« 行き渋りはタブレット弱者のせい? | トップページ | カレーパンで早起きしたけれど① »

七夕のことなんかすっかり忘れていた。 PTA 運動会 オリンピックについてのあれこれ

七夕のことはすっかり忘れていた。

 

PTAの定例会。

色々な議題が上がったが、校長先生やクラス委員の保護者の話ぶりから、生徒のオリンピック観戦を楽しみにしていた人がいたらしいことが分かった。

「残念ながら、子供達のオリンピック参加は中止になってしまいしたが…」

「市の方針で仕方がない面もわかるのですが、是非実施して欲しい・・・」

等々。

 

私個人としては、小学校の年鑑行事日程表にシレってオリンピック観戦…と載っているのに気が付いた時、このコロナ禍に…!と、信じられない気持ちになり、頭に血が上って、どういうことか問い合わせたい気持ちになった。すぐそうしなかったのは、中止になる可能性を信じていたからだ。

7月に入っても中止にならなかったら、個人的に校長先生に、どんな状況でも実施するのか?どういう状況になったら、中止にするのか、その基準は設けているのか?行きたくない人は参加しなくても、欠席扱いにならないのか?行かないことで何らかの不利益を被らないか?もしも明らかに観戦したことによる、感染者が出たら、どうするつもりなのか?などを聞きに行こうと思っていた。  

なので、7月を待たずして、中止になった時には、小躍りして喜んだくらいだった。少なからずそういう気持ちの保護者はいるはず・・・と、思っていたのだが、そうなのか・・・未だに、こちらは少数派なのか・・・と、軽くショックを受けた。

 旦那さんにその報告をしたら、

「観戦を楽しみにしている人がいる前提で、その人達に配慮してそういう言い方をしただけかもしれないよ?」

と言っていた。

それもあるかもしれないが、だったら

「中止になって安心した方もいるでしょうし、残念に思ってる方もいらっしゃるでしょう」

でもよいのではないだろうか?

 

秋の運動会の話でも、校長先生は

「生徒を昨年と同じような形で並ばせられない。もっと間隔を開けないと」

「ウチの小学校で感染者が出ていないのは、たまたまだと思っております」

というような話もしていた。

そこまで、考えているのであれば、オリンピック観戦なんて、危険極まりないと思うのが、当然だと思うのだが・・・。モヤモヤが残る。

 

 

 話は変わるが、運動会に関して、校長先生は慎重派だった。

子供達の為にも運動会は是非実施したいけれど、感染症対策を考えると、できる競技は、徒競走やゲーム性のある団体競技に限られてしまう、今までやっていた学年単位でやる表現運動(ダンスや組体操)みたいなものは、体育館で練習する時に蜜になってしまうのと、校庭で間隔をあけて生徒達を座らせると、140人が一斉に演技するようなスペースを作れない、観戦する親も子供一人につき、一人が精いっぱい・・・という旨を話した上で、保護者の意見を求めた。

だが、保護者からは

「5,6年生の表現運動や、組体操は観たいです。かけっこなどという人と争う競技ばかりではなく、団結して協力しあう組体操や、表現運動を是非やって欲しい」

「子供一人につき、保護者が一人しか観戦できないのであれば、ライブビューで配信などで、パソコンで観られる形があったらいいと思う」

…という、どちらかというと、意見というよりは要望に近いものが多かった。

気持ちはわかるが・・・先生の話している内容をきちんと聞いていたら、無理でしょ・・・と思った。

案の定校長先生は、

「まずライブビュー配信は人手と予算の関係で無理です。教員は総出でやってますし、感染症対策でいっぱいいっぱいです。そこに人手をさく余裕はないです。学校はサービス業ではないです」

と、述べていた。個人的には最もだと感じた。

競技に関しても、「最低限これはやります・・・ということで、状況が良くなれば、もちろん表現運動などもやらせてあげいたです・・・」

とのことだった。

校長先生は「子供達が楽しみにしている運動会をなんとか実施したい…」と、何度も繰り返していた。

保護者の気持ちも分かるけれど、現実的では無いし、校長先生の誠意にもジーンとしたなぁ…などと思いながら、家に帰った。

 

帰宅後、家でその話をしたら、

「え~、何、それ。まず、運動会なんて、全然楽しみになんかしてない。毎年暑い中、練習させられて、面倒くさいなぁって思ってるよ。一部の体育得意な人だけじゃない、楽しみにしてるの。皆嫌がってるよ~。中止になればいいのに、運動会。親の為にやってんのかって思ってたよ!」

と、ニンタマが力説。

そうだった!そういえば、昨年も子供らは、運動会、面倒くさい・・・と、ぶつくさ文句ばかりを言っていた。コロナで観られない・・・ということに気を取られてうっかり、忘れていたが、私自身、毎年運動会を面倒くさいなと思っていたのだった。

 

我が家の子供達は、全く運動会で活躍するタイプでもない。

ここ数年、徒競走でやっとビリじゃなくなったくらいで、それまでは、輝く笑顔で活躍する子供達と自分の子供の落差を見せつけられるだけで、親としても全く楽しくないのに、行かないとなんとなく顰蹙を買いそうな気がする辛い行事だったのだ。

親バカかもしれないが、子供ら二人の運動神経が鈍いとは思っていない。

ウチの子供らは無目的にまっすぐ早く走る・・・ということに本気になれないタイプで、鬼ごっこなどでは、チョコマカと俊敏だし、プン助などは徒歩17分の駅まで、ダッシュで走り続ける体力もある。

運動会が向いていないタイプなだけなのだと思っている。運動会にいい思い出は皆無で、ウチにとっては、親も子も無駄に卑屈な気持ちにさせられる苦痛な行事だったのだ。

その事をすっかり忘れていた。

雰囲気に飲まれるということはあるのだな・・・と、久々に感じた。昨年から続くコロナ騒動で頭が凝り固まっていて、コロナ以前に自分たちがどういう風に感じていたか・・・という前提事態も分からなくなっていた。

運動やスポーツは嫌いではないけれども、押し付けられて競わされるものは嫌い。

だから、運動会も好きではない。昨今の無理やりお祭り騒ぎにしているオリンピックも、全然乗れない。いわんや、こんなコロナ禍でやるなんて・・・。そもそも乗れないものに、乗ったふりをしないと、浮いて見えるかも・・・と心配しながら暮らす事の、なんとバカらしいことか・・・。

 

楽しむ人は楽しむのかもしれないが、乗れないものはしょうがない。

つい、気が付くと色々洗脳されてしまうけれど、嫌なものは嫌だと、思う事だけは大事にしようと改めて思ったのだった。

|

« 行き渋りはタブレット弱者のせい? | トップページ | カレーパンで早起きしたけれど① »

育児」カテゴリの記事