スキー旅行二日目
スキー旅行二日目の一月三日は私の誕生日だった。
年末には、
「ママは年が明けたらすぐ、誕生日なんだよ」
などと、言っていた子供らだが、一向に気付く様子もない。
こちらも49歳ともなると、もはやどうでもよくなっている。
ニンタマは自分の支度は自分でできるが、プン助は普段学校へ行く支度も大変なので、スキーとなると本当に大変。
朝食を食べに食堂に行こうと言っても、ずっとパンツ一丁で中々服を着ない。
服を着ても、隙があればすぐに隠れる。
さあ、行こうとすると、
「おしっこ!」
と、トイレへ走るが、ギリギリまで我慢していたせいで、トイレをあちこち汚したり…。
食堂へ向かう途中にも隠れて見つからなくなってしまい、こちらがほぼ食べ終わったら、ニヤニヤ笑いながら自分の席へやって来た。
ああ、また出発が遅くなってしまう。
やっと朝食を終えて、スキーへ行く準備をしている時、
「ああ、あんた誕生日だったね、おめでとう」
と、母が祝ってくれた。
それに慌てて、子供らも祝ってくれたが、こちらは早く支度をさせることに頭がいっぱい。
しかし、自分への誕生日プレゼントとして、何十年ぶりにスキースクールに入ろうと思っていた。
「今日、ママスクールに入りたいから、皆でお昼からスクールに入ろうね」
と、子供らと一緒に申し込むことにした。
学生時代のスキーサークルで、先輩達に教えて貰った以降、ずっと我流で滑っていた。
二十歳の時に、スキー検定二級を取得したが、当時よりも大分下手になっている。
申し込み用紙に書く時に、希望のクラスを書くのだが、自分のレベルを書くのに戸惑った。
AとBは初級者、Cが中級者Dは上級者…とのことだった。
Dクラスにはスキー2級以上と書いてある。
「30年近く前に二級とったんですけど、もう下手になっていて…Cの方がいいですかね…」
と、受付の人に相談すると、
「じゃあ、一旦Cにしますが、インストラクターにその旨伝えてくださいね」
と言われた。
子供らはジュニアスクールに申し込む。
ニンタマはジュニア検定一級レベルと書いてあったEクラス。プン助は一応自在に曲がりながら降りて来られるので、プルークボーゲンができると書いてあったDクラスに申し込んだ。
休憩所はどこも混んでいたので、かろうじて空いているベンチに座ってコンビニで買ったおにぎりを食べて腹ごしらえして、スクールに臨む。
子供らをインストラクターに預けてから、自分のクラスへ行くと、A、B、Dはどこも4、5人はいるのに、Cクラスは私一人だけ。
一人だけで見て貰えたら、レベルとか関係ない。
なんとラッキーなことかとホクホクしていると、おじさんインストラクターが私の所へやって来て、Dクラスに混ざって欲しいと告げられる。
自分よりもレベルの高いクラスに行けるなら、それはそれでラッキーだと、Dクラスに入れて貰うことになった。その際、インストラクターに
「ズボンの裾、ブーツに被せてね」
と、初心者のようなアドバイスをされた。
私は、普段から服のボタンを掛け違えたり、裏返しのまま気づかないでいるような所があるので、自分としてはよくある事だと思ったが、おじさんインストラクターは、
「大丈夫かな、コイツ」
と、思っているような雰囲気もあった。
レッスンが始まり、インストラクターは生徒全員に、
「今日は、ポジションを意識してやってもらいます。よく膝を曲げてぐっと踏み込むとか言いますが、それは忘れてください。膝も腰も曲げずにまっすぐのまま、前に体を倒してください。そうすると、板の前側だけに力が加わります。今日は板の前側だけを使って、後ろは一切ない物としてやってみてください」
と、説明。
私にとって、それは画期的で、それだけでもレッスンを受けにきて良かった…という気持ちになった。
その後、リフトに乗って隣に座った同世代のおじさんと話す。
「僕は午前も受けたんですけど、先生の言っていることは中々難しくて…」
「そうですよね、緩斜面ならそれでなんとか滑れても、急斜面になるとどうしても後ろにのってしまいますよね」
「そうそう、そうなんんですよ」
そのおじさんは、年に一度しか来ないので、来るときはいつもスクールに入っているとのことだった。
リフトから降りて、レッスン開始。
先生の言った姿勢を実践しながら、一人ずつ滑る。
なんどか、やっていくウチに
ん?このDクラスって、二級以上…って書いてあったけど、全然そんなことないのでは?
と、思えてきた。
これならばニンタマの方が全然上手な気がする。
先生の言われたことをやろうとするも、できずに、新雪につっこんで転ぶ人やら、三角が細めのプルークボーゲンのような人もいる。
私が滑る度に
「うまい!」
と、おじさんインストラクターに絶賛される。
「あなた、うまいね~~!この人、本当はCだったんだよ!いやぁ、それが蓋を開けてみたら、一番うまいじゃない!ね!素直に僕の言ったことをやれば、できるんだよ!いや、うまいよ!」
最初に受付の人に二級をとった旨をインストラクターに伝えてくださいと言われていたが、「そんなに下手なくせに本当かよ」と、思われるような気がして、先生には伝えられなかった。
返答に困り、挙動不審な感じに
「え!ホントですか?!」
と、喜んでいる振りをしてしまう。
「いや~、最初、Bに入れようかって話もあったんだけど、俺が責任もって見ますからってDに入れたんだよ!良かったね~~~~」
Bに入っていたら、プルークボーゲンをするハメになったのだろうか…。いや、それはそれで、きっと学ぶべきところはあるはずだ…。
でも、それは時間とお金が余っている時に思えることで、時間もお金もない時には少しでも直接的に上達に結びつくことをやりたい…。そう思っているのだが、口から出て来るのは、
「おかげ様です…ありがとうございます!」
と、いうお愛想だけだった。
ああ…二級取ってるっていえばよかった。28年まえだろうが、なんだろうが…腐っても二級なのだ!
心の中ではそう叫びたくなっていた。
サークルでは、うまい人がうじゃうじゃいたので2級をとったところで、自分は下手くそだという意識がしみついていた。
スクールに入る人もガチでスキーをやっているに違いない…と思っていたが、どうやらそうではないらしい。
考えてみると、自信がなくて控えめに言ったことで失敗することがなんと多い事か…。
恥をかいても、図々しく主張したほうがいいということを、他人には言えるのに、どうして自分ではできないのか…。
今となっては遅いし、単なる自己満足とただの自己顕示欲なのだが、
「実は私、すっごい昔に二級取っているんです」
と、おじさんインストラクターにわかって欲しくて仕方がなくなった。
チャンスは次のリフトに乗るときにやって来た。
おじさんインストラクターと一緒に4人乗りリフトに乗れたのだった。
伝えたら、
「なんだ、そうだったんだ~、もっと上のクラスに行けばよかったね~」
などと言ってもらえたりするかもしれない。
だが、おじさんインストラクターは隣に座ったアラサーっぽい女子とばかり話して全然こちらを見もしない。
「いや~、君さぁ、話し方が山田邦子に似てるよね」
「山田邦子?たとえが古いですよ~、どんなだったかなんて覚えてないですもん」
「え~、古いか~~、まいったなぁ…でも、ほら他にもそんなしゃべる方する芸人さんいるだろ」
「結局、芸人ぽいってことなんですね~」
「そうそう、でもいいじゃない、楽しくて」
なんだか楽し気。
私ともうひとりのおじさんは、その話を聞いて、微笑ましく見守る役割しか回ってこない。
普通、こういう時って生徒全員になんとなく話しかけたりするのではなかろうか?という私の目論見は見事に外れ、リフトの上で二級と伝えることはできなかった。
よし、こうなったら最後の挨拶の時に、お礼を伝えつつ言うしかないな。
もはや、講習よりも自分が二級取得者であることをいかに伝えるか…ということばかり頭をぐるぐるしていた。
誕生日なのに、こんな卑屈な連鎖に陥ってしまったのは残念だが、私の頭は尊敬して崇拝しているわけでもないおじさんインストラクターに二級の話をすることに憑りつかれてしまった。
後半は少し長い距離を滑ったりしつつ、最後は下までついて解散という流れだと思っていた。だが、
「あ、そろそろ時間だね!皆さん、スキーを楽しんでください!では、お疲れ様でした!」
と、おじさんインストラクターは、山の中腹で挨拶したかと思うと、一人で滑り降りてしまった。
私の浅はかな自己顕示欲は結局満たされないまま終わってしまった。
拍子抜けしつつ、一緒に並んでいた生徒さん達に挨拶をして、スクールが終わったであろう子供を迎えに下の集合場所まで降りた。
ニンタマは上手だと褒められたものの、今後の上達は筋力がないと難しいと言われた。
ニンタマからは自分のことよりも嬉しそうに
「あのね、プン助、クラス分けで下のクラスに落ちたんだよ」
と、プン助の情報を報告された。
クラス分けでは、Eクラスだと申告してきたのに、Cに落とされた人もいたらしい。
子供はクラス分けテストがあったのか…。
大人もあったらよかったのに。
それで、CやDだったら、モヤモヤしなかっただろうに。
ほどなくしてプン助が戻って来た。
「なんだかさ~、ボーゲンから教えるんだよ。オラはパラレルがやりたかったのに!」
と、不満顔のプン助。
なんとなくCに落ちた原因がわかった。
本気でプルークボーゲンをやればできたはずなのだが、やれといわれたことをやらずに、パラレルのつもりで、ただの大股開きでガーっと降りて来たのだろう。
プルークボーゲンができないでただ、降りてきている子供に見えて、よしプルークボーゲンを教えなければ…と、思われたような気がする。
スキーだけではなく、プン助は言われたことはスルーしてやりたいことしかやらない性質があるので、そこでこれからもこういうことが起きるのだろうな。
ホテルを戻って夕食へ。
毎日吹雪いているので、高齢の母を連れて毎日外食するのも大変だと、翌日の四日の食事だけはホテルに予約することにした。
どうせ子供は残すので、3人分予約して4人で食べると受付で話していると、何故かプン助がオカンムリ。
吹雪きの中歩いている間中、ごねっぱなし。
「プン君、4人で3人分やだ~!4人で4人分がいい!」
「いや、みんなで分けるから、大丈夫だよ!」
「4人で4人分じゃなきゃやだ!」
この日もちゃんこ屋へ。
野菜が不足しているから、鍋を頼もうとすると
「ざるうどんと、カニの鍋ください」
と、またもや勝手に注文するプン助。
「だから、カニは頼まないって、今考えるから」
と、店員さんが、
「ウチのおすすめは🉐ちゃんこです」
と、カニちゃんこよりもお高い鍋を勧めてきた。
カニカニ騒ぐプン助の手前、質素な鍋にしようと、魚のすり身ちゃんこを頼むと、母が
「アンコウもおいしいよ、このホルモンも入れてさ」
と、提案して来たので、アンコウとホルモンと、魚のすり身のちゃんこ鍋にしてもらった。
「お飲み物は」
と、聞かれたが、プン助が「コーラ」と、言う前に「ちょっと考えます」
と、答え、セルフサービスのお茶とお水を持ってきた。
こういうお店ではアルコールを飲まないまでも、ドリンクを頼んで欲しいはずだ。
それは分かるのが、お店の都合ばかり考えず自分たちの都合を優先させることにした。
シケた客だと思われても、堂々としていよう。
母と一緒だと、少し強気。
鍋が出来上がり、
「わあ、おいしそう!」
と、一番最初に食べたニンタマが、顔をしかめた。
「ニンタマちゃん、あんまり好きじゃない、これ」
と、それきり口をつけない。
カニカニ騒いでいたプン助は拗ねて、寝転がっていたまま、本当に寝てしまった。
私も、母も食べてみると、確かにあまりおいしくない。
あんこうや魚のすり身がちょっと生臭いのだ。
魚介類は、鮮度で全く味が変わってしまう。
こんな雪の中では鮮度のいい食品も中々とどかないのかもしれない。
ここでは普通に鶏肉、豚肉などが正解だったかもしれない。おまけにホルモンなんて、子供が食いつかないものを入れてしまった。
「これにうどん入れたら食べられる」
と、ニンタマが言うので、とりあえずうどんを注文し、私と母はあまりおいしくないながらも一生懸命、魚のすり身やアンコウや他の野菜などを消費すべく頑張った。
後で、お腹が減ったと言われても困るので、無理やりプン助を起こした。だが、
「プン君のざるうどんは?」
と、怒りだした。
「ざるうどん売り切れちゃったんだって。これしかないの」
と、うどんを進めると、ニンタマから奪うようにしてむさぼり食べていた。
帰り道、雪の中でプン助と話す。
「なんで、そんなにダメだって言ってもカニを注文するの」
「オラも本当は言って悪かったなと思ってる」
「悪かったなと思ってるんだ」
「じゃあ、なんで、カニカニ言うの?」
「だって食べたかったから、言いたくなっちゃうんだよね」
「じゃあ、もう言わない?」
「それはわからない、言っちゃうかもしれない」
「そうなんだ…でも、なるべく言わないで」
「約束はできないけど、わかった」
そういうと、プン助はポケットに手突っ込み一人先へ歩いて行った。
夜、母と一番搾りを飲んでいると、やはりプン助に
「うるさくて寝られない!」
と、怒られた。
ニンタマは、眠くなるとすぐに布団に入って寝るのだが、興奮しやすい性質らしい。
仕方がないので、頭を体をさすってやったら、あっという間に寝た。
仲良く並んで雪の中リフトに乗っている子供ら
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