が低めで実際、人より多く骨折をしている。

そして、女性は閉経でホルモンの分泌が減少すると骨密度は低下していく一方と聞いていた。

年に一度の特定検診では48歳頃から、急にコレステロール値が爆上がりを始めた。運動したり、青汁を飲んでみたりでちょっとよくなったりもしたが、基本的には総コレステロールもldlコレステロール値は高いまま。

コレステロール関係も、やはり閉経のお年頃で上がる人が多いらしい。

ということは、やはり私の体に必要なのはホルモンなのだ。

ちょっと怒りやすくなったり、情緒不安定気味だったり慢性的な疲れもあるような気もしたので、更年期治療を受けたいと、婦人科に相談し、ホルモン充填療法を開始した。

更年期治療の一環で、プラセンタ注射も受けることにしている。

 

この治療をちゃんと継続していると、明らかにコレステロール値は下がったりもしたのだが、ここ最近コロナ禍で病院に行く気力も中々起きず、今年はコレステロール値は高いままだった。

運動はいいと聞いていたが、結構な頻度で卓球をしているのに、全く効果なかった。ショックを受けていると、運動でコレステロール値下げるのには走り込みみたいな有酸素やらないと無理です・・・と内科の先生に言われた。

そうだ!すっかりさぼっていたホルモン充填療法を再開しよう!と、婦人科へ行ったのだ。

7月に乳がん検診は受けて、問題なしだったので、今日は子宮がん検診に耐えるのみだ。

 

いつもは女医の先生を希望しているのだが、今日は不在でちょっとイケメンの男性医師。気にしすぎではあるが、20代から初めて婦人科へ行くようになってから、30年。いつまで経っても男性の医師に内診を受けるのは抵抗がある。

それでも、内診を受けてもまああまり気にならないタイプの男性医師もいる。

イケメンは絶対ダメ。

若すぎてもダメ。

60代以降のおばさんぽい感じの男性医師であれば、さほど気にならないのだが、行きつけの婦人科の男性医師は困ったことにイケメンなのだ。

絶対に嫌だと思っていて、避けていたのだが、昨年一度この先生に内診を受けるハメになった途端、急にどうでもよくなった。内診を受けた途端、イケメンにも見えなくなったのにはびっくりした。だからと言って、一度受けてしまえば、誰でもどうでもよくなるわけでもない。

一度、見た目は気にならないおばさんぽい先生だったが、醸し出す雰囲気が耐えられない先生に乳がん検診をされ、二度とその病院に行かなくなったこともある。

なので、どうでもよくなるというのは自分にとっては安全な場所が確保されるということでもあり、結構いいことだったりする。

「一通りエコーなどの検査しちゃいますね」

と、言われて、恐怖の内診タイム。

「ちょっと痛いけど我慢してくださいね、うーん見た感じは特に大丈夫そうですね~」

などと言われながらの検査。

 

「あれ去年、すごい痛いって思ったのに、今年は全然痛くない!ラッキー」

などと思っていたら、その後、

「じゃあ頸がんと体がんの方も診ますね」

と、言われ、腰にドーンと衝撃がくるような痛みが訪れた。

「なんだ・・・終わってなかったのか…」

その日はその後、採血もあり、プラセンタ注射もあったので、午前中の滑液包炎の液体を抜いたところから数えると、3回注射を受け、大嫌いで痛い子宮がん検査を受けたことになり、色々ノルマを果たした気持ちにもなったが、ちょっとぐったりした。

来年、また受けないといけないのか・・・。3年に一回くらいだったらいいのに。

でも、本当に何かあった時の為に、やはり受けておかないとなぁ。

 

滑液包炎の方も、コレステロール値も、骨密度の方も、少しはいい方向へ向かうといいな。行かなくても、悪くならない為に、ちょっと面倒でも頑張りたい。

 

そういえば、そろそろ大腸の内視鏡検査も受けないといけない・・・。

腸が長くて、捻じれている上に癒着もしているとのことで、毎回本当に辛いのだよなぁ・・・。

 

年を取るにつれ、痛い検査増えるなぁ。

体って消耗品なのね、とつくづく思う。

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病院デー①ガングリ改め滑液包炎と五十肩

先週、針で液体を抜いたガングリオン改め滑液包炎が一週間も経たないうちにパンパンになってしまった。

堪り兼ねて、また注射で液体を抜いてもらう為に整形外科へ。

先週とは曜日が違うので、別の先生だった。

前回の先生は注射をする時、ベッドに横たわるように言われたのだが、今日の先生は座ったまま背中をかがめて注射をしていた。

先週の先生より、ちょっとヨボヨボした先生なのに大丈夫?と不安になったが、意外やこの先生の方が全然痛くなかった。

ちなみに、先週は16CC。今日は15CCの液体を抜いた。

15CCって大匙1だ。みりんやら、料理酒やら醤油をよく大匙1~3使うことを思うと、私の体内から排尿とか汗という出さないといけない水分以外にこの水分は抜き取って良い水分なのだろうか?という気分になる。

滑液ってきっとすごく役に立つ液体なのではないだろうか?この滑液を作り出す為に、私の体は頑張っているのに、おかしなところに溜まるせいで、抜き取らねばならないなんて・・・。コンドロイチンとかヒアルロン酸とか、抜けちゃうんじゃないの?その分、弛んでしまっている顔とかに入れられないだろうか・・・。

抜くたびにそういう気持ちになる。先生には言わないけど。

 

実は先週もこの滑液包炎の他に、

「左肩が痛いんですけど、寝ている時に凄く痛くて、もしかしたら五十肩かなって思うのですが…」

と、相談していた。先週の先生は

「そこまでひどくなさそうですけど、五十肩かもしれませんね。五十肩はすぐには治りませんよ。私は、左肩は半年、右肩は一年半かかりました。ですが、治ります。でも何度もなったりします。五十肩って名前ですが、60歳の方でも80歳の方でもなります」

と、さらりと話されていた。

今週の先生にも、やはり痛いので、湿布薬を出して欲しいと頼んだのだが、

「五十肩は寝ている時に痛いのが特徴です。私は左肩は1年、右肩は1年半かかりました。でも、治ります」

と、言われた。

治る・・・けれど、そんなに長くかかるのか・・・、そして五十肩を相談した先生は二人だけなのに、その二人とも自分もなっていたのか・・・ということに、ちょっと絶望的な気持ちになった。

え?もしかして、人間というものは五十肩から逃げられないの?

ならない人間っていないのだろうか?

それとも、この確率は偶々なの?

整形外科の先生ですら、ほぼ放置で一年半って・・・対処療法しか何か打つ手はないのかい?

 

いやいや、こんなにサラっと言っているのだから、治ってみたら大したことはないという類のものなのかも?

 

お産も骨折もその時は大変だったけど、終わってみたら忘れている・・・。

嫌々、バカな!忘れているからと言って大変じゃなかった訳ではない・・・。どれもこれも、もう一秒たりとも耐えられないと思う瞬間が何度もあったじゃないか。

この後、私はまだ五十肩の入り口に差し掛かった程度なのだ。これから、左、右となって、一度で済まずに何度も繰り返す人生・・・そして、過ぎ去った後には「1年以上かかるけど、大丈夫!治るから」という未来が待ち受けているのか?

 

いや、なんとなく自分は五十肩だと思っているけれど、凄く軽傷でいつの間にか痛くなくなり、右はならないって可能性もあるはずだ。

激しくそっちの人生を希望する。

 

 

病院に行く日というのは、仕事を済ませたり、大事な用事が無い時になってしまうので、ちょっと不調が重なると、どうしても病院の梯子になってしまう。

 

この日は、その後、産婦人科にも行った。

そちらの件は病院デー②で書こうと思う。

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ガングリオンじゃなかったのか!

昨年の秋頃から右足首のくるぶし付近が膨らみ始め、何か処置を施さないと…と思っていると、消滅する…ということを数回繰り返していた。自己判断で、ガングリオンだろうと思っていたが、今秋頭にガングリオンの治療をしているという皮膚科で診て貰ったところ、これはガングリオンではない、ちゃんとした整形外科で診てもらった方がよい・・・と言われてしまった。

ちゃんとした整形外科?

近所にいくつか整形外科はあったが、外科的な治療も視野にいれると、やはり大き目な病院だろう。

ということで、皮膚科に行ったすぐ後に、何度か鎖骨の骨折の手術などでお世話になった病院に予約を入れ診て貰ったところ、

「ガングリオンじゃないですね・・・カツエキホウエンです」

と言われた。

カツエキホウエン?

「漢字だどんな字を書くんですか?」

と聞くと、

「滑液包炎」

と、書いてくれた。

そして、注射で中の液体を抜いてくれた。

これが地味に痛かった。プスッとさす最初はそうでもなかったのだが、液体を抜いて行く後半、最後の液体を吸い込む時に、自分の体の一部も引っ張られるようなズルズルっという感じの痛みがあった。

しかし、見事にぺしゃんこになった。

「16CCありますね。多分また、膨らむと思うんでけど、あんまり膨らませないうちにまた抜きに来てください。溜めると、中の袋がどんどん大きくなっちゃうんで」

と、先生。

そうだったのか・・・。自然につぶれて消滅しては膨らむを繰り返していたので、どうせ萎むだろう・・・と、思って放置していたのが、よくなかったのか。

 

次回は、10CCになる前に、液体を抜きに行こう。

抜かれた液体は、透明なオレンジ色であったが、滑液・・・というからには、なんとなくヒアルロン酸とか骨に良さそうな成分なのではなかろうか?

自分の体で作った骨に良さそうな成分をただ、注射で抜き取るのはちょっと勿体ない気がした。

飲んだら、サプリみたいな効果があるのではないか?思ったが、素人がバカなことをと思われそうで、その時には口に出さなかった。

圧迫していた方が、膨らまないとのことで着圧ソックスなどの使用を進められ、その時は圧迫するようにギュっとした感じにガーゼとテープを張って貰った。

今後どんな風に膨らんでいくのか、気持ち悪いながらも、ちょっと楽しみ。

まさか、一生膨らみ続けるということもないだろうが、じっくりコイツと付き合わないといけないのかもしれない。

この日は、別件で内科でちょっとした検査の結果を聞きに行き、薬の処方箋を出してもらったのだが、滑液包炎の治療は1,100円で、検査結果&処方箋の方は1,360円だった。体感としては、滑液包炎の治療の方が先生に手をかけて貰った感が高かったのだが、保険の点数とか色々あるのだろうな。

ついでに言えば、「これはウチでは無理です」と、ほぼ30秒で診察が終わった皮膚科は860円だった。ここでは前もって電話で説明してこの時間帯は空いていると言われて行ったのだが、40分以上待たされてこの結果だったので、体感としては往復で40分、待たされて40分、診察30秒で無駄骨…というショックもあったので、モヤモヤが残った。

無知な素人感覚としては、皮膚科200円、整形外科2,600円、内科800円くらいが妥当な気がした。

金額への納得感って難しい。

 

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近所のおじいさんとの距離感に悩む9年間

父の命日。もう、6年も経ったのか・・・。

 

ここの所、朝15分程、ちょっと歩いて近所の公園で鉄棒に30秒ぶら下がったり、足の筋を伸ばせる器具で伸ばしたりしている。

 

住んでいる集合住宅から少し歩く所に一軒家があり、いつも植木の手入れをしているおじいさんがいる。ここに住み始めてから、9年。このおじいさんとの距離感をどうするか、今も決めかねている。おじいさんの方は、おそらく何も感じていないのだが、私だけが勝手に、悩んでいるのだ。

 

住み始めた当初、おじいさんの住んでいる家の前の集合住宅が数棟、しばらく無人の状態で放置されていた。詳細は不明だった。

だが、時折おじいさんが、「ここは昔、アスベストで問題になったんですよ」と、近所の人と立ち話をしているのを盗み聞いたりはしていたので、何か問題があったのだろう。

おじいさんは、業者らしき人の車にも、時折注意をしていた。そして、鳥インフルエンザが心配だと、しばしば鳥の糞にホースで水をかけては流したりしていた。

誰かと立ち話をしているか、植木の手入れをしているか。とにかく、その道を通る時は大体いるのだった。

誰かに注意をしている時もあるが、親し気に話している時もあるわけで、私自身何か注意をされることをしている訳ではないのだが、なんとなく身構えてしまっていた。

 

だが、時々ウチに来て貰っていた母や旦那さんのお母さん達は、数日滞在している間に、すぐにこのおじいさんと色々な話をしているのだった。

年配の人達はオープンハートだなぁ。私も、見ず知らずの人と気楽に話して、その場限りの会話を楽しめれば良いなと思うのだが、小学校高学年くらいの年頃から、そういうことが苦手になってしまった。

一度まあまあ会話をしたら、きちんと知り合いになって、会えば必ずきちんとそこそこの話をしなければならないようなプレッシャーを感じてしまうのだ。旅先などであれば、その場限りの会話も楽しめる。だが、住んでいる場所で、話す相手が増えてしまうと、話したい相手と話す前に、それほど話したくない人と沢山話すハメになって、話したい人と話す前に疲れてしまったり、ちょっとパニックになってしまうのだ。

人と話すのは好きなのに、人疲れしてしまうので、家の付近では隣人以外の人付き合いスイッチをオフにしたいのだ。

だが、時々そんな自分を変えたくなる時もある。長々話すハメになって疲れるのなら、さっさと切り上げればいいだけじゃないか。自分のしたいようにできれば、別に苦にする必要なんかない。もっと気楽に人と語れる人にならないと!

そんな思いに駆られて、時々自分からおじいさんに「おはようございます!」と、話しかけてみたりもした。おじいさんは、満面の笑みを浮かべ、私の倍の大きさの声で「おはようございます!!!」と、返してくれる。だが、数日経つと、私はまた弱気になり、「きっと私のことなど覚えていないだろう、いいや、今日はスルーしよう」と、スマホを眺めるふりをして、気付いていないフリなどをしてしまうのだった。

無人だった集合住宅が建て毀され、新しくマンションが建てられ始めた。おじいさんは、やはり工事の人には時々注意をしたり、土埃を気にして、頻繁に道路に水をまいたりするようになっていた。マンション工事が終わると、おじいさんはまたふつうに愛想のいいおじいさんに戻った。

そんなこんなでコロナ禍に突入。学校も休みになり、遠出は控えるものの、子供らと近所を散歩したり、家の前を走ったりするようになった。

すると、「お!頑張っているね~」と、声を掛けられるようになり、おじいさんがこちらを覚えているのか覚えていないのかわからないまま、こちらも会話をするようになってしまった。私も、こんなご時世だし、ご近所の人を大事にしなければ・・・と、世間話をするようになった。

だが、最近またおじいさんと話すのが億劫になって来ている。他の人と話していると、多分こちらに気付いていないだろうと、道の端の方を歩いたり、木の陰に隠れるように歩いたりして、また知らん顔をするようになってしまった。

自分のテンションが高い日だけ、挨拶をして、なんとなくナーバスな日は木陰に隠れるみたいな日々が続いていた。

 

今日は、どうしよう・・・。話すべきか、話さないべきか・・・。

 

悩みに悩み今日は頑張ることにした。

「おはようございます!」

と、声をかけると

「おはようございます!毎日ご苦労さまです!」

 

と、やはり私の3倍くらいの声で返された。

毎日ご苦労さまって、ただの散歩なのだけど・・・。というか、毎日?って言っていたけれど、帽子をかぶってサングラスもかけて、日焼けしないように耳にかけるネックウォーマーをしている私を、覚えているということだろうか?

 

一瞬ギョッとしたが、私を認識しているということではなく、帽子をかぶって、サングラスをかけて、ネックウォーマーをしている人が最近、毎朝歩いているなぁ・・・という程度のことだろう。

というか、私はここ9年、おじいさんの存在をあれこれ思い悩んでいるが、おじいさんは、つゆほどもそんなことに気付いていないだろう。気づいていたとしても、全く気にしていないはずだ。だから、私は悩む必要なんかないのだ。

 

気を取り直して、近所の公園へ行って、鉄棒にぶら下がり始めた。

少し遠くの建物の影に、座っている男性がいた。

その人はここ、数日いつもそこに座っている。

 

30秒ぶら下がったので、別の器具に足を乗せて、足の筋を伸ばし始めたら、その男性は立ち上がり、その場から去ってしまった。

そういえば、前日も私が鉄棒から移動して足を延ばし始めると、立ち去ったような気がする。もしかして、私の存在があの男性を落ち着かない気持ちにさせているのだろうか・・・。

せっかくぼんやり座っていたのに、私が来ることによってその平穏が脅かされているのだろうか・・・。

 

そうだとしたらちょっと申し訳ない。でも、その気持ちはちょっと分かる気がしたのだった。

私も、些細なことに日々脅かされてしまう。

もっと、何にも脅かされない人間になりたい。

 

とはいえ、人を脅かしているかもしれないことがあることも忘れないようにしたいなぁ・・・などと、思いながら足の筋を念入りに伸ばしたのだった。

 

 

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卓球と意図しないデジタル断ちでメンタル調整

「明日、2時間目から来られる?」

と、担任の先生に言われたというプン助。

2時間目から行くのだろうか?と、見守っていたが、行く気配なし。

チャーハンを作ったりしている。

ああ、もう3時間目始まったよ…。

今日は13時から、卓球なので、家事や事務的な用事などをしていると、母から電話。

北海道に住む友人の具合が悪いのだが、膝の手術をしたばかりで、お見舞いに行けないことを気にしていた。私が付き添えば、札幌に行けるかどうか・・・などを話して電話を切った直後、

「安倍さん襲われたって速報が出てる」

と、旦那さん。

その時点でテレビを付けたが、意識があるのかないのかも、まだわからない状態だった。胸と首に傷を負っている・・・と、聞くだけで、不穏な感じ。

 

自民党に心を寄せたことは、人生で一度も無いのだが、思った以上にショックを受け、卓球どころではない気持ちになった。

「今日は卓球お休みしようか・・・」

と、いう気持ちになった直後、

「こういう時こそ、絶対に卓球をした方がいい」

と、打ち消すような気持ちが湧いて来た。

 

この日の練習場には冷房がなく、蒸し風呂のようだったが、ここでは誰も、襲撃の話をしていなかった。

 

高校生の頃、憂鬱でこれ以上ないと思うほど落ち込むことがあった時、部活の練習どころじゃないよ!と思っていたのに、卓球をすると、自分でもびっくりするくらい、元気になったことがあった。卓球に限らず、スポーツにはそんな効能がある気がする。

もしかすると、他の方達も今日は、そんな気持ちで練習に来たのかもしれない。

勝手な推測だが。

 

スマホでいつも歩数を図っているので、練習中もポケットにスマホを入れている。平均一日8千歩を目指しているのだが、8千歩は普通に暮らしているだけでは中々クリアできない。日常生活のみでは、せいぜい5千歩行くかどうかで、意識的にプラス3千歩歩くようにしているのだが、卓球をする日は、1万2千歩くらいになる。

卓球をする日は歩数の稼ぎ時でもあるのだ。

いつもは、休憩の時に何歩稼いだかな…と、気になってスマホの歩数計を観たりするのだが、この日は安倍さんの件で新しい情報が入るのも恐ろしく、スマホを見ないようにしていた。

卓球が終わり、恐る恐るスマホを見ると、「iPhoneを削除しますか?」という文字が表示されていた。

どうやら、ポケットの中で、間違ったパスコード番号などが押されたことになって、41分間後まで、使えなくなってしまっていた。

 

今まで、そんなことは一度もなかったのに・・・。

41分後という中途半端な分数も何なのだろう。

 

リュックやポケットに入れて、また布が触れてしまったりしたら、今度は何時間も使えなくなってしまう。細心の注意を払って、スマホに余計なものが触れないようにしまい、帰宅した。

 

なんとなく、今は新たな情報に触れない方がいい・・・ということなのだろうと、帰宅後アイスを食べたり、洗濯物を取り込んだり、畳んだりして、テレビを付けないようにしていた。

数十分後、スマホの画面から不穏な表示は消え、平常画面に戻っていた。普通に番号を入力したら、表紙抜けするほど、あっさり使えたのだった。

ニュースで、状況の進捗を見ると、私が卓球に行く前とあまり変わっていなかった。

心配停止と報じられて、回復した人を今まで見たことはない。でも、これだけ長い間、治療をしているということは、最高の医療を施して何か良い兆候が現れたりしているのかもしれない。

もしくは、いつ、どのように発表するのか方針が定まっていなくて、それが決まるまではとにかく治療を続けているのかもしれない。

 

全然好きではなかったけれど、こうなると実はちょっと好きだったのかな…という気さえして来てしまう。

なんとか回復してくれないものだろうか。

でも、小池都知事や岸田総理、弟の岸信夫さんなどが、マスコミに応対している表情を見ていると、全てを分かっていて黙っているようにも見えてしまう。

 

昭恵さんが病院へ到着する様など、流さないであげて欲しいなと思って間もなく、訃報のニュースが流れてしまった。

 

こんなに悲しい、憂鬱な気持ちになるとは思わなかった。

思ったより、メンタルがやられてしまっている。

来週は、体が許す限り卓球をしなければ。デジタルからも少し離れよう。

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ガングリオンって自然治癒するのか?

昨日まで、膨れに膨れていた右足くるぶしの横のガングリオンが消滅した。

 

正確には、中の水が抜けたようだ。

左足の同じ場所に比べると、何か厚ぼったい感じはある。

 

昨年、夏頃にもぷっくりし始めていたのだが、11月には、明らかにパンパンになり、毛皮族に出演中、唐突に消滅した。

 

自分が高校生の頃、母の手首にガングリオンが出来たことがあった。

10数年前、旦那さんも肘にガングリオンが出来て、当時まだ形成外科で勤務医をしていた父が、注射で水を抜き取ってくれたりした。

 

 

母にできた時も、旦那さんにできた時も、そのふくらみが気持ち悪くて、触るのも怖かった。

よくこんなものが、自分の体に出現して平気でいられるな、自分だったらとても耐えられないと思っていた。

 

なので、自分の右足首にそれらしきものが、出来た当初は、毎日気持ち悪くて憂鬱だった。日に日に、膨らんでいくのも不気味だった。

毛皮族の稽古中、股関節痛で通っていた、整形外科で「水を抜くのはいつでもできますが、結構再発するんですよね」と、言われ、次回の通院まで様子を見ようと思っていたのだが、本番中に楽屋で足首を触って、消えていることに気付いてびっくりした。

 

「消えることがあるのか…」

 

膨らんでいたせいで、皮が伸びたのか、もしくは中にガングリオンの袋があって、それがつぶれただけで、まだ袋はあるからなのか、ちょっとだけ異物感は残っていたけれど、注射で水を抜かずに済んで、ちょっとホッとした。

旦那さんも、水を抜いた後、再発していないし、このまま再発せずに暮らせるといいなと願っていた。

 

だが、今年の4月ごろ、また右足首が膨らみ始めた。再発してしまったか・・・。

 

ガングリオンの根っこというか袋は、まだ残っていたのか・・・。

と、思いつつ二度目となると、もうあまり気持ち悪いと思わなくなっていた。

むしろ、ぷっくり感を楽しむようになっていた。

子供らも同様だった。

 

昨年できた時は、ガングリオンに触ると、「気持ち悪い~」「うわぁ~」と、すぐに手を引っ込めていたのだが、プン助など、

 

「ちょっとプニプニ触らせて」

と、わざわざ感触を楽しむようになっていた。

 

あんまり触られると、さすがに炎症を起こしたり、変異したりしないかちょっと心配になったが、マリモでも飼っているような感じになって来た。

 

なので、今朝、触れて消滅していることに気付いたことは、安心したのだが、ちょっと寂しくもあった。

 

プン助もさぞ寂しがることだろう。

 

でも、袋というか根っこはまだあるようなので、きっと数か月後には、また膨らんでくるのではないだろうか。

あんなに気持ち悪かったのに、愛着まで湧いてしまうとは思わなかった。

まさか好きなるとは思わなかった相手と付き合って、悪くなかった・・・みたいなものだろうか?

いや、でも年がら年中再発したら、それも嫌だな。

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人生を立て直したい計画 頓挫か?

昨日、人生が色々うまくいかないのは、遅くまで起きているからだと思い立ち、10時に寝る!と宣言して、なんとか寝床についた。

子供らはまだガンガンに起きていた。

「ママのこと絶対に起こさないでね。寝ている人間を起こすのは一番罪深いことだし、ママは寝入りっ端を起こされると、殺意湧くタイプだから」

物騒なことを言ったにもかかわらず、子供らは「ほーい」という呑気な感じ。

 

「寝るぞ!なんとしても早く寝て、人生を立て直すのだ!」

プン助にも10時に寝ようと声をかけたが、やだ!と、断られた。

YouTube中毒のプン助も気になるが、まずは自分が魔のサイクルから抜け出すのだ。寝る。なんとしても10時に寝るぞ!

 

布団に入った途端に稽古から旦那さんが帰って来た。

 

稽古が順調に進んでいる話をしたくてたまらなさそうだったが、「ごめんね!寝る」と、襖を締めた。

 

旦那さんもYouTubeを見ながら、晩酌。

 

「うるせーな」

と思いつつも、うとうと。

ニンタマも間もなく寝床へ。

 

だが、風呂に入る旦那さんやプン助が、着替えを取りに来たり、中々にうるさい。

動画を観すぎのプン助へ旦那さんが、大声で説教をしている。

プン助は「あと、10分」と、言っては20分、30分見ているらしく、旦那さんが、「お前、10分って言っただろう!なんで嘘ついたんだ!」などと、怒鳴る声が鳴り響いて、おちおち寝ていられない。

 

私の言う事は中々聞かないが、旦那さんの言う事なら少しは聞くだろう。

ああ、寝床に入ってからもう、かなり時間が経っている。

折角人生を立て直そうとしているのに眠れなきゃ、台無しじゃないか…と、じわじわ焦りが出て来る。

やばい。眠れないパターンに陥ってきている。

いや、大丈夫。時間を気にせずに寝るのだ!

 

やっとプン助が、寝床へ入って来た。うっかり時計を見てしまう。

なんと、12時半だった。

「12時半まで起きてたら、朝起きれないよ!なんで、そんなに長々動画見ていたのよ!」と、切れかけるが、切れるとまた眠れなくなってしまう。

「まあ、いいよ。プン助の人生だもんね。寝不足で起きられないことを受け止めて、自分で考えればいいよ」

 

すると、襖越しに旦那さんが、大声で何かべらべら喋っている。

何事なのだろう?セリフの練習?

いや、今の稽古は役者としてではなくて演出家としてだし、セリフの練習する必要はないだろう。しかも、こんな夜中に。

 

「何?!なんでべらべらしゃべってんの!」

 

襖を開けると、旦那さんは床に寝転がっていた。

私の剣幕に驚いたように飛び起きて、

「誰ともしゃべってないよ!」

 

と目をぱちくりさせている。

 

どうやら、酔っぱらいながら床で寝てしまい、夢でも見ていたらしい。

 

「そんなとこで寝てたらダメでしょ!ちゃんと布団で寝なよ!あと、しゃべってたからね。べらべら。ちょっとうるさすぎ。それに、プン助12時半まで起きてたよ?あれじゃ、また起きられないじゃん!」

 

それだけ伝えて、襖を閉じると、旦那さんが、また襖をあけて、

 

「ごめんね、うるさくしてごめんね。いつもありがとうね。プン助のことは俺が責任もって起こすから」

 

と、謝って来た。

 

「もういいから、寝かせて」

 

と、言ってようやく、ウトウトしていたら、また旦那さんが、襖をあけて、

「ホントにうるさくしてごめんね。静かにするね。いつもありがとうね」

 

と、言って来て、完璧に目が覚めてしまった。

 

頼むから寝かせてくれよ・・・。

 

今は私と子供らが和室で川の字になって寝ていて、旦那さんだけ、別室で寝ているのだが、間もなく別室から旦那さんのいびきが聞こえて来た。

 

この家で起きているのは、眠れていないのは私一人…!

 

一番早く寝床へはいったのに、何故、こんな遅い時間まで私一人が眠れていないのか?!

 

ああ・・・どうせ眠れないのなら、ヤフオクやメルカリで着物を眺めたりしたいよ・・・。いや、そんなことをして、益々目が冴えたら、人生を立て直したい…という目標が台無しではないか・・・!

 

寝たい!ヤフオク見たい!寝たい!メルカリ見たい!

 

っていうか腰が痛い!

 

腰痛をなんとかしないと、最早眠れない。

ストレッチポールに乗ろう。

ストレッチポールを出して来たり、ヨガの猫のポーズをしたりして、この位でいいか・・・と、布団に入ると、今度はお腹が張っているのが気になって来た。

 

腸揉みでもするか・・・。以前、動画で調べた腸のマッサージを丹念にする。

今、何時なんだろう・・・。

 

何気なく、携帯に手を伸ばすと、ヤフオクのウォッチリストにいれて、値段の経過を見守っていた帯がチラっと映る。

 

無意識にそのページを開くと、私が気づいた時点では2000円台だった帯が、20000円以上の値で落札されていた。

 

そうか…あの帯はそんな高値で売れたのか…。わからないものだな・・・。もっと良さそうな帯が3700円くらいでひっそり落札されていたりするのに。

 

ああ、いかん!ヤフオクをみてしまったではないか・・・。人生立て直し、台無しだ。

 

というかこの時点まで、眠れていないことで、とうに台無しだったのだ。

いや、腐るな。こんなことで腐ってはいけない。腐ると負け癖がつく。腐らない、腐らない。いいじゃん、そんなに自分を責めなくても。

どうせ見てしまったのだから、こころゆくまでヤフオクチェックすればいいじゃん。。。と、気になるタイプの着物や帯を存分に見ることに決めた途端、睡魔が訪れた。

 

4時20分。素敵な音楽。

私のスマホのアラーム音だった。

4時20分に起きて、瞑想をしてストレッチをして、20分程度の散歩をしてから、お仕事スイッチを入れようと思っていたのだ。

だめだ。起きるのは無理。だって、恐らく2時くらいまでヤフオクを見ていたのだ。

もういいや。6時だ。6時でいいじゃないか。

 

そのまま6時にセットして、眠る。

・・・と、ピピピピっと別のアラーム音。

 

「うるさいな!なんだよ!」

目を覚ますと、なんとプン助の携帯のアラーム音だった。

 

「うそでしょ?まだ5時半だよ?」

プン助はピクリとも動かない。

プン助はいつも朝、8時半くらいまで寝ているのだが、実は朝早くおきたいという願いも持っていて、昨晩アラームをセットしていたようだ。

うるさいので、止める。

 

すると、

 

「なんで止めたの!起きれないじゃん!」

 

と、鋭い声。

 

寝ていたはずのプン助が、顔を上げて、険しい顔で私を見ている。

 

「あ、ごめん。起きてたの?起きるの?」

 

と、聞くとコクリと頷いた。

 

「そうかぁ、凄いね。よく起きれたね。ママはもうちょっとだけ寝るよ」

と、言っている間に、プン助は布団に突っ伏していた。そのまま、動かない。

私も布団に突っ伏す。

すると、一瞬後に再び、ピピピピっと、プン助の携帯のアラーム音。

どうやら、プン助は5分置きにアラームをセットしていたらしい。

「プン助!なってるよ!プン助!」

と、声を掛けるが、ピクリとも動かない。

しかし、止めると、また叱責が飛ぶかもしれない。

アラーム音はしばらくしたら、止んだが、すぐまたなり始める。

これが何回か続いた後、私のスマホから素敵な音楽。6時か・・・。

理想の目覚めとは全く違うが、理想に少しでも近づくためには起きるしかない。

起きて、家事やらPTAの作業やらをやり始めた。すると間もなく、またアラーム音。

プン助のスマホは充電が足りなくなったらしく、6時45分でアラーム音は止んだ。

 

なんだろうか・・・何かに試されているのだろうか?

私を眠らせない、この館は一体どうなっているのだろうか・・・。マンションなのだが、呪われた館のように思えて来た。

 

ここで挫折したら、いかん。

今日こそ、早く寝て、早く起きる、美しい生活を実現するぞ・・・。できるのか?

 

この日、プン助は10時過ぎくらいまで寝て、6時間目の授業が終わる10分くらい前に、学校へ行った。

 

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