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ママの為の中学入学式

ニンタマの中学入学式。

朝、5時半起き。

この日は絶対に着物を着ると決意していた。ニンタマは卒業式に参加せずにスキー合宿に行ってしまったので、大手を振って着物を着る機会を一つ逃してしまった。入学式だけは…絶対!絶対に着物を着るのだ!

ニンタマが主役のはずなのに、最早誰のための入学式なのかよくわからない。

前々日に、長襦袢に半襟を縫い付けたが、全然綺麗に縫えず、縫い直す時間も全くなかった。半襟をぶよぶよさせない縫い方というYouTubeを10種類くらい見て研究していて、なんとなく自分もできる根拠のない自信を持ちつつ縫ったのだが、今回も失敗。

でも、私の心は穏やかだった。

何故なら、昨日小学校の入学式があり、着物姿のお母さんを沢山目撃したのだが、誰一人、ビシっと決まった着付けをしている人はいなかった。この日の為になれない着付けを頑張った…という初々しさが漂っていて、着慣れていない姿もまたヨシ!・・・っていう感じに見えていたのだ。私の半襟がブヨブヨしている事に目くじらを立てる人間なんかいるはずもなかろう。

そして昨日は、また着物着てるのか、何時間やってんだよ!と思われないように家族の目を盗んで、こっそり着付けの練習もしたのだ。普段着の紬と違って、訪問着に重ね襟をつけて着る着付けは、思った以上にアラが目立ち、ちょっとパニックになったが、そのパニックを経て、帯をきちんと結ぶことを諦め、昨日帯結び器に帯をセットし、後は背負って微調整すればいいだけの状態にするズルっ子の仕込みも終えていた。この余裕で昨日見たお母さん達よりは着慣れた感じに着れるはず…。

さすがに訪問着で調理をする訳にもいかないので、ちょっとした朝食を用意して洗濯をしたりした後、着物を着始める。

昨日は焦ってお端折りがぐしゃぐしゃになってしまったので、そこは丁寧に取り組んだ。しかし、うまく行かない。もう、丁寧に胡麻化すしかない。丁寧にするということと胡麻化すと言う作業は真逆だが、雑に胡麻化すと最悪の結果になる。要は見えているところがおかしくなければいいのだ。見えないところに、余った布を詰め込んだりしているウチに、見えている箇所はそこそこ綺麗に収まった。私が着物を着ている間、旦那さんがシングルファーザーのように、子供らの面倒を一手に引き受けてくれた。プン助が、色々テンパっている私をからかうように、わざとパンを持って抱き着く真似をしたりするのに、冷や冷やしたが、なんとか無事に着付け終了。

プン助も、ちゃんと朝8時に登校してくれた。奇跡のようだ!よかった!

 

ニンタマも、気合いを入れたポニーテールをしていた。

学校へ向かうと、入学式へ向かう親子がゾロゾロ歩いていた。校門前で写真を撮ろうとする人達が行列していた。その列に並びながら、私が保育園で一緒だった人を見つけては声をかけているのを見て、ニンタマが

「6年も前の人なんて、覚えてないかもしれないのに、よく声かけられるね」

と、ドン引きしていた。確かに、6年経っても大人はちょっと老けるくらいであまり変わらないが、子供の6歳から12歳は見た目も環境も大分変化する。そう思うのも無理はないかもしれない。だが、それとは別に。緊張しているニンタマを他所に、着物姿の私が浮かれた様子であちこちに声をかけることで、自分が悪目立ちする気がして恥ずかしいのかもしれない。校門前の列で、小学校1年生までニンタマと習いごとが一緒だった男の子の親に声をかけたたら、男の子が「もう、覚えていないよ~」と、言ったのを境に、ニンタマが「ほら!」と、私が色々な人に声をかけるのを止めるようになってしまった。着物を着たい気持ちとは別に、久しぶりの人にも会いたい気持ちがあったので、浮かれて声をかけまくっていたけれど、主役はニンタマ。ニンタマが嫌なら、控えたほうがいいだろう。

 

校門前で写真を撮るのも、ニンタマも旦那さんも気が乗らない様子だったが、10年後にその写真を観た時に撮ってよかったって思うから!…と、ゴリ押しで撮影。

 

校舎に入ってから、ニンタマは教室へ行き、私と旦那さんは会場となる体育館へ。コロナ禍ということで、親は二人までと決まっていた上、一人は2階の会場へ、一人は1階で、モニターで入学式を見ることになっていた。カメラ設備などが充実していたら、モニター会場の方が見やすいということもあるかもしれないが、普通の市立中なので、どうなのたろう。私は0歳から2歳までの保育園が一緒だった懐かしいお友達のお母さんのNさんと話し込んでしまったので、Nさんと一緒に2階の会場へ行き、旦那さんがモニター会場へ。式が始まるまで、NさんとNさんのお友達のGさんと中学について色々話した。Gさんは、上のお子さんがいるので、中学事情に詳しく、先生が出来のいい子と、そうでもない子に対する扱いが全然違う、でも、不登校とか何か問題を抱えている子に関しては割と手厚い、リストカットが流行っているらしい・・・などと、色々な情報を教えてくれた。リストカットにも流行り、廃りがあるのなら、暫くは廃れて欲しいものだ。

 

間もなく、入学式が始まった。新入生が先生に引率されて、クラスごとに入場して来た。小学校の入学式などでは、拍手で迎えられると、恥ずかしそうにニコニコしていた生徒が多かったが、中学生でそういう生徒は殆どいなかった。ほぼ、笑顔無しで緊張した面持ち。なんだか楽しそうなことがありそう・・・とワクワクしているというより、ここでちゃんとやっていけるのだろうか・・・と、どんな生活になるのだろう…という思いの方が強いのかもしれない。小学校で様々経験を積んで、無邪気にワクワクなどできないのだろうな・・・。それでも着慣れていない制服に身を包んだ新入生は初々しくて、なんとも言えない可愛さがある。

 

コロナ禍なので、飛沫が飛んではいけない・・・ということで、歌などは全て録音の音声で流していた。君が代や校歌、合わせて3曲あったのだが、あまり上手でもない感じで録音状態も大してよくない歌を何百人もが、神妙な顔をして聞いているの情景はちょっとシュールだった。感慨深い気持ちに耽るにしても、3曲は長すぎるのではないだろうか・・・。好きな歌手の歌などなら、気分よく聞いていられるかもしれないが。私自身は小、中、高と君が代を歌わされたこともなかったので、時々子供の学校行事へ行くと、君が代を歌わされることに、時代が逆行しているような気持ちになるのだった。

そして、280人ほどの生徒の名前を読み上げ、生徒が返事をして立って「はい!」と、返事をするらしい事を知り、

「え、全員読み上げるの?長!」

と呟いてしまった。隣にいたNさんも「ですよね」と、小声で返してくれた。

だが、実際読み上げて返事をする光景を見ていたら思ったほど、苦痛でも退屈でもなかった。

そして、校長先生、地域の偉い人、3年生の代表、1年生の代表たちのスピーチ。校長先生や、地域の偉い人のスピーチは人生の先輩としてのアドバイスめいた内容で、大層立派なお話だった。3年生、1年生のスピーチも、本心からこんな立派なことを考えている子供が存在しているのか?!と、驚く程、立派でしっかりした話をしていた。

でも、立派な話ってどうしてこんなに面白くないのだろう・・・。ちょっとでも面白い要素を話したら、厳粛さが損なわれると思って、面白要素は絶対にいれないようにしているのだろうか・・・?面白いことが正義だと思って生きて来たけれど、ふざけた感じはバカに見える…という価値観の人の方が世の中多いのかもしれない。

儀式というものは、面白いものではなく、そのつまらなさに耐えることで、厳粛さを保っているのかもしれない。ニンタマは今頃、どう思っているのかなと、想像する。きっと真顔を保ちつつ「何、このつまんない時間!吐きそう」って思っている姿を想像して、面白くなったりしながら、退屈さを紛らわせた。

 

小一時間の儀式の後、休憩を挟んでPTAの役員決めの時間、そして、写真撮影・・・の流れになるらしい。旦那さんに「もう、帰っていいよ」とLINEを打つ。学校からの説明では儀式は1時間くらいだと書いてあったので、中学生にもなって両親そろって、入学式にいくなんておかしい!俺は行きたくない!と、主張していた旦那さんを小さな喧嘩をしながらも、「1時間くらいだから!」と、なんとか入学式へ送り込んだのだ。ここで帰れないと、もう二度と行きたくない!・・・と思われてしまう。LINEを打つと、あっさり「帰るね」と、返信。喜び勇んで、子供の姿観に学校へ来るお父さん達も多いが、ウチの旦那さんはかなり子煩悩なのに、こういった行事はやらされている感を感じるタイプらしい。

 

役員決めの直前に、そそくさと帰ろうとしている保護者を、出口でPTA役員がくい止めていた。脱走しようとする保護者を押しとどめて、ドアが閉じられる。閉じ込められるようにして役員決めが終わるまで返してもらえない・・・という都市伝説のような噂は聞いていたが、目の当たりにして、こんなドラマみたいなことが本当にあるのだ・・・と、ちょっと興奮。中学のPTA会長は、私が小学校で役員をしている会長よりも、一際濃厚な会長オーラが漂っている。あのオーラの半分でも欲しいなぁと、などとぼんやり思った。だが、中学の役員決めはなんとしても免れなければならない。小学校の役員活動は、今がピークのように忙しく、この忙しさと生きた心地のしなさは、新役員と交替する4月末まで続くのだ。そんな時期に、中学でまだ何某かの委員になっていまったら、病んでしまいそうだ。

クラスごとに別れ、前年度のクラス委員が司会を務め、クラス委員二名と、三つ程の係を決める旨の説明をして、立候補を募る。だが、広報係に一人立候補があった以外は誰も立候補をしなかった。自分は逃げ切りたいと思っているのに、何とも言えない生ぬるさを覚える。あんな仕方なくという感じで、この役割をやっているのが見え見えでは、誰も立候補しようとは思わないだろう。「小学校のPTAに比べたら、ずっと楽です」くらいしか、やっても大丈夫そうなことを言わない。やはり、こういう時には、

「クラス委員とか、係になるのを面倒だとおっしゃる気持ちも重々わかります。大変な面も確かにありますが、PTAっていうのは、学校で何かあった時に、学校を密室にせずに、窓口となって、意見を言える場でもあって、自分のお子さんがどういう場にいるのかっていうのも肌でわかります。プラスとマイナスでいったら、プラスの方が絶対に多いと思いますので、色々ご事情があるかと思いますが、立候補いただけたら…と思います。どなたも立候補されなかった場合、籤になりますが、籤にあたってしまった場合も、お気持ちを切り替えて、いい機会だととらえて頂けると助かります」

・・・くらい言わないとダメではなかろうか。

自分は、籤には死んでも当たりたくない!と、願っているというのに、「もっと気合いいれて、役員決めやればいいのに!そうしたら、あと一人か二人くらい、立候補出るかもしれないのに!」・・・と、謎に歯痒い気持ちになった。

案の定、他の立候補者は出ず、籤で決めることになった。割りばしの先が赤になっているのが、当選・・・という籤が回って来る。20人くらい誰も当たらないまま籤引きは進み、引いた人は安心して喜んでいるが、引いていない人の恐怖は倍増して行く。そんな中、私の番が来た。透視はできないが、これは絶対ハズレ・・・に思える割り箸を引き、その読みは当たり、私はハズレることが出来た。

その直後、私の隣の人が、当たり籤を引いた。

「え~、私去年も、籤で役員やったのに~!」

と、嘆いている姿をみて、一歩間違えたら、自分が引いていたかと思い、ヒヤヒヤした。

よかった・・・。神は私を見捨てていなかった。

 

しかし、着物の母親少ないな。見逃しているかもしれないが、280人くらいの生徒がいるというのに、私を含めて着物姿は3人くらいしかいない。

昨日の小学校の入学式とは大違いだ。学校の周りに着物姿のちょっと若めの初々しいママを多数目撃し、着物人口増えているな…と、張り切っていたのだが、中学ともなると、晴れの日という感覚が薄れるのかもしれない。

また、ネットで卒入に着る着物のTPO的な記事を見ると、訪問着、付け下げ、紋の入った色無地で、礼装用の帯を着用するように…と出ているのだが、そのルールを守っている人はあまりいなかった。紋無しの色無地であったり、普通の小紋であったり、帯も特に礼装用・・・という感じではない人が多く、ちょっと安堵を覚えた。あんなカッチリとルールがあったら、着る機会ないけれど折角だから着てみたい…と思ってもハードルが高すぎし、揃えるのにも金額がかかりすぎる。晴れの日に頑張ったって感じがあれば別にいいのではなかろうか…。国家を斉唱させるくらいなら、着付けを教えればいいのに・・・と、殆どの人が望んていないことを思ったりした。

また、小学校の母親よりも、中学生の母親の方が、地味な色合いの着物を着ているように見えた。私が目撃した小学校ママが着ている着物は、レモンイエロー、ピンク、明るい黄緑・・・みたいな色合いが多かったが、中学校母は、くすんだ臙脂の色無地、シックな紫の小花柄といった感じ。

そんな中、私は薄ピンクで裾にかけてピンクが濃くなっていく訪問着だったので、3人の中で一番派手だったのかもしれない。久々に再会する保護者にはしゃいだように話かける私を、ニンタマが「ママ、よく恥ずかしくないね」と、言っていたのは、私が派手に見えて恥ずかしかったのだろうか。しかも、私は同級生の他のお母さんよりは、年配。年配なのに、派手なのは個人的には気にしないが、中学デビューする娘としては、困りものだったのだろうか…。しかし、着て来てしまったのだから、今更モジモジする方が格好悪い。意地でも堂々としたフリをしよう。

 

その後、写真撮影。新入生の一人に体調不良者が出たりで、長引き、帰宅したのは12時過ぎだった。

 

早めに帰った旦那さんと、ニンタマの3人でいかにも入学式の日という写真を撮りたかったのだが、空腹に耐えかねて、昼食。

旦那さんが、冷凍食品のジャージャー麺を作っていたが、これが着物に跳ねたらえらいことだ。訪問着の上に割烹着を着て、服に跳ねないように、皿から体を離した謎の中腰体制で麺をかっこんだ。ニンタマも制服が汚れないように、タオルを纏ってがつがつ食べていた。

小腹が落ち着いてから、制服の娘と、スーツ着たお父さんと着物のお母さん・・・という写真を撮りに、外へ。こういう形から入るのを好むのは、ウチの家族では私だけ。旦那さんもニンタマも、面倒くさいし、できれば撮りたくないと主張していたが、10年後撮ってよかった・・・って思うから!と再び主張して撮影。プン助も一緒に写ろうと誘うも、逃げるように遊びに行ってしまった。

10年後に撮ってよかったと思うのも、この家族の中では私だけなのかもしれない。いや、多分、そうなのだ。だが、お母さんがこういうの好きだから、ちょっとだけ付き合ってあげよう・・・という感じで付き合ってくれた。

 

中々納得のいく写真は撮れなかった。私の目には凄く可愛く見えるニンタマが、何故かやたら顔が長く映っていたり、旦那さんが突然わざと白目を剥いたり、それが面白くて皆で白目を剥いたりと、段々主旨が変わってきてしまった。

 

気合を入れて臨んだ着付けは、4年前、プン助の卒園式と入学式で着物を着た時のひどさに比べれば、大分マシになったものの、写真で見るとまだまだ全然下手くそだった。

ニンタマに以前の着付けの写真を見せて、「この時よりはマシだよね」と、聞くと、

「違いがわからない。前の時の方がママは若くて可愛い」

と、言っていた。

「顔は老けたけどさ、なんとなく、モサっとした感じは、抜けて来たと思わない?!」

と、食い下がると

「まあ、皆黒とか地味な服の中、華やかでよかったよ」

と、言ってくれた。

その言葉を支えに、しばらく生きて行けそう。

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2022年3月29日 苗場スキー旅行①

(※先週のことになりますが、スキー旅行についての記録を書くことにしました。日にちはずれてますし、きっとずるずる長く続くと思いますがなんとか4月1日に帰って来るまで書きたいと思います)

 

昨年は、お仕事をしていたものの、どの仕事もまともに実現しなかった。今現在も、やるはずと言われていたお仕事を抱えている。だが、本来なら忙しいはずの時期なのに、全く音沙汰もない。PTAでも忙しいはずだったが、コロナで役員の学校内の立ち入りが土日以外ダメ…ということになり、今シーズン、スキーは無理だろう…と諦め、子供だけスキー合宿に投入することにしていたが、「あれ?これ、私も行けるのではないの?」と、いう気持ちが3月半ばからムクムクとこみ上げていた。だが、中々旦那さんに切りだせずにいた。

 

収入がピンチの我が家では、子供の合宿でさえ中々の痛手。昨年大した稼ぎもなかった私がスキーに行きたいなんて言ったら、「蟻とキリギリス」のキリギリス認定されてしまうに違いない…と怯えていたのだ。だが、子供の合宿の手配をしている最中、「この期間、俺達もいけるんじゃない?」と、旦那さんの方から言ってくれたのだ。

「え?いいの?」

このチャンスを逃すまじ!・・・と、速攻で宿の手配をしたのだった。

(後で判明したのだが、旦那さんは子供達が参加申し込みをした2回の合宿のうちの1回目をキャンセル待ちのキャンセル待ち…と伝えたことで、子供達も1回しかいけないなら、可哀そうだし、少しでも子供達が長く滑れるように親も一緒に合宿の前から宿を取ればいいのでは?と思っていたらしい。

だが、蓋を開けたらキャンセル待ちのキャンセル待ちでも、1回目の合宿に参加できてしまったので、「あれ?!子供は2回合宿行くの?だったら、俺達は行かなくてもよかったのに」と、思っていたらしい。だが、着々とその気になって準備をしている私を見て、取りやめようと言い出せなかったとのことだった)

 

そんな風に楽しみにしていたスキー旅行なのだが、我が家の旅行はいつも朝から、大変。

まず、プン助が起きないのだ。どんなに前もって約束していても起きない。そして、荷造りもどんなに自分でするように言っても、しないのだ。本人曰く、できない・・・とのことだ。私自身も異常な程荷造りが苦手で苦痛な人間なので、できない…と思う気持ちは理解できる。でも、できないと思ったことを少しでもやってみようという気持ちを持てば、ちょっとは違うのだが・・・。しかも、1回目のスキー合宿の洗濯物を畳んで、いつでも準備できるように二日ほど前から、スーツケースの上に置いておいてあるので、それを入れれば、概ね準備は出来るのだ。何故、詰めるだけのことをできないと言うのか・・・。だが、逆に言えば何故詰めるだけのことを、親がやってくれないのだ…と、プン助が思っているのもひしひしと感じる。

「つめないなら、もう行かない!」

と、脅してみるも、逆効果。結局旦那さんが、根負けしてスーツケースの上に畳んで置いておいた洗濯物の類を、スーツケースに入れた。

なんとか出発できた。だが、東京駅に向かう電車内は混んでいて、プン助は床に座り込んでしまう。

「電車で床に座っている人なんかいないでしょ?」

「疲れたんだもん」

一番遅くまで寝ていて、準備も何もしていないのに、疲れているのか・・・。こちとら、朝食の用意をしたり、おにぎりを作ったり、洗い物をしたり、動かないプン助をなんとかしようと朝から休みなく動いているのだ。疲れているのは、こっちだぞ!3歳くらいの頃は、もう少し大きくなったら、少しは楽に電車に乗せることができると思っていたが、まさか10歳になっても、このような状態だとは。

と、お茶の水駅で、人が沢山降りて、座席に座ることが出来た。よかった・・・やっと、床に座っている恥ずかしい状態から抜け出せる。プン助も飛び込むように座席に座った。だが、3分程で今度は立って手すりにつかまって、ブラブラし始めたのだ。降りた人もいたが、乗り込んで来た人も多かったので、ブラブラしているプン助は普通に邪魔だし、席が空いているなら他の人が座ったほうがいい。

「座るなら、座る。立つなら、立つ。ぶらぶらしないで」

と、極力穏やかに言うが、プン助には何も聞こえていない様子。

同じセリフを10回くらい、繰り返すと

「立つよ!」

と、プン助。

聞こえていたのか…。

 

だが、疲れているのは本当らしく、新幹線で、プン助はテーブルにつっぷして、爆睡していた。ニンタマも私の膝や肩を枕にして寝ていた。もう、私よりも6センチくらい大きい。可愛いが、重い・・・。越後湯沢の駅に着くころ、プン助は

「俺、寝てた?」

と、顔を上げた。

 

越後湯沢駅からバスに乗り、昨年も宿泊したペンションCへ。恐らく、この辺りでは最安値。そして、送迎がなくても板を担いで、苗場スキー場へ行ける距離。チェックインは3時なので、まだ部屋には入れないが、前もってスキー板やブーツを宅急便で送っていたので、早速準備をしてスキー場へ。私と旦那さんとニンタマが準備を終えても、ゴロゴロしていたプン助だったが、服や用品を全部準備してやると、割とすぐに支度を終えた。

ペンション割引料金で、リフト券を買おうとしたら、

「今年は苗場60周年ありがとうパックというのが、ありまして、3900円で一日券が買えて、1200円分の飲食チケットもついてくるそうです。こちらの割引チケットは3800円だけど、1200円の飲食チケットはつかないので、どうしますか?」

と、店主。それは、絶対に「60周年ありがとうパック」だろう。

苗場スキー場の一日券の料金は正規料金だと6000円と、かなりお高い。正規料金で買うのは、出費として痛すぎるので、毎回色々な手段で、割引で買うようにしているのだが、これはかなりの出血大サービスなのではないか?

飲食チケットを引くと、2700円!

ただでさえ、コロナでインバウンドのお客さんなども望めず、リフトなども本数を減らして、昨年から端で見ていても、苦肉の策の営業状態。それでも客足は少ないのに、いいの?大丈夫なの?シンガポールの外資系ファンドに売却されるという話もあるし、もしかしてこれは最後の大サービス?

割り引いてくれるのは嬉しいが、ちょっと不安にもなる。

売却されて、庶民の日本人には手が出ないスキーリゾートになってしまうのかもしれない・・・。

そんなセンチな気持ちを抱えながら、スキー場へ。近いとは言え、歩きにくいブーツを履いて、板を担いで歩くのは、結構しんどい。

だが、プン助はどんどん先を歩いて行く。

2,3年前であれば、「重い」「疲れた」と、座り込んで、結局私や旦那さんが手分けして持つことが多かったのだが、最早そんなことは言わずに、一目散へスキー場へ急いでいる。多少上達して、スキーが楽しくなって来たので、早く滑りたくてたまらないという感じ。ならば、朝起きてからの支度や道のりでもこんな調子であればいいのに・・・と、思いつつ、いや、ゆっくりだけどプン助もちゃんと育っているのだ・・・!と、自分に言い聞かせる。

 

やっと、スキー場の端について、板を履き始めると、旦那さんに声をかけてきたおじさんがいた。

「もう帰るんで、一日券、安く買い取ってもらえませんか?大人二人分のチケット余ってるんです」

「いくらですか?」

「1枚、2500円でいいです」

 

微妙だ。ありがとうパックで3900円で買ったチケットでしょ?1200円分飲食もしたわけで・・・。実質の価値は2700円。今の時間は午後2時。おそらくこの人達は、午前から今まで滑っていたわけで、ここで2500円で売れたら、ほぼ200円で半日滑ったことになるのよね・・・。うーん、あと500円負けてくれないかな・・・。うっすらそんなことを思っていたが、

 

「じゃあ、買います」

と、旦那さん。

あらら、買っちゃった。

 

板を履いて、歩きながら先ほど、思ったことを旦那さんに言う。

「だから・・・あの人達は、ほぼただ同然で、今まで滑れたことになるんだよ」

相手の言い分をすぐに飲まずに、こちらも交渉してもよかったんだよ・・・と、言う意味合いで伝えたのだが、

「そっか、お互い ウィンウィンってことだね」

と、旦那さん。

曇りの無い瞳・・・とは、こんな瞳のことを言うのだろう…。

「ウィンウィン…まぁ・・・、そう・・だね」

だめだ、これ以上は言えない。

まあ、いいか。そんな時に交渉してくる人だと、日常生活ではこっちも気が抜けない。そして、旦那さんに話しかけられたからと言って、黙っておらず私が交渉をすればよかったのだ。まあ、いいか。別に損した訳ではない。相手の得と自分の得を比べて、自分の得の方が少ない・・・とか、考えるのもどうなのだろうか…。いや、そこら辺今まで大雑把だったから、仕事などでも、料金がわからないまま何カ月も仕事をして、立ち消えて・・・みたいなことばかり、起きているのではないか?!いや、それとこれとは全く別の話なのだろうか?いや、繋がっている気がする・・・。

 

色々悶々とするが、今は目の前のお楽しみ、スキーのことを考えよう。

 

②へ続く。

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