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860枚の紙を無駄にし、それを隠蔽しようかと否か悩んだり、悶々した日

夕方からPTA作業。

18日に、何人かのお手伝いの方を集めて作成するPTA通信の準備を前日に済ませておきたかったのだ。

 

他の小学校へ送るラベルを印刷して、封筒に貼る。

その送付状も作成、印刷。

他にも学校が関わる団体へのラベルなどを印刷したり、1年から6年までのクラスごとの帯作成等々。

 

前に、大勢集まったものの、印刷機の調子がおかしくなったこともあった。業者さんを呼んでなんとかなったが、なんともならない事態になったら怖すぎる。

早めに、印刷しておけば、明日の作業もスムーズになる・・・と、A3表裏と、A4一枚を860枚印刷することにした。

今回でPTA通信を印刷するのは、3回目。

 

普通にプリンターで印刷するのもおっかなびっくりだった私が、そのプリントを印刷機で製販して、プリントし、その裏にまた製版した原稿を印刷することができるようになった。

慣れている人にはなんでもない簡単な作業だと思うが、幼少のころより、人並外れてコピー機のトラブルに巻き込まれて来た自分にとっては、思えば遠くに来たもんだ・・・のような進歩。

 

それでも、やはり印刷機では多少トラブルがあり、何度製版しても斑模様になって、5,6回やり直したり…程度のことはあったが、なんとか最初のA3の表裏の印刷が出来た。

表裏の印刷は並びにかなり気をつかった。真ん中で折って、表に1ページと4ページ、裏に2ページと3ページを印刷するのだ。

順番を間違えたら、台無しだ。

念には念を入れて、何度も何度も、あっているか確認した。

 

無事、860枚印刷を終え、後は真ん中に挟み込む、別のプリントを印刷するだけだ・・・。

終わりが見えて来て、安堵しつつ、最後にもう一度念のため、チェック。

 

ん?

 

あれ?

 

さっきは綺麗に1ページから4ページ読めると思っていたけれど、なんかおかしい?

1ページと4ページの順番が逆?

 

表紙になるはずのところが4ページになっている。

折って、読もうとすると、4、2、3,1という順番になっている。

 

嘘でしょ?

 

印刷中、何度も確認したよ?

 

大丈夫!
バッチリ!

 

と、何度も自画自賛したじゃん・・・!

 

うそ・・・。

 

860枚印刷しちゃったよ・・・。

 

私だったら、このプリント読める。

自分の関わる公演とかだったら、

 

「ごめんねごめんね。一番最初が4ページになっちゃった~!ページの順番通りに読めばわかるから~」

 

で、押し切るのだが、これは・・・無理でしょう。

 

ああ・・・自分で作成に関わることになったものの、この配布物、まともに読んだこともなかった。ほぼ読みもせずに、紙ごみ入れに直行させていた。

このプリントが配られても、私は気付かない自信がある。

 

しかし、稀にちゃんと読んでいるご家庭もあるようだし、これは配るわけにはいかんだろう。。。

 

PTA室にある、A3用紙の予備を確認。

 

1000枚くらいある。

 

同じようなミスをしなければ、やり直しできる。

この段階で、19時15分。

 

20時までに作業を終わらせたい。できるだろうか?

いや、やる。

やってやんよ!

泣きそうになりながら、製版からやり直しプリント。

じゃんじゃん刷られて行く間、このミスを他の役員に報告するかどうかを考えていた。

 

100枚くらいを無駄にしてしまった程度なら、報告しなくても良いかもしれない。

だが、860枚だ。

 

A3用紙を使う配布物はそれほど多くない。A3を頻繁に、そして大量に印刷するのは、恐らく私のみ。

 

皆がぼんやりしたタイプの人だったら、このミスはばれないかもしれない。

でも、PTA内においては、私は使えないバイトみたいな感じで、他の方は皆、正社員みたいな貫禄があり、とても有能そう。

末端のバイトがミスをした挙句、それを隠蔽しようとしていたことがバレる方が恐ろしい。

報告しよう。

 

バカで無能で年だけくった変な人だと思われているとは思うが、隠蔽しようとしたと思われるよりはマシだし、もう失うものなどない。

 

失敗の報告は作業を終わらせて帰宅してからにしよう。

 

A3の表裏の印刷を終え、最後のA4ペラの印刷に取り掛かる。

 

しかし、この失敗した860枚の紙、どうしよう・・・。

 

表裏印刷しちゃったから、裏紙としても、使えない。

かなりの分量で、もち上げてみると相当重い。

失敗のカミングアウトをして、馬鹿めと思われるのは覚悟しているが、このブツがここに残っているのを目撃すると、「馬鹿め」と思われる回数が、純粋に倍に増える気がする。

そして、このブツを処分するハメになった人は、重さにイラついて、「馬鹿め」という思いが、が10乗位になるような気がする。

 

このA3860枚をこの室内に置いておいてはいかん。

 

ミスをしたという事実をサラっと報告するだけで、その事実のブツは消し去っておいた方が得策に違いない。

 

たまたまおあつらえ向きな大きな袋を持っていたので、860枚の用紙を袋にぶっこむ。

めちゃめちゃ嵩張るし・・・めちゃめちゃ重い。

 

これを持って帰るのか・・・。それほど遠くないとはいえ、腰痛持ちで、股関節に持病を抱える身としては、キツイ道行。

 

プリントを終え、作業で散らかしたものをなんとか整頓して、ギリギリ20時ちょっと前に作業を終えることが出来た。

 

部屋の鍵を用務員さんに返却する際、来た時には持っていなかった大荷物を抱えている姿が目に留まったら、どうしよう。

泥棒だと思われるのではないだろうか?

 

いや、一々人の荷物なんか気にしないに違いない・・・。

色々葛藤しながら、用務員さんに挨拶をするが、

 

「お疲れ様です~」

 

と、特に怪しんでいる様子もなかった。

ホッとしつつも860枚の用紙の入ったカバンを腕に食い込ませながら、家へ戻った。

 

帰宅すると、腕には食い込んだ後ができて、赤い斑点だらけになっていた。

 

よし!グループLINEに失敗の報告をするぞ・・・。

 

「大変申し訳ございません。気を付けていたにも関わらず、A3用紙860枚をミスで無駄にしてしまいました。今後このようなことが無いように、気を付けていきたいと思います。私のミスですので、1000枚分の用紙を弁償させて頂きたいと思っております。

本当に申し訳ありませんでした」

 

送信するかしないか5分ほど悶々とするが、えいや!っと、送信・・・!

 

ミッション完了・・・。

誰にも頼まれたわけでもないのに、勝手にミスをして、ミスの証拠を好き好んで隠蔽した後、全員に向かって「ミスをしました」と、カミングアウトするという謎のミッション。

 

しかし・・・勇気を持って送付したにも関わらず、待てど暮らせど、そのグループLINEに私のミスについてコメントはつかなった。

 

新手の放置プレイ?と思いつつも、返事をするのも困惑する案件だったのかも・・・と、一周して自分の滑稽な有様が面白くなって来てしまった。

空回っているなぁ~。

 

 

 

翌朝、全然違う要件が流れてきて、それに対するコメントは流れるようについていた。

 

そして、個人的に、数名の方から、

 

「気にしなくていいですよ。私もミスしたことあります」「弁償する必要ないと思います」

「ちゃんと報告してえらいなと思いました」

等のフォローというか慰めのメールを頂いた。

優しい・・・!

いじけていた所にこういうやさしさが身に染みた。

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白いカプセルの中でじっとする

MRI検査。

10時20分の予約だったのに、何故か10時40分の予約と勘違いして、のんびりしていたのだが、カレンダーに書き込んだ予定を確認して、大慌て。

痛み止めを飲んでいるとは言え、昨日一昨日まで寝込んでいたにも関わらず、駅まで、猛ダッシュ。

徒歩20分くらいの道のりを、一度も歩かずに走り10分で駅に到着。

最初は苦しかったのだが、駅にたどり着く頃には何故かすっきり。

毎日走ると、膝が痛くなったりするのだが、たまに走るのは気持ちがいい。

それでも、10分遅刻。

こんな時、いつもは、「どうしてもっと早く時間を確認しなかったのだろう・・・」「遅れて、検査して貰えなかったらどうしよう?」「非常識だと思われるのではないだろうか?」「私のこういうところがダメなんだ…!」などという思いで頭がぐるぐるして、生きた心地がしなくなるのが常だった。

だが、半世紀生きて来て、こういう性能の自分と付き合うのに、いつも生きた心地がしなかったら大変だと、最近意識的に気持ちを切り替えるようになって来た。

十人いたら一人か二人くらいは、遅れる人はいるはずだ。

病院にとって優秀な患者もいれば、問題人物のような患者も一定数いて、受付をする人にとってもそんな患者は想定内のはずだ。私が生きた心地がしていようが、していまいが、私以外の人にとってはどうでもいいことだ。そして、10分の遅刻くらいで検査が受けられない…などということはあるはずがない。そうなったとしたら、その時考えればいい・・・とりあえず、あのダッシュで私はベストを尽くしたのだ!・・・と、それ以上深く考えないようにして、自己暗示をかけ、堂々と遅刻をしてみた。

いつもは、「すみません、すみません」と、赤べこのようにペコペコしながら、受付へ走るのだが、約束の10分前に来た人かのように余裕綽々とした態度の演技で受付へ行ってみた所、一瞬「ああ、遅刻をしてきた、低ランクの患者ね」という感じの怪訝な表情をされただけで、何も言われなかった。

 

MRI検査専門らしい病院は、そこそこ盛況で、検査の最中に聞こえる、騒がしい金属音がそこかしこに響いていた。

 

軽い問診の後、更衣室で検査着に着替えさせられ、金属性のものを身に着けているか、うるさいくらい何度も確認される。

 

「あ、マスクの中の針金、大丈夫でしょうか?」

「ああ・・・それは、大丈夫です」

 

台に横たわり、小さな白いトンネルのようなカプセルへ押し込まれた。

 

「検査は20分くらいになります。その間、動かないでくださいね」

音から耳を守るためか、ヘッドフォンを装着される。

動かないでと言われると、お尻がかゆくなったり、顔や首やそこかしこが痒くなったりしてしまう。検査が始まる前にあちこち搔きまくったが、その刺激で余計あちこち痒くなったような気もしてくる。

ビービー、やかましい音が鳴り始め、検査が始まってしまう。

もう、動いちゃいけないのか・・・。

動けないと思うと、プレッシャーが襲ってくる。

 

1分もしないうちに動きたくてたまらなくなってくる。

無心になりたい。ぼーっと何か考え事をして夢うつつになれないだろうか?

無心になるにはどうすればいいのだろうか?

そうだ、呼吸だ。

深呼吸をして、気持ちを落ち着けよう。

 

すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・。

4秒吸って、8秒吐く・・・というサイクルに集中してそれ以外余計な邪念を入れないようにしよう・・・。

しかし、うるさいな。

なんで検査にこんなやかましい音が必要なのだろう・・・。ビービーだったり、ビロビロビロ~だったり、理解不能な不快な金属音と、ヘッドフォンから聞こえる癒し系音楽が混ざり合って、ひと時も安らがない。

 

それでも、もう半分以上の時間は経ったのではないだろうか?

 

と、ヘッドフォンの音楽が途切れ、技師の方の声が聞こえる。

 

「大分画像がブレてるんですよね・・・動かないで頂けますか?」

 

え?全く動いていないんですけど・・・?もしかすると、直前に痒い所を掻いた時、既に検査が始まっていたのだろうか?

 

「わかりました」

 

まさか、今まで動かないようにしていた時間はチャラになって最初からやり直し?またカウントゼロになって20分この状態を続けるの?一瞬パニックになりかける。

いやいや、そんな事を思ってたら、余計耐えられない。

気持ちを落ち着けよう。

 

4秒吸って、8秒吐いて・・・すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・

 

と、音が鳴りやみ、白いカプセルから出される。

 

あれ?随分短い時間だったけれど、もう検査終わったの?

 

「やっぱり、大分動いてるんですよ!」

 

と、若干怒り気味の技師さん。

 

「え?動いているつもり無いのですが・・・」

 

「呼吸ですかね・・・」

 

え?呼吸???!呼吸しちゃダメなの?

 

「凄い背骨が上下してるんですよ~」

 

「ああ、ちょっと緊張するんで深呼吸してました」

 

「それですね」

「そんな激しくは吸ってないんですけど・・・」

「あんまり息もしないようにしてください」

 

え?息しちゃいけないの?20分も????

 

パニックのまま、再び白いカプセル内へ送り込まれる。

 

とにかく…深呼吸はやめよう・・・。

20分も呼吸をしなかったら、死んでしまうので、呼吸をしないっていうのは無理だが、

 

とりあえず、なるべく呼吸をしないようにしよう。

しても浅い呼吸で、胸まで吸い込まないように・・・。

 

しかし、考えれば考えるほど息苦しくなってくる。

特に閉所恐怖症とか意識したことはないのだが、飛び出して叫んで暴れまわりたくなる衝動にかられてしまう。

水中にいる時など、肺にある酸素量を調節して浮いたり沈んだりすることを思い出し、最小限の酸素で持たせる方法なないだろうかと模索してみる。

 

呼吸の回数を減らし、肩甲骨より下には吸い込まないようにしてみたり。

 

だが、意識すればするほど息苦しくなってくる。

 

なんでこんなに苦しいんだろう・・・。

 

8年程前、腰とは別のことでMRI検査したことはあったのだが、こんなに息苦しくはなかった。

私が神経質になって来たのだろうか?

苦しい。

 

少なく息を吸おうとしてもマスクが顔に張り付いていて、あまり吸えない。

マスク・・・。

 

そうか、マスクだ・・・!

 

このカプセルの中にいる間だけでもマスクを外せばよかった・・・。

マスクのせいで、圧迫感が増しているのだ。

そういえばマスクの針金は大丈夫だって言っていた。

 

よくわからないが、顔は動かしても大丈夫ってことだろうか?

手で、マスクを外すワケには行かない。

顔を動かして、なんとかマスクをずらす試みをする。

百面相のように顔を動かして、なんとかマスクを鼻の下までずらすことに成功。

 

特に注意はされないようだ。

背骨さえ動かなければ、大丈夫そうだ。

 

顔を動かしていると、大分気がまぎれることがわかり、顔を力いっぱい動かし続けることにした。

叫んで飛び出したくなる度に、大口をあけて、声を出さずに

 

「た・す・け・て・た・す・け・て!」

 

と、口を動かして見たり、ひょっとこみたいな顔をしたり。

 

これ、技師さんに見えてたら凄い恥ずかしいな・・・と、思いつつ、体に意識が向かないように、ひたすら顔面に力を入れたり、歯を食いしばったり。

それでも、もう無理・・・限界?!って思った時、

 

ビービーうるさい音が止み、

「お疲れ様でした~!綺麗に撮れましたよ~!」

 

と、カプセルから出されたのだった。

 

良かった。

技師さんも、もう怒ってはおらず労わるような感じで優しく接してくれた。

 

この程度の検査、苦痛のウチに入らないのかもしれないが、私にとって治療や検査を受ける時の苦痛の一つにじっとしていなければならない・・・というものがあるのだと、まざまざと思った。

 

痛みやだるさや吐き気に耐える・・・みたいな事の方が大変だとは思うが、心電図を取る時であったり、歯科医院で治療を受けていたりする時、そして眼瞼下垂の手術を受けている時など、痒い所を掻けなかったり体勢が変えられなかったりに、いつも苦痛を感じていた。うまくぼーっとできる時もあるのだが、意識が過敏になってしまうと、落ち着かなくなって動きたい衝動に駆られて、大変になってしまうのだった。

いつでも、ぼーっと無心になれると良いのだが・・・。

 

全身麻酔は意識をなくす怖さと、覚め際の不快感がきついので、頻繁には受けたくないし、中々かけて貰えるものでもない。意識はありつつも、いつでも瞑想をしているような穏やかな状態に気持ちを持っていける方法ってないだろうか?

 

それを会得できたら、将来いつ病気になっても、大分心構えが楽な気がする。まあ、病気をしないのが一番なのだが。

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身巾の変化が止められないお年頃

一昨年から、昨年にかけて、股関節の痛みで通っていたが、コロナ禍で通わなくなっていたDr.KAKUKOスポーツクリニックへ。

昨年両臼蓋形成不全と診断され、リハビリを受けていたのだが、今回は明らかに違う痛み。

背中から腰、膝裏、ふくらはぎという、体の背面全体が痛く、まっすぐ立つのも痛いが、靴を履くような腰をかがめる動きにも痛みが走り、横たわっていても、じんじんするのだった。

最初は内臓関係がおかしいのかと思ったが、ネットで調べているうちに、

「座骨神経痛かもしれない」

と、思うようになった。

 

実はこの症状は初めてではない。

 

7年前くらい前に、大酒を飲んだ翌日、二日酔いでもないのに、数日間痛くなり、寝込んでいた記憶がある。

 

その後、2年に一度くらい、背面が痛くて寝込むことがあったが、2、3日で収まっていた。だが、痛み止めまで服用するようになったのは初めて。

 

いつも通り2、3日で治まると思っていても、痛みが定着してしまう場合もあるかもしれない。

杞憂かもしれないが、早めに診て貰おう。

 

近所の整形外科はレントゲン撮って、湿布と痛み止めを出したり、リハビリになっても、若いお兄ちゃんやお姉ちゃんという感じの理学療法士さんが、こんな運動なら、知っているよ…という運動を指示するだけで、パッとした試しがなかった。

だが、仙台に住む母がテレビで観た番組に出ていた中村格子という女医さんがやっているDr.KAKUKOスポーツクリニックという病院が良さそうと話していて、

「あんた、そこに通えればいいのに」

と、言っていた。

テレビに出ているところなんて、混んでいたり高かったりするに違いないと、思っていたのだが、信頼している鍼灸の先生も患者さんが通っていて、リハビリのメニューがいいらしいと教えてくれた。

行ってみると自費診療もあるが、保険治療もやっていて、恐れる程高額ではないこともわかり、今までやったことの無い使えていないインナーマッスルを動かすリハビリ指導をしてくれ、とても良かったのだった。

 

この日は、院長の格子先生が診察をしてくれた。

 

「寝ていても痛くて、何もできないのですが、家族に話したら、座骨神経痛じゃないかと言われてまして・・・」

 

自分で調べて勝手に座骨神経痛だと思っているだけなのだが、自己診断をすると生意気な素人だと思うのか、たまに

「それは、こっちが決めること!」

 

と、憮然とする医者に遭遇することもあるので、受診をする時には、いつも自分の見立てではなく、家族だったり、知人に言われた・・・と、嘘をつくことにしている。

 

皆が皆、そんな気難し屋なお医者さんではないかもしれないが、無駄に悪印象を持たれたくはない。

 

昨年以来、久々のレントゲン。

 

「1年半ぶりですが・・・太られました?」

観音様のように微笑む、格子先生。

「体重は増えたとしても、1キロくらいで、それほど増減ないのですが・・・太ってます?」

「ちょっと、身巾が・・・」

 

み、身巾・・・!?

着物の寸法以外で、耳にしたことがない言葉。

レントゲンを見ると、確かに、太くなっている。

記憶はないが、前回は余程頑張ってお腹を引っ込めたりしたのだろうか?と思うほど、腹周りが細かった。

 

その後、どこを動かすと、どこが痛む・・・みたいなことを調べ、別のクリニックで後日MRI検査を受けて、その結果を持参して、診察とリハビリを受けることになった。

 

予約の電話をして、すぐにすんなり受診をきたので、コロナ禍で予約が取りやすくなっていたのかと思ったが、次回の予約は中々取れなかった。

 

前回、とてもいいと気に入っていた、産後の骨盤周りに詳しい理学療法士さんは人気で全然予約が空いておらず、一度代理でお願いした女性の先生も、先まで予約が埋まっていた。

「男性でも良いですか?」

と、聞かれ、とにかく早く治療を進めたかったので、「どなたでも・・・」と、最短でリハビリと受診の予約が出来る日を調整してもらったが、それでも二週間後まで予約は取れなかった。

痛み止めと、胃薬と、神経の薬を処方してもらい、クリニックを後にする。

 

2週間後まで、痛みが酷くならないと良いのだが。

病院を出ると、母から着信が来ていた。

 

帰り道を歩きながら、母に電話。

 

カクコクリニックの話をする。

 

「身巾・・・!はぁ~~~!そういう指摘をしてくれるのは、素晴らしいね~~~」

 

母も、私と同じく「身巾」という言葉に食いついていた。

 

体重が替わっていないのに、身巾が増えるというのは、筋力が落ちたり、骨格が変化してきたということで、それが痛みにつながっている可能性もあるのだろう。

 

痛いのは嫌だが、どうせ整形外科なんてこんな感じでしょ?・・・という予想と一味違うし話をしてくれたり、母とも話が盛り上がったりで、体が不調でもなんとなく気持ちが浮き立つクリニックなのだった。

先になるが、診断も楽しみ。

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ルーティンと化した学校行く行かないの騒動と、謎の背面の痛み②

「プン助!ごはん!とりあえず、ごはん食べな。行く行かないは食べてからにしよう」

気持ちの切り替えが難しいプン助だが、水を飲ませたり、食い物を与えたり、10分離れるなどでパっと切り替えられる時がある。

 

今日は親戚が送ってくれた大層おいしいメロンがある!朝食に食べさせてみよう!

プン助はのそのそ、布団から出てきた。

 

もそもそメロンを食べ始め、そのまま味噌汁もごはんも食べた。

 

元気が出て気分が変わると良いのだが…。

 

心なしか顔つきが柔らかくなって来た。

「居残りが嫌ならさ、先生に言ったら?家でやってくるから、居残りは嫌だって」

「ママ、言ってくれる?」

「自分で言いなよ」

「ママが言ってよ~」

「言う隙があれば、言うけどさ、授業中断してまで先生にそれ、話せないもん。ママが言えなかったら、先生に言うんだよ」

しめしめ、行く前提に話が進んでいる。

 

ちょっと休んで、11時頃、学校に行く雰囲気を作り出すことに成功。

私もプン助に付き添うつもりで一緒に玄関へ。

だが、その時、つい余計なことを言ってしまった。

「プン助もさ、毎日毎日遅刻してるのに、友達とプールはちゃんと毎日行くんだもんね」

「まあ、プールはね」

「それも変だよね。これからさ、あんま8時半までとかだったらいいけどさ、それ以上遅刻したら、プール無しにしよう」

軽い気持ちで言ったのだが、これがマズかった。

 

プン助は、履いていた靴を脱いで、部屋へ逆戻り。

「やっぱ行かない」

 

ああ、私のバカ!何故、行きそうになっていたというのに、プール無しとか持ち出してしまったのだろう…!

「ちょっと待って!プールの話したからって行かないっていうのはおかしくない?大体、ママが気に入らないことを言ったとしても、それと学校行く行かないは関係ないじゃん!」

ソファに寝そべり、むくれているプン助。

「理由なんてどうでもいいんだよ。コイツは学校へ行きたくないんだよ」

と、旦那さん。

「学校はママの為に行くわけじゃないでしょ?どうしても行きたくない理由があるなら、それを言えばいいじゃん。それを言わないで、ママのせいにして行かないのは、おかしいよ!なんで行きたくないの?」

「理由なんかない!ママ、嫌い!あっちへ行け」
「人が真面目に話してるのに、あっちに行けとか失礼だよ!好きな時だけ水持ってこいとか、ママをこき使って、あっちへ行けとかひどくない。」

「ひどいのはママだ!」

「ひどのはプンだ」

「行かないなら、ちゃんとママを説得してよ!」

「それは僕が決める!ママに言う必要なんかない!」

「必要はある!水一つ自分で持って来ない癖に、権利ばっかり言うのはさぁ」

「うるさい!」

プン助は私を遮り、私の顔めがけて勢いよくクッションを投げつけて来た。

 

その途端、私はブチ切れてしまった。

 

「ふざけてんじゃねーぞ!下手に出てたら付けあがりやがって!もういいよ!学校なんてやめればいいじゃねーか!!!やめるって言ってきてやんよ!その替わり、偉そうにぐうたらしねーで、役に立つことしやがれってんだよ!自分で飲む水も、自分で持って来ねーで、人にさせやがって偉そうにすんじゃね-ぞ!15、6歳までは家においてやっから、その後はてめーでなんとかしろや!」

 

マンション中に響くような野太い自分の声を人の声のように聴いていた。

近所の人はこの声を誰の声だと思っているのだろうな。いつも気弱にへらへら笑っている印象に違いない私の声だとわかるのだろうか?

いくら野太いとは言え、旦那さんの声には聞こえないだろうし、子供の声にも聞こえないだろう。消去法で、やっぱり私だと思われるのだろうか・・・?

 

「おめーは、自分のことを頭いいとか思ってるかもしれないけど、結局、何もやらないで、いやだいやだっていっているウチに、時間が過ぎて一番無駄な時間を過ごしてんだぞ!」

「頭いいとか思ってないよ!」

「動けるのに、理由つけて動かないのは頭いいんじゃなくて、怠け者なんだよ!怠けている間に、一生終わるぞ!こらぁぁあ!」

プン助にそう言いつつ、このセリフは正に私が自分に思っていることだった。プン助はまだ9歳だけど、私は51歳。うかうかしていると本当に一生が終わる。

だが、不思議なことに怒鳴っている時には、血の巡りでも良くなるのか、背面の痛みを感じなかった。特殊なアドレナリンでも出ているのだろうか?

旦那さん、ドン引きしているだろうな・・・。100年の恋も冷めるような感じじゃないかしら?100年の恋をしていたらの話だが・・・。

旦那さんはともかく、今怒鳴られているこの状況、プン助の記憶として一生残るだろう。

いつかあの時のことは一生許せないと思った…とか言われてしまうのだろうか?

怒鳴りながらも、どうしてこんな怒鳴るハメになってしまったのだろう・・・と、早くも途方に暮れる。

キレる時は、ちょっと幽体離脱をしているような感じで、自分が他人みたいに感じられる。

 

段々怒鳴るネタが無くなってきて、離脱していた私の何かと怒鳴っていた体が一緒になってきて、今起きている事態を持て余す感じになって来た。

プン助の顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。

やっぱり、傷ついているのだろうか?

俄かに罪悪感を覚える。

とりあえず、ティッシュで鼻水と涙を拭いて、水を飲ませると、私もどっと疲れが出てきて、頭と背中の痛みが酷くなって来た。

自分の気持ちも切り替える為に、学校へ電話する。

「宿題をやってこなかった人が居残りになることになって、それが嫌で行かないって言っているんです。今、説得中ですが、後で行くかもしれませんし、行かないかもしれないです…すみません」

学校側も、プン助のことはなんとなく承知しているので、担任に伝えます・・・と、あっさり終わった。

ロキソニンを口に放りこみ、畳の部屋へ倒れこむ。

最初は全然効かないと思ったが、30分ほどすると、嘘のように痛みが引いて来た。

痛みが引くと、気持ちも落ち着いて来た。

 

1時間後、何事もなかったかのように二人で昼ご飯を食べる。

 

「さっきママが怒鳴ってるの見て、どう思った?」

「俺の方が正しいと思った」

「何言ってるんだろう、この人とか思った?」

「うん」

「ちょっとは悲しい気持ちになった?」

「そりゃーね」

「怒りすぎて、ごめんね」

「まあ、俺も、ごめんね」

 

喧嘩を長く続ける根性は私にもプン助にもなかった。

結局プン助は6時間目に登校した。

6時間目なら、行かない方がいいのでは?と思ったりもするが、学校に顔だけでも出しておかないと、放課後友達とも遊びにくいので、そのためだけに登校したのだろう。

プン助は、元気に帰ってきて、「遊びに行ってきまーす」と、プールの支度を持って、飛び出して行った。

「宿題をしてなかった人は居残らないといけないせいで、学校へ行きたくない」

 

、と言っていたことが先生に伝わったからか、結局居残りはしないでいいと言われたらしい。

 

平和に暮らすのってどうしてこんなに難しいのだろう…。

キレてしまうのは、自分にとって難しすぎる問題が次から次へと振ってきて、それに対処できないのに、対処できているふりをしようとしたり、子育ての道として正しいと言われている寄せ集めの知識を駆使して、遠隔操作のような感覚で勝負をしているからなのかなぁ…と、ぼんやり思った。

 

 

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ルーティンと化した学校行く行かないの騒動と、謎の背面の痛み

体調不良。

 

数年間さぼっていたヨガを再開させたり、無理に早起きをしたりせずに眠るようにしたことの好転反応とやらか?と思ったが、寝ていても、のたうち回るほどの腰から下の痛み前日から続いていた。

一晩寝たら治まるかと思ったが治まらず、朝食を取っている最中から、ヤバイ感じになってきた。

そんな日にもプン助の登校の行き渋り。

宿題をやれていない・・・というのが、理由だった。

 

既に何日も宿題を溜めていたプン助。

 

「今度から宿題をやらないと、居残りになることになっちゃったの。居残りは絶対やなんだ…だから、宿題は絶対やる!」

と、前日から言っていた。

だが、「チョコレート工場の秘密」を読みふけっていて、中々やる気になれず、22時になってしまった。

 

個人的には、宿題よりも夢中になれる読書の方が為になるのでは?と、思っていて、学校に行かない日は本を読むように言ってもいた。

「坊ちゃん」は、あまり乗れなかったみたいで、15分くらいで挫折していたのだが、偶々買っていた「チョコレート工場の秘密」はお気に召したらしく、集中して読みふけっていた。

そのまま読ませてやりたかったが、既にもう寝たほうがいい時間。

「宿題やらないでもいいから、もう寝たほうがいいよ」

と、伝えると

「とりあえず、風呂入る」

と、入浴。

(この時点でニンタマも私も入浴はとっくに済ませていた。

私が入浴する時も誘っていたが、「わかった、入る」と、言って本から目を離さず、本を取り上げようとしたニンタマと殴り合い、蹴り合いになったりもしていた。

風呂から出て来たプン助が

「ジンジャーエールで乾杯しよう」と、言うので乾杯もした。

それを飲んでから、テーブルで宿題を始めたが、すぐに床に寝そべりながらに方針転換。

眠いのだな・・・と思いつつ、私は腰の痛みが辛かったので、隣の畳の部屋に布団をしいてそこで横たわりながら、プン助の様子を見ていた。

そこへ旦那さんが帰宅。

「おい!お前、今日も学校行くの遅かったんだってな(14時15分)。ちょっと話合おう」

と、宿題をやっているプン助に、演説を始めた。

「…今、プン助宿題やってるんだよ」

と、暗に、話し合うのは今じゃない、と伝えようとしたが、旦那さんは気付かず、しばし演説。

「学校に行きたくないなら、行かなくていい。でも、その間は本を読んだり、ドリルやったりしろ。あと、お母さんを困らせるなよ」

「今、宿題やってるんだよ、プン助」(私)

「お前は凄い集中力あるんだから、やっちゃえばすぐなんだけど、中々やりたくならないんだよな。やりたくないって言ってる時間にやっちゃえば、すぐなのにな~」

演説を続けている旦那さんの側を離れて、プン助は布団にいる私の隣に潜り込んで来た。

「集中できない」

 

あのまま、あそこで宿題をやっていても、旦那さんの演説も止まらないであろう。

既に、11時半近かった。

「眠かったら寝て、朝やったら?」

11時を過ぎると、八割方、7時前に起きるのは無理だ。

だが、このまま起きていて、演説の嵐の中、宿題をするのも難しいだろう。

プン助はもう、目を瞑っている。

 

そして、今日の朝、6時半から10分置きに声をかけた。身体をゆさぶったり、背中をバチバチ叩いたり、お尻をバチバチ叩いたり、鼻をつまんだり、耳元で大きな「起きて起きて起きて!」と、叫んだり。

だが、顔をしかめて怒ったり、逃げたりするばかりで起きられず、私も宿題をやらせることを断念。

7時半に、優しい声で声をかけると、目をパチっと開けて、ニッコリ起きた。

 

これは当たりの日の顔だ!

 

と、思ったのもつかの間、居間に出てきて、時計を見た途端、険しい顔になり、そのまま布団へ逆戻り。

 

「わープン助!もう、さすがに起きないと遅刻する!」

 

慌てて、抱き起こすが、激しく抵抗して、布団へもぐる。

かなりお怒りモード。

まさか、私が起こさなかったことで怒っているのか?(起こしたけど)

 

「ママが起こさなかったって思って怒ってんの?」

涙を目に一杯溜めて、頷くプン助。

 

「起こしたよ!」

「起こしてない!」

「めっちゃ起こしたよ!」

「起きるまで起こしてよ!」

「いやいや、6時半から、7時まで何度も何度も起こしたよ!声も掛けたし、背中もバンバン叩いたよ!覚えてない?」

「覚えてない!」

「起こしたのに!」

「ママが、朝起きて、宿題やればって言ったから、寝たのに、宿題やれなかった!」

「だから起こしたってば!」

「もう、学校行かない」

 

だめだ・・・この繰り返しはエンドレスになる。違う風を吹かせなければ。

違う風と言えば…。

 

②続く。

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カレーパンで早起きしたけれど②

カレーパン食べたさに折角早起きしたのに、いつの間にか、9時になってしまった。

学校へ電話するにも、いつ学校へ行くのかもわからない。

 

遅刻をすると、登校に付き添わないといけない。仕事が溜まっているので、登校に付き添うのは結構負担。

 

「ああ、付き添わないといけないし、ママも疲れるんだよ」

「付き添わなくてもいいよ!一人で行くよ」

「一人で行かせると、ママが学校に怒られるんだよ!」

 

電話をすると、「登校する時は、付き添ってくださいね」と言われてしまうので、それがストレスで電話をしたくない。一人で登校して、何かあった時に困る・・・ということは理解している。なるべく付き添うようにもしている。だが、ノルマのように言われるのが、どうにも苦手なのだ。

 

昔は遅刻くらいで、付き添うなんてなかった。不審者がいたり、酷い犯罪も起きたりするので、そういう世の中になってしまったのだが、付き添え付き添えと言われる窮屈な感じが苦手。遅刻の付き添いだけではなく、宿題や忘れ物なども、必ず親に連絡や指導が来る。自分たちが子供の頃は、私が忘れものをしようが、親は何も知らされたりしていなかった。そもそも、親が子供をしっかり管理できると思っていることにも、疑問を感じる。しっかりしている人もいるけれど、しっかりしていない人間もいるのだ。

しっかりしていないまま親になった私が、学校的にみるとしっかりしていない子供をそっち方向にしっかりさせる、しかもそのことにそれほど価値を見出していないまま、義務感だけでやらねばならないことが、苦痛。

そこに価値を見出したとしても、自分がしっかりしていない分には、精一杯頑張る意志はあるのだが、それだけでいっぱいいっぱいで、子供の分まで分量が増えると、ちょっとお手上げだったりする。

プン助が、なんとなく学校へ行きたくない・・・イヤだというのも、きっと窮屈感を感じるのだろう。

だが、家に置いておいたところで、きちんと学習させたりできる自信もない。お仕事しているから、邪魔しないでね…と放置することしかできない。

学校へ行って欲しいと思っているのは、学校がいいと思っているわけでもなく、自分の都合なのだ。

 

昨日は、「俺は来年までに公文で高校レベルまで進むんだ」などと、演説していたプン助だが、学校を休んで、何時間もトレーディングカードをいじっている。

 

「学校行ってないんだったら、今、皆勉強してるんだし、何か勉強っぽいことしたら?」

 

と声をかけてみるが、私の声は何も聞こえていない様子。

旦那さんが、舞台の場当たりへ出かけようとしたら、プン助が行ってらっしゃいといいながら、

「パパが出かけたら、ママ、キレるよ。自分だけ行っちゃって、全部ママに押し付けたって。おい!行くのかよ!って思ってるよ。ね、ママ!」

と、無邪気に話していて、いささかギョッとする。

 

これは先日、まだ行くか行かないか分からない様子のプン助に、旦那さんが、

「そうか、お前は学校嫌いか!行きたくなかったら行かなくたっていいんだぞ」

と、言ったその30分後くらいに

「じゃ、仕事行ってくる」

と、出かけてしまった日に、私がプン助にボヤいた故の発言だった。

結局給食直前になって登校するプン助と手をつないで歩きながら、

「パパ、行かなくていいんだぞ!って言ってたじゃん。てっきりその後、責任持ってプン助の相手するのかなって思ったら、さっさと行っちゃったじゃない?!あれ、マジかって思ったよ。え?この状態で置いてくの?って。あんな事言わなかったら、プンはもっと早く気になったかもしれないじゃん!あれは正直ムカついた」

と、言うと

「そうだよね~、あれで行かなくてもいいのかな?っていう気持ちにはなったよ」

「だよね~。でもさ、ママがパパの愚痴とか言うのはやだ?」

「別に全然。」

「あのさ、これ、陰口じゃないからね。別に今、ママが言ってた事、パパに言っても全然いいからね」

 

というやりとりがあったのだ。

言っていいよとは言ったのだが、やはりちょっと気まずい。

「そうね、ちょっとそんなこと言ったかな」

と、気弱に言いつつ、恐る恐る旦那さんを見る。

旦那さんはしばらく黙っていたが、困ったような済まなさそうな様子で、

 

「学校には俺が電話しておくよ」

と、言ってくれたのだった。

 

私が電話すると、「遅刻して登校する時には、付き添うように」と、言われるのだが、旦那さんが電話をする時は、言われたことが無いらしい。

それも不思議。

 

いつの間にか11時近くなっていた。

 

「ママ、今太ってるし、忙しいからごはん食べるつもりはないんだ。だから、プン助はお昼ご飯食べたかったら学校で給食食べないとだよ」

「わかってる」

 

11時半になった。

「あのさぁ、給食食べに行かないの?」

「今行こうと思ってた!」

 

12時過ぎた。

「あのさぁ、ママ本当にごはんつくらないよ。」

「いい!」

 

プン助はどんぶりにご飯をついで、冷蔵庫にあるベーコンをレンチンし、もしゃもしゃ食べ始めた。

 

13時過ぎ。

「あのさぁ、学校行こうと思う」

「そう」

「でさぁ、やっぱり、付いてきて欲しい」

「校門まで?」

「教室まで」

「わかった」

 

二人で、学校へ向かうと、黄色い帽子をかぶった一年生達が、下校するところとすれ違う。

「1年生なんか、もう帰る時間だよ」

と、ギャハハ!と、笑っているプン助。

近所の中学生も下校して来た。

横に広がって友達としゃべりながら歩いていた。まるでこちらに気付かない様子で、こちらが避けないと、ぶつかりそうだった。

「前全く見てないなぁ、危ないじゃん」

 

と、私がぼやくと、

「中学生もさ、勉強とか難しくなるからさ、疲れてんだね~。だらだらもしたくなるよ」

ど、通り過ぎたシーズンを優しく見守るおやじのような発言。

 

教室へ着くと、

「あ、プンだ、プンだ!」

と、クラスメートに言われて、堂々とした様子で入って行った。

先日は、教室に入りづらそうだったのだが、今日は全くそんな様子もない。

昼も過ぎると、開き直るのだろうか?

 

プン助を送った後、銀行へ行ったり、スーパーで買い物をして帰宅。

冷蔵庫に肉やら、野菜やらをしまって一息ついた途端、インターフォンの音。

モニターを見ると、プン助だった。

 

もう学校終わったのか・・・。

5時間目の途中から行って、6時間目が終わるのって早いんだな。。。

その後、2分もしないで遊びに出かけて行った。

学校へは5時間も行き渋っていたのに、遊びに行くのは2分。

毎日こんなことになったら、恐ろしいが、今から先のことを心配しないようにしよう。

元気なのは、ありがたい。

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カレーパンで早起きしたけれど①

セブンイレブンのカレーパンがおいしい。

 

カレーパンのおいしさに魅せられた旦那さんが、子供らに

朝6時40分までに起きたら、近所のセブンイレブンでカレーパン、もしくは他に好きなパンを買って朝ごはんにしていい」

と言う御触れを出した。

 

子供らは早く起きたら、好きなパンを買える。

大人は、朝ごはんの支度をしなくていい。

そして、パンにつられてプン助は、早めに起きて、学校へ行ける。

 

そういう効果を狙ったらしい。

 

昨晩は絶対に起きる!と、はしゃいていたプン助だったが、6時40分に起こされた時、寝ぼけてパンはいらないから寝かせて欲しい・・・という感じで、布団にしがみついていた。ニンタマにいたっては、宿題がおわらないからいらない・・・とのこと。

折角の旦那さんの企画、初日にしてポシャったかと思われたが、再度プン助の耳元で、

「カレーパンいらないのかなぁ~、カレーパン、パパが食べちゃおうかなぁ」

などと、つぶやいていたら、プン助は突然ガバっと起き上がって、カレーパンを買いに行った。

 

朝ごはんの支度もしないでよくて、子供らが早く起きてくれるなんて、なんて楽なんだ…!

毎晩12時近くまで、起きていることもあり、どんなに頑張って起こしても7時半くらいまで、ピクリとも動かないプン助が、早々に食事を終えている。

久々に遅刻をしないで、学校へ行けるかも・・・!

昨日学校へ行ったのは、10時半過ぎだった。

8時半前後に行く微妙な遅刻が多かったのだが、ここ最近エスカレートして来て、行くか行かないか分からず、やっと10時頃に行く・・・という、いつ不登校になっておかしくない感じになっていた。

カレーパンで、8時に行けるなら、こんなに素晴らしいことはない。

 

だが、8時になってもソファに寝転がっていて、靴下も履かない。

あれ?こんなに時間があるのに、何故行かないのだろう?

折角遅刻をしないで行けそうなチャンスだったのに・・・。これでは、また遅刻をしてしまう。

遅刻をしてもいいけど、たまには遅刻しない日もあって欲しい。

歯磨き粉を歯ブラシにつけて、持って行ってやっても、ソファの下にもぐったり、ぐにゃぐにゃしてまともに立ち上がろうともしない。

久しぶりに遅刻をしないで登校という夢が、またとないチャンスが潰えてしまう。

何度か玄関まで連れて行ったが、とんぼ返りして、ソファの足元に顔を埋めたりしながら、ニヤニヤしている。

行きたくないというより、焦る私をからかっているようにも思える。8時15分になって、やっと靴を履いた。

 

「やった!行く気になった!」

 

だが、ランドセルも鞄も持たずに、スタスタ出ていってしまった。

追いかけようにも、私はまだブラトップのタンクトップと、寝間着のズボンいう状態。

しかも忘れたワケではなく、

「ほら、忘れてるよ~」

と、私が慌てて追いかけて来るのを、どこかで隠れて見たりするプレイをやりたがっているに違いない。

無性に腹が立って来た。

PTAの議事録を今日中に終わらせたいし、他の作業も溜まっている。プン助が学校へ行ってくれないと、何も捗らない。

そんなプレイに付き合える心の余裕がなくなっていた。

 

もういいや!

 

と、ランドセルとカバンを玄関の外へ出して置いておいた。

室内へ入れると、またソファへトンボ帰りをしてしまったり、ろくなことがない。プレイには付き合わず、無視だ!無視!

 

だが、恐らくいつまでも追いかけてこない私に痺れをきらして、戻って来たプン助が、ドアの外に置かれていたランドセルとカバンを見て、激怒。

 

「ママ、ひどい!僕のランドセルを地べたにおいた!」

 

と、玄関を開け放って怒鳴り込んで来た。

まだブラトップに寝間着姿なので、慌てて

「しめて!しめて!」

と言うと、

 

「しめない!」

と、一層ドアを大きく開ける。

散らかっている部屋が見えるのが困るのと、ブラトップ姿が見られるのが困るのだが、それを言うと、余計に見えるようにドアを開くと思ったので、

「蚊が入るでしょ!」

と、苦し紛れの言い訳をしたが、全く効果はなかった。

 

玄関で大騒ぎをするのも嫌だったので、もう部屋が見えるのは仕方がないことにして、家の奥へ避難した。

 

結局、プン助は靴を脱いで、ソファへ逆戻りしてしまった。

ああ、6時40分に起きて爽やかな朝を迎えたというのに、何にもならなかった。

昨日、明日は8時に行くっていたのになぁ…。

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七夕のことなんかすっかり忘れていた。 PTA 運動会 オリンピックについてのあれこれ

七夕のことはすっかり忘れていた。

 

PTAの定例会。

色々な議題が上がったが、校長先生やクラス委員の保護者の話ぶりから、生徒のオリンピック観戦を楽しみにしていた人がいたらしいことが分かった。

「残念ながら、子供達のオリンピック参加は中止になってしまいしたが…」

「市の方針で仕方がない面もわかるのですが、是非実施して欲しい・・・」

等々。

 

私個人としては、小学校の年鑑行事日程表にシレってオリンピック観戦…と載っているのに気が付いた時、このコロナ禍に…!と、信じられない気持ちになり、頭に血が上って、どういうことか問い合わせたい気持ちになった。すぐそうしなかったのは、中止になる可能性を信じていたからだ。

7月に入っても中止にならなかったら、個人的に校長先生に、どんな状況でも実施するのか?どういう状況になったら、中止にするのか、その基準は設けているのか?行きたくない人は参加しなくても、欠席扱いにならないのか?行かないことで何らかの不利益を被らないか?もしも明らかに観戦したことによる、感染者が出たら、どうするつもりなのか?などを聞きに行こうと思っていた。  

なので、7月を待たずして、中止になった時には、小躍りして喜んだくらいだった。少なからずそういう気持ちの保護者はいるはず・・・と、思っていたのだが、そうなのか・・・未だに、こちらは少数派なのか・・・と、軽くショックを受けた。

 旦那さんにその報告をしたら、

「観戦を楽しみにしている人がいる前提で、その人達に配慮してそういう言い方をしただけかもしれないよ?」

と言っていた。

それもあるかもしれないが、だったら

「中止になって安心した方もいるでしょうし、残念に思ってる方もいらっしゃるでしょう」

でもよいのではないだろうか?

 

秋の運動会の話でも、校長先生は

「生徒を昨年と同じような形で並ばせられない。もっと間隔を開けないと」

「ウチの小学校で感染者が出ていないのは、たまたまだと思っております」

というような話もしていた。

そこまで、考えているのであれば、オリンピック観戦なんて、危険極まりないと思うのが、当然だと思うのだが・・・。モヤモヤが残る。

 

 

 話は変わるが、運動会に関して、校長先生は慎重派だった。

子供達の為にも運動会は是非実施したいけれど、感染症対策を考えると、できる競技は、徒競走やゲーム性のある団体競技に限られてしまう、今までやっていた学年単位でやる表現運動(ダンスや組体操)みたいなものは、体育館で練習する時に蜜になってしまうのと、校庭で間隔をあけて生徒達を座らせると、140人が一斉に演技するようなスペースを作れない、観戦する親も子供一人につき、一人が精いっぱい・・・という旨を話した上で、保護者の意見を求めた。

だが、保護者からは

「5,6年生の表現運動や、組体操は観たいです。かけっこなどという人と争う競技ばかりではなく、団結して協力しあう組体操や、表現運動を是非やって欲しい」

「子供一人につき、保護者が一人しか観戦できないのであれば、ライブビューで配信などで、パソコンで観られる形があったらいいと思う」

…という、どちらかというと、意見というよりは要望に近いものが多かった。

気持ちはわかるが・・・先生の話している内容をきちんと聞いていたら、無理でしょ・・・と思った。

案の定校長先生は、

「まずライブビュー配信は人手と予算の関係で無理です。教員は総出でやってますし、感染症対策でいっぱいいっぱいです。そこに人手をさく余裕はないです。学校はサービス業ではないです」

と、述べていた。個人的には最もだと感じた。

競技に関しても、「最低限これはやります・・・ということで、状況が良くなれば、もちろん表現運動などもやらせてあげいたです・・・」

とのことだった。

校長先生は「子供達が楽しみにしている運動会をなんとか実施したい…」と、何度も繰り返していた。

保護者の気持ちも分かるけれど、現実的では無いし、校長先生の誠意にもジーンとしたなぁ…などと思いながら、家に帰った。

 

帰宅後、家でその話をしたら、

「え~、何、それ。まず、運動会なんて、全然楽しみになんかしてない。毎年暑い中、練習させられて、面倒くさいなぁって思ってるよ。一部の体育得意な人だけじゃない、楽しみにしてるの。皆嫌がってるよ~。中止になればいいのに、運動会。親の為にやってんのかって思ってたよ!」

と、ニンタマが力説。

そうだった!そういえば、昨年も子供らは、運動会、面倒くさい・・・と、ぶつくさ文句ばかりを言っていた。コロナで観られない・・・ということに気を取られてうっかり、忘れていたが、私自身、毎年運動会を面倒くさいなと思っていたのだった。

 

我が家の子供達は、全く運動会で活躍するタイプでもない。

ここ数年、徒競走でやっとビリじゃなくなったくらいで、それまでは、輝く笑顔で活躍する子供達と自分の子供の落差を見せつけられるだけで、親としても全く楽しくないのに、行かないとなんとなく顰蹙を買いそうな気がする辛い行事だったのだ。

親バカかもしれないが、子供ら二人の運動神経が鈍いとは思っていない。

ウチの子供らは無目的にまっすぐ早く走る・・・ということに本気になれないタイプで、鬼ごっこなどでは、チョコマカと俊敏だし、プン助などは徒歩17分の駅まで、ダッシュで走り続ける体力もある。

運動会が向いていないタイプなだけなのだと思っている。運動会にいい思い出は皆無で、ウチにとっては、親も子も無駄に卑屈な気持ちにさせられる苦痛な行事だったのだ。

その事をすっかり忘れていた。

雰囲気に飲まれるということはあるのだな・・・と、久々に感じた。昨年から続くコロナ騒動で頭が凝り固まっていて、コロナ以前に自分たちがどういう風に感じていたか・・・という前提事態も分からなくなっていた。

運動やスポーツは嫌いではないけれども、押し付けられて競わされるものは嫌い。

だから、運動会も好きではない。昨今の無理やりお祭り騒ぎにしているオリンピックも、全然乗れない。いわんや、こんなコロナ禍でやるなんて・・・。そもそも乗れないものに、乗ったふりをしないと、浮いて見えるかも・・・と心配しながら暮らす事の、なんとバカらしいことか・・・。

 

楽しむ人は楽しむのかもしれないが、乗れないものはしょうがない。

つい、気が付くと色々洗脳されてしまうけれど、嫌なものは嫌だと、思う事だけは大事にしようと改めて思ったのだった。

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行き渋りはタブレット弱者のせい?

昨晩8時には学校へ行く!と、豪語していたプン助だったが、8時過ぎても、全く行く気配がない。

社会の調べものの宿題をやらなければ…と、木曜日から言っていたのだが、土曜日、日曜日と、全くやらず、昨晩に

「明日、朝早くやるから起こして」

と、頼まれていた。

6時から30分おきに声をかけたが、

「わかってるから大きな声出さないで」

と言うので、

「起きられなかったんだから、社会の調べものの宿題、やらなくても行くんだよね」

と、確認すると頷いていた。

だが、8時になっても、全く行く気がなさそうだ。

だ何で行かないのかを聞いてみると、

 

「社会の調べものが・・・」

 

と、モゴモゴ言うのだった。

 

「じゃあ、もう今からやればいいじゃん。どのくらいでやれそう?」

 

と、聞くが、床に寝そべって消しゴムを転がすばかりで全く答えない。

そこから、30分ほど、怒鳴ったり泣いたり、宥めたり、抱きしめたり・・・を経て、少しだけやる気になったプン助。

テーブルに筆箱など出して、お膳立てしてやるが、タブレットを出し始めた。

タブレットでやる宿題だったのか…?

 

タブレットで、パラリンピックの選手や競技などを調べ始めたので、

「パラリンピックの何かを纏める宿題なの?」

と、聞くも「教えない」と、秘密主義。

 

その間、洗濯物などを干していたら、起きて来た旦那さん相手にプン助が何やら訴えていた。

「背景がこの色じゃ嫌だ」

とかなんとか。

最初、宿題と背景の関係が分からず、何をやっているのだろう?と思っていたが、どうやら、タブレットでレポートらしきものを作成する宿題だったらしい。

 

いつも、何が宿題か聞いても教えてくれないので、分かっていなかったが、慣れていない人にとっては、30分やそこらでやれることではなさそうだ。

 

やろうとしては苛々して、寝転がって

 

「できない~~~」

 

と、癇癪を起していた。

旦那さんが、やってあげても気に入らないらしく、怒っている。

 

「先週の木曜日に、社会の調べものは早くやるって言ってたよね。先生にやっていくって約束したんでしょ?約束したから、やらないままでは学校いけないって思ってるんでしょ?やった自分じゃないと学校へ行けないって思ってるんでしょ?」

 

コクリと頷くプン助。

 

「それは見栄だよ。できないのに、できた自分じゃなきゃ行けないのは、実際の自分よりよく見せたい見栄だよ。見栄を張りたいなら、パパにやって貰ったっていいじゃない」

「違う!見栄じゃない!」

「いいや、見栄だね。見栄じゃないなら、できなかったからパパにやって貰ったって言えばいいじゃん」

 

何か腑に落ちない感じで心を閉ざすプン助。

 

「見栄を張るのは悪いことじゃないよ。ママだって、できないかもって思う事、できますって顔をして、引き受けてパニックになることはよくあるよ!でも、パニックになったら、パパに相談したり、泣きついたり、案を聞いたりしてそこは恥も外聞もなく頼るよ。学生の時は、書けないレポートとか、親切な人に頼んだり、お金払ったりして書いて貰ったりもしたよ!見栄を張ってその無理を通したいなら、そこはカッコつけてらんないよ!それでもできないときは、そこは無理だって言うんだよ!」

 

私が、全く自慢にならない演説をしている脇で、黙々とプン助の宿題をやっている旦那さん。

 

「はい、プン助。これでいい?」

 

タブレットで、パラリンピックの競技についてのレポートが出来上がっていた。

書いてある文面が、明らかに子供のものはない。

「パパにやってもらったって言えばいい」

と、旦那さんは、身支度を整えて買い物へ行ってしまった。

 

「こんなんだったら、やってもらわない方がよかった」

「パパにやって貰ったって言えばいいじゃない」

「それも言いたくない」

「じゃあ、全部消せばいいじゃない」

「それも嫌だ」

と、プン助は寝転がって漫画を読み始めた。

 

「ちょっと、人が真剣に話しているのに失礼じゃない?」

無視。

「あのさぁ、自分のことを何かやれる人間だ、頭がいいって思ってるかもしれないけど、それだって、何もやらなかったら、何にもならないよ!」

やはり、無視。

「ママが怒っているのは、ちゃんとやるから!と言って、YouTubeとか漫画みたり、とか、お菓子とかジュースとかねだったりして、無理やりにでも思いを通して、報酬だけ先に取るくせに、その後対価を払わないことなんだよ。それは詐欺だ!おうちだから、警察とか呼ばないけれど、犯罪だよ?いいのか?そんな人間になって」

ああ、ヤバイ。段々止まらなくなって来た。酷い事を言い始めている。しかし、やはり無視される。

「やるやるって言って、やらない癖がついたらダメだよ。この人って自分でやるって言ってた事、全然やらないんだな・・・って思われたら、こっちが本気のつもりで話しても、皆、どうせまた、言ってるだけでしょ?って信じてくれないよ?!親子だけどさ、やっぱり信用って大事なんだよ。貯金と一緒でさ、小さな信用をコツコツ積み重ねていくもんなんだよ?自分にだってそうだよ。やるって言ってやらない自分が当たり前になっちゃダメなんだよ!」

ああ、辛い。私も、20才の頃から、小説家になりたい…、書かなければ死ぬに死ねないテーマがあるとか言っていたのに、もう50歳超えている。プン助より、余程終わっているではないか。もう、プン助の目は何か別のモノを見ているようだった。

「ママの言葉聞いてる?理解している?」

ガラス玉のような瞳で、私の顔を見ている。

 

「ママの顔に、目ヤニがついてるな?とかそんなことを思いながら聞いてた?何か叫んでるけど、シミがあるな…とか思ってた?」

 

と、プン助、プっと笑った。

「目ヤニある?」

首を振るプン助。

「ママさ、顔を洗う間もなかったから、目ヤニでもあるかと思ったよ」

 

プン助の顔は涙で濡れていたが、噴き出したせいか、ガラス球のようではなくなっていた。とりあえず、その隙を狙って

「まあさ、とりあえず、ちょっと泣いたり、ギュっとしたりして、気を取り直してから、学校行くか」

と、言うと、頷いたので、それから暫く抱擁した。

「泣き虫プン助」

と、言いながら頭を撫でてると、プン助は涙と鼻水を私のTシャツで拭いていた。

 

10時半過ぎていたので、教室まで付き添う為に一緒に登校した。学校に近づくにつれ、「もっとゆっくり歩いて」

と、普段の三分の一くらいの速度で歩くプン助。

学校へ入っても、階段を足で登らず、手すりにしがみついて、腕力で雲梯のようにして上る。教室へ入るのに、プレッシャーを感じている様子。

不登校の時期には、よく見られていた行動なのだけれど、5月くらいまでは遅刻をしてもスタスタ入っていた。6月に入ってから、学校へ行ったり、教室に入るのに、何某かストレスを感じている様子。

先生が、プン助を発見して、「おいで」と、誘導してくれるのだが中々入らない。他の生徒達も気付いて、「プンちゃん来たよ~」と、迎え入れているのだが、モジモジしている。PTA室に用事があったので、すぐ教室を後にしたのだが、プン助の手提げを私が持ったままだったことに気付き、届けに戻る。

プン助は、まだ荷物の整理をするふりをして、教室の後ろで座り込んでいて、私が手提げを渡しても、反応しなかった。

以前は、来てくれるだけでいいんです・・・という感じだった先生も、「あ、はい、座ってください」という感じの対応になっている。

 

まあ、これは仕方がない。いつまでも、来るだの来ないだの・・・とよくわからない態度でもモジモジしている人を構うのも面倒臭くなるのも当たり前だ。

だが、プン助としては、ちょっと居づらくなっているのかもしれない。

などと思いながら、他の生徒の様子を見た。

 

タブレットを出して、授業を受けていた。

 

生徒達のタブレットを見て、ビックリした。

 

どうやらプン助がやっていたらしい社会の調べものの宿題、パラリンピックの競技についてのレポートを、皆、開いていた。

 

どこかのホームページか?というくらい、綺麗な色を使ったレイアウトで、作成されたレポート。

え?これ、今の小学校4年生は、皆こんなことができるの?

私は、PCを20年くらいになるが、こんなことやったこともない。

 

ニンタマは、よくタブレットをいじって色々やっているがプン助は、ちょっとしたゲームっぽいことをする以外、全く弄っていない。

親のスマホでYouTubeを見たり、好きな漫画を調べたりはするけれども、それ以外で学校から配られたタブレットをいじっているのは見たこともない。

そうか・・・これなのだろうか?

 

最近、行きしぶりが出始めたのは、タブレット教育が本格化してきたのに、全くその流れについて行けていないことも原因だったのだろうか?

 

私自身PC、スマホ、タブレットが苦手な方ではあるけれど、同世代には一定数そういう人間はいる。でも、今の子供だと、それが苦手なことは、結構大変なことなのかもしれない。

色々悩ましい。

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