« いざ、入院…! | トップページ | 退院後の総括…そして、アルコールへの欲求 »

手術と絶食と枯れ枝のようなおばあさん そして、バナナ

手術日。

0時から食事禁止、6時から飲み物禁止ということだった。

前日の夕食が18時だったので、既に10時くらいにはお腹がグーグー鳴っていた。

こんなことなら、オヤツでも買っておけばよかったと思いつつ、自販機でナタデココ入りドリンクやココアというカロリー高めの飲み物を買い空腹を紛らわしていた。

 

朝の5時59分まで、麦茶をガブ飲み。

6時から点滴開始。身体に管が入るのはいかんせん不快だ。

前回の手術では尿道カテーテルを入れていたが、今回はカテーテル入れるのだろうか・・・?

そんな事を思っていると、看護師さんが、斜め向かいの患者さんに「尿道に管、入ってますからね、5日間、頑張れる?」

 

などと聞いていた。

「はい、頑張ります」

マジか・・・。

 

前回は半日程度だったが、抜いてもらった時は心底ホッとした。

あれを5日も!

 

点滴だけならば、歩き回ることは出来るが、カテーテルが入っていたら歩き回ることもできないのでは?

そう言えば、何人かの患者さんの元に、看護師さんが来ては「リハビリ頑張ろうね~」

と、ベッドの上で声をかけて何やら運動をしたり、数を数えている。何日も動き回れない人が沢山いるのだ。

 

そんな事を思いながら、PTAの議事録の見直しをしたり、読書をしたりしているうちに予定より1時間くらい早く手術を受けられることになった。

 

前回は手術室へ行くまで、怖くてたまらなかった。

二度と目覚めなかったらどうしよう・・・逆に手術中、痛さで目が覚めたらどうしよう・・・?

途中で目が覚めない方がいいに決まっているのだが、意識の無い間に行われることを考えると、耐えがたい気持ちになったり・・・。

なので、今回は一切なにも考えないことにしよう、想像もしないようにしよう・・・と、決めていた。

 

想像しない、考えない、無心・・・無心・・・。

 

手術台へ横たわってからも、笑顔を心がけ、ただただ深く息を吸ったり吐いたり。

 

「何、緊張してんの?」

 

私がスーハ―しているのをみて、麻酔科の先生が笑っていた。

 

緊張しないようにスーハ―しているのだが、まあ緊張して見えるだろうな・・・というか、やはり十分緊張している。

 

マスクを口に当てられ、点滴に薬剤を投与され始めた。

 

ああ、去年もこんな匂いだったな・・・。

 

「まだ眠くはならないよ。点滴冷たいのが入る感じがして、ちょっとしみるかもしれないけど・・・」

 

ああ、去年もこんなこと言われたな・・・そんなにしみないけどな・・・ちょっとぼんやりして来たかな?まだ・・・意識はあるなぁ・・・うん、意識は、まだある・・・。

 

そこから、一切何の意識も思考も途切れた。

 

凄く遠くから、呼ばれたような気がして目が覚めた時には、手術室だったのか、入院している部屋へ運ばれている最中だったのか、もはや思い出せない。

 

声を出そうとすると、少し声が出し辛いので、先ほどまで口の中に管が入っていたのだな・・・と、思うが、そんな記憶もない。

 

昨年の麻酔は中々冷めず、意識はあるのにしゃべれず指もうごかせず、数時間体が麻痺しているような感覚があり、それが苦痛だったのだが、今回その事を伝えたら、薬を少し変えて貰えた。

それが吉と出るかはわからないと言われていたが、今回は目が覚めた直後から指も動かせたし、話すこともできた。

 

良かった・・・。

 

お腹減ったな。晩御飯食べてもいい状態なくらい元気だと思うのだけど、ダメなんだろうな・・・。今日は食事なしと言われていたし・・・

そんなことを思っていると、

 

「回復もいい感じだし、バナナくらいなら食べてもいいんじゃない」

みたいな看護師さんの声が聞こえた。

 

やった!バナナ!全然食べられる。むしろ食べたい!

 

 

看護師さんやスタッフさんがいなくなった後、スマホで好きなYouTubeちゃんねるを開いて、イヤホンで聞く。

ちゃんと聞こうと思うのだが、いつの間にか意識が事切れた。

 

そして夕食の時間。

 

同室の他の患者さんには、夕食が配られている。

私にバナナは配られるのだろうか?

 

バナナ、バナナ・・・と、心躍らせていたが、誰も私のところへバナナを持ってきたりはしなかった。

 

あれは、あの声は夢だったのだろうか?

 

看護師さんが、何度も、体温、血圧、血中酸素を計りに来た。

その度に

「大丈夫ですか?痛くないですか?」

と、聞かれた。

 

「全然痛くないです」

 

本当にびっくりする程痛くなかった。

 

痛くない・・・というか、患部に関しては全く感覚がなかった。歯科で麻酔が効いているかのように無感覚。

 

数時間経っても、全く感覚がないので、次第にこのままずっと、鎖骨周辺が無感覚だったらどうしよう?と不安になった。

でも就寝時間くらいから、次第にジンジン痛み始めた。

 

痛いのは嫌だったが、感覚が蘇って来て、ちょっと安心した。

 

それにしても、隣の患者さん、とても心配だ。

恐らく80歳は優に超え、もしかすると90歳近いかもしれない女性なのだが、いつ見ても、枯れ木のような佇まいで、殆ど口を利かない。

話しているのかもしれないが、聞こえない音量なのかもしれない。

 

「食べないとダメだよ」「ご飯が嫌だったんだね。お菓子なら、食べるって聞いたよ」「ほら、食べないと・・・。ウェハースなら食べられるんじゃないの?」「ゼリーとジュース、どっちだったら、食べられるの?どっちもダメ?まだゼリーの方がいい?じゃあ食べないと!」「食べて元気にならないと、ここから出らないんだよ」「頑張ろう!」「頑張って、食べて!」「お腹減らないの?」

 

などという看護師さんの声ばかりが聞こえる。

仕事だし、そう言うしかないのも理解できるけれど、最早食べる体力、気力が無いのだろうな…。

ここから出たいとも思っていないのかもしれない。

普通に、寝ているだけでも大変なのかもしれない。

 

就寝後、

「プー・・・プー…ポ・・・ポ・・・ポ・・・ポ―・・・」

みたいな息の破裂音が聞こえて来た。

 

不審に思って聞き耳を立てると、隣の患者さんだった。

 

「ポ・・・ポ~、プ…プ・・・プ…プ…」

なんだかわからないが、苦しそうではない。

隣の患者さんの口から聞こえて来た初めての音声だった。

なんとなく、生まれて数か月の赤ちゃんが、自分の手をひらひらさせてじっと眺めたり、自分から発する音が面白くて、何度も声を上げたりして、試しているような・・・そんな時の雰囲気を感じた。

 

誰かに何かを急かされたり、指示されるのは嫌だけれど、誰にも何も言われていない時には、ちゃんと自分の体に関心を持って、自分なりに自分の体で色々試しているのかもしれない。

 

破裂音はしばらく続き、私もなんとなく安堵して、そのまま眠りについた。

|

« いざ、入院…! | トップページ | 退院後の総括…そして、アルコールへの欲求 »

心と体」カテゴリの記事