« 2021年5月 | トップページ

退院後の総括…そして、アルコールへの欲求

退院日。

 

昨年個室に入院していた時、隣の病室のおじいさんが昼は静かなのだが、夜になると一晩中ナースコールを鳴らし続ける人だった。

毎度の事らしく看護師さんも全く来ない。

痺れを切らしたおじいさんは

「おーい!誰か来てくれ~!」

と、叫び続け、やっと来た看護師さんが、おじいさんに「うるさいよ!皆寝てるんだからね」と、怒る声が聞こえる・・・という日々だった。

数時間置きにおじいさんの痰を吸う処置の音が聞こえたり、誰か来てくれ~、苦しいよ~というおじいさんの声がずっと聞こえてきて、その気持ちがシンクロして来るのか、自分にも形容しがたい恐怖が襲ってきて、トラウマになりそうな数日間だった。

 

あのおじいさんはきっと社会的にまあまあの地位にいて、家でも思い通りに生きて来たタイプの人だったのではないだろうか。

そんな人にも、老いや病は当然のようにやって来て、癇癪を起しても、思い通りにならない事態に直面し、耐えられずにナースコールをしたり、大声を出したりしていたのでは?と、勝手に推測していた。

 

そんな体験の為か、去年は病棟に蔓延る老いや死の気配にすっかり当てられてしまっていた。

だから、今年の入院手術が近づいてくると、手術自体よりも再びあの空間に滞在することを恐ろしく感じていた。

でも、今回は何故か、以前ほど恐怖を感じなかった。

 

なんとなく、個室よりも大部屋の方がそういう患者さんを間近に感じて、シンクロしてしまい、きついのではないだろうか?と思っていたのだが、今回はむしろ安心感さえあった。

今回隣のベッドに入院しているご婦人と、昨年のおじいさんとどちらの方が状態が悪いのかはわからない。

ご婦人は明らかにオムツで、しゃべることもせず、テレビを観ている時も、観ているのかもわからない虚ろな目つき。時折ベッドの手すりに、縋るようにしがみ付いている。人に自分の恐怖や痛みをまき散らすワケでもなく、色々なことを諦めて静かに耐えている感じ。

 

大部屋であっても、昨年のおじいさんみたいな人が隣であったら、やはり怖くて眠れなかっただろう。あのおじいさんも、大部屋だったらあんなに騒がなかったかもしれない。個室だから、寂しすぎて騒いだのかもしれない。そもそも、家族が普段の様子で、個室じゃなきゃ無理・・・と判断したのかもしれないし、本人が他人と一緒なんて嫌だ・・・ということでの個室だったのかもしれない。

 

個室とか大部屋とかいう問題でもなく、偶々周囲の患者さんが、静かに自分の不調と向き合う人達だったのと、私自身がケガをした直後よりも回復していたので、蔓延っている“気”にやられなかっただけなのかもしれない。

 

鎖骨以外にも色々不調はあるので、また入院、手術ということもあるかもしれないが、次回は迷うことなく、大部屋にしようと思った。

 

術後の経過も問題なく、すんなり退院できることになった。

パソコンやら本やら、重いもの持ち込んでいたので、稽古に行く前の旦那さんに荷物だけ、引き取りに来て貰い、ほぼ手ぶらで家へ帰ることが出来た。

 

家から徒歩10分程の病院なので、楽勝・・・と思っていたが、歩いてみると、一歩踏み出す度の振動が鎖骨に響いて、脂汗が滲むほど。

 

荷物を持って帰って貰ってなかったら、地獄だったな・・・。

 

一二週間くらいで、抜糸してたら、すぐに卓球だってできるはず・・・と思っていたが、自分があまりにも能天気だったことに気付いた。

 

取り出した鎖骨を支えてくれていたプレートを見せてもらったが、頑丈でとても頼りになる感じだった。一年間鎖骨にネジ留めしていたので、気楽に腕立て伏せなどやれていたが、あの支えがない生身の鎖骨には、プレートを止める為に入れていたネジの穴もいくつか空いているはずだ。ネジ穴がふさがるまでは、腕立て伏せなんてもっての外だし、重い荷物も厳禁だろう。

一年間骨にくっついていたので、少し骨や肉とも一体化していたはずで、剥がす時にもスッと抜けるものでもないだろう。周りの肉や骨に無理な力もかかったはずで、やはりその周辺はドーンとダメージを受けている。

 

良質なたんぱく質やカルシウム摂取を心がけ、早く動かせるようになりたい・・・。

 

そう思っていたのに、寝る前に冷蔵庫にあるビールを見てしまうと、飲みたくてたまらなくなってしまう。

アルコールは炎症がある時には厳禁・・・と分かっているのに、

 

「一杯くらいいいいんじゃない?」「痛みに耐えた自分にお疲れ様って意味で飲んじゃおっかな」

 

という誘惑の声が聞こえて来る。

 

冷蔵庫に手を伸ばしビールを取りかけるが、すぐその上にあったジンジャーエールに目標を切り替え、急いでプシュッと缶を開ける。

空けちゃったら、もうこれを飲むしかない。

 

これを飲んだら、お腹がタポタポになって、ビールを飲みたい気持ちも収まるだろう…。あーあ、ビール飲みたかったな・・・と、思いつつも、空けてしまったジンジャーエールを飲んでいたら、何故だかちゃんと打ち上げのビール気分になって来た。

 

どうやら、缶をプシュって開ける行為自体にも、何某かの効果があったらしい。

そして、微量ながらショウガの成分のせいか、体がカっとなる効果もある。体がアルコールとちょっと勘違いしてしまうような味わいもある。

 

このジンジャーエールは160ミリリットルのミニ缶で、近所のスーパーでは47円で売っている。発泡酒よりも安い上に、量も適量だ。

しばらくこのジンジャーエールを冷蔵庫に常備して欠かさないようにしよう。

 

250ミリリットルのビールに手を伸ばさずに、とりあえず一週間過ごせますように・・・。

 

そして願わくば、特別なイベントや人と会う時以外に、習慣的にビールを欲する気持ちも消え失せてくれますように・・・。

 

それにしても、退院した後の子供達の態度はあっさりしたものだった。

 

私だけが、会いたかったよ~~~!と、体を離しながらもハグをしたり、頬ずりをしたりしていたが、子供らは、じゃれついて来た犬をかまってやる・・・くらいの対応しかしてくれなかった。

 

「ママがいなくて寂しくはなかったかい?それとも、いなくて好き勝手できてよかったりした?」

 

と、聞いてみる。

 

「う~ん、両方かな」

 

まあ、そんなもんだろう。

寂しがられ過ぎても困るし、順調に育っていることを喜ぶことにするか…。

|

手術と絶食と枯れ枝のようなおばあさん そして、バナナ

手術日。

0時から食事禁止、6時から飲み物禁止ということだった。

前日の夕食が18時だったので、既に10時くらいにはお腹がグーグー鳴っていた。

こんなことなら、オヤツでも買っておけばよかったと思いつつ、自販機でナタデココ入りドリンクやココアというカロリー高めの飲み物を買い空腹を紛らわしていた。

 

朝の5時59分まで、麦茶をガブ飲み。

6時から点滴開始。身体に管が入るのはいかんせん不快だ。

前回の手術では尿道カテーテルを入れていたが、今回はカテーテル入れるのだろうか・・・?

そんな事を思っていると、看護師さんが、斜め向かいの患者さんに「尿道に管、入ってますからね、5日間、頑張れる?」

 

などと聞いていた。

「はい、頑張ります」

マジか・・・。

 

前回は半日程度だったが、抜いてもらった時は心底ホッとした。

あれを5日も!

 

点滴だけならば、歩き回ることは出来るが、カテーテルが入っていたら歩き回ることもできないのでは?

そう言えば、何人かの患者さんの元に、看護師さんが来ては「リハビリ頑張ろうね~」

と、ベッドの上で声をかけて何やら運動をしたり、数を数えている。何日も動き回れない人が沢山いるのだ。

 

そんな事を思いながら、PTAの議事録の見直しをしたり、読書をしたりしているうちに予定より1時間くらい早く手術を受けられることになった。

 

前回は手術室へ行くまで、怖くてたまらなかった。

二度と目覚めなかったらどうしよう・・・逆に手術中、痛さで目が覚めたらどうしよう・・・?

途中で目が覚めない方がいいに決まっているのだが、意識の無い間に行われることを考えると、耐えがたい気持ちになったり・・・。

なので、今回は一切なにも考えないことにしよう、想像もしないようにしよう・・・と、決めていた。

 

想像しない、考えない、無心・・・無心・・・。

 

手術台へ横たわってからも、笑顔を心がけ、ただただ深く息を吸ったり吐いたり。

 

「何、緊張してんの?」

 

私がスーハ―しているのをみて、麻酔科の先生が笑っていた。

 

緊張しないようにスーハ―しているのだが、まあ緊張して見えるだろうな・・・というか、やはり十分緊張している。

 

マスクを口に当てられ、点滴に薬剤を投与され始めた。

 

ああ、去年もこんな匂いだったな・・・。

 

「まだ眠くはならないよ。点滴冷たいのが入る感じがして、ちょっとしみるかもしれないけど・・・」

 

ああ、去年もこんなこと言われたな・・・そんなにしみないけどな・・・ちょっとぼんやりして来たかな?まだ・・・意識はあるなぁ・・・うん、意識は、まだある・・・。

 

そこから、一切何の意識も思考も途切れた。

 

凄く遠くから、呼ばれたような気がして目が覚めた時には、手術室だったのか、入院している部屋へ運ばれている最中だったのか、もはや思い出せない。

 

声を出そうとすると、少し声が出し辛いので、先ほどまで口の中に管が入っていたのだな・・・と、思うが、そんな記憶もない。

 

昨年の麻酔は中々冷めず、意識はあるのにしゃべれず指もうごかせず、数時間体が麻痺しているような感覚があり、それが苦痛だったのだが、今回その事を伝えたら、薬を少し変えて貰えた。

それが吉と出るかはわからないと言われていたが、今回は目が覚めた直後から指も動かせたし、話すこともできた。

 

良かった・・・。

 

お腹減ったな。晩御飯食べてもいい状態なくらい元気だと思うのだけど、ダメなんだろうな・・・。今日は食事なしと言われていたし・・・

そんなことを思っていると、

 

「回復もいい感じだし、バナナくらいなら食べてもいいんじゃない」

みたいな看護師さんの声が聞こえた。

 

やった!バナナ!全然食べられる。むしろ食べたい!

 

 

看護師さんやスタッフさんがいなくなった後、スマホで好きなYouTubeちゃんねるを開いて、イヤホンで聞く。

ちゃんと聞こうと思うのだが、いつの間にか意識が事切れた。

 

そして夕食の時間。

 

同室の他の患者さんには、夕食が配られている。

私にバナナは配られるのだろうか?

 

バナナ、バナナ・・・と、心躍らせていたが、誰も私のところへバナナを持ってきたりはしなかった。

 

あれは、あの声は夢だったのだろうか?

 

看護師さんが、何度も、体温、血圧、血中酸素を計りに来た。

その度に

「大丈夫ですか?痛くないですか?」

と、聞かれた。

 

「全然痛くないです」

 

本当にびっくりする程痛くなかった。

 

痛くない・・・というか、患部に関しては全く感覚がなかった。歯科で麻酔が効いているかのように無感覚。

 

数時間経っても、全く感覚がないので、次第にこのままずっと、鎖骨周辺が無感覚だったらどうしよう?と不安になった。

でも就寝時間くらいから、次第にジンジン痛み始めた。

 

痛いのは嫌だったが、感覚が蘇って来て、ちょっと安心した。

 

それにしても、隣の患者さん、とても心配だ。

恐らく80歳は優に超え、もしかすると90歳近いかもしれない女性なのだが、いつ見ても、枯れ木のような佇まいで、殆ど口を利かない。

話しているのかもしれないが、聞こえない音量なのかもしれない。

 

「食べないとダメだよ」「ご飯が嫌だったんだね。お菓子なら、食べるって聞いたよ」「ほら、食べないと・・・。ウェハースなら食べられるんじゃないの?」「ゼリーとジュース、どっちだったら、食べられるの?どっちもダメ?まだゼリーの方がいい?じゃあ食べないと!」「食べて元気にならないと、ここから出らないんだよ」「頑張ろう!」「頑張って、食べて!」「お腹減らないの?」

 

などという看護師さんの声ばかりが聞こえる。

仕事だし、そう言うしかないのも理解できるけれど、最早食べる体力、気力が無いのだろうな…。

ここから出たいとも思っていないのかもしれない。

普通に、寝ているだけでも大変なのかもしれない。

 

就寝後、

「プー・・・プー…ポ・・・ポ・・・ポ・・・ポ―・・・」

みたいな息の破裂音が聞こえて来た。

 

不審に思って聞き耳を立てると、隣の患者さんだった。

 

「ポ・・・ポ~、プ…プ・・・プ…プ…」

なんだかわからないが、苦しそうではない。

隣の患者さんの口から聞こえて来た初めての音声だった。

なんとなく、生まれて数か月の赤ちゃんが、自分の手をひらひらさせてじっと眺めたり、自分から発する音が面白くて、何度も声を上げたりして、試しているような・・・そんな時の雰囲気を感じた。

 

誰かに何かを急かされたり、指示されるのは嫌だけれど、誰にも何も言われていない時には、ちゃんと自分の体に関心を持って、自分なりに自分の体で色々試しているのかもしれない。

 

破裂音はしばらく続き、私もなんとなく安堵して、そのまま眠りについた。

|

« 2021年5月 | トップページ