4月23日(大分前に遡りますが)
昨年、2月に出産して以来、ずっとある不快感に悩まされていた。高齢出産のせいも
あるのか、一人目出産のダメージが修復されないうちに、二人目を産んだからか、私の骨盤底筋がぶっこわれてしまったのだ。
最近、テレビでやたらと骨盤底筋を鍛える特集をやっているが、まるで私の為にやっ
ているのか?と思う程。
元々、やっていたのに、今まで関心がなかったから気付かなかったのか、本当に最近
脚光を浴びた題材なのか。
第一子出産の時も直後は、不快な症状があり、産道附近全てに異変を感じたが、次第
に気にならなくなった。
だが、第二子出産時は翌日から、明らかに
「これはおかしい!」
と、衝撃を受けていた。
助産院でも相談に乗ってもらい、産後は色々な病院を転々としたり、電話で相談した
りしていた。
骨盤底筋が緩むと、子宮、膀胱、直腸が下がって来る。その結果、排尿、排便、入浴
全てに支障を来していた。
産後は、義母や母にかなり助けてもらい、2ヶ月近く布団から出ない生活を送っていた。
でも、産後のケガ的な痛みがなくなっただけで、症状は治まらなかった。
こういう症状を骨盤臓器脱というらしい。助産院の提携している産婦人科では
「出産っていうのはね、骨盤底をいじめていじめていじめまくる事なんですよ。自然自然って、自然出産に拘る人に限って、それで何かあると大騒ぎするんです。子育てに専念していれば、忘れます」
などと、言われ、言い返すことも出来なかった。
不快な症状が消えない限り、忘れるはずはない。
子育てなどの大変さで後回しにするしかなくなるだけだと思う。
近所の産婦人科にも
「形状が変わるのはよくあることです」
で、済まされた。
どちらからも骨盤底筋体操をするようにと、体操の仕方を図解で示したプリントを貰ったが、具体的な指導はされず。
そして、相談センターから紹介された骨盤臓器脱の権威と言われる先生の元へ。
「大丈夫です!治ります」
と、断言して貰え、初めてほっとした。ここでも運動を図解したプリントを貰った。
始めの3ヶ月が勝負とのことで、せっせと運動して、3ヶ月後にまた来るように言わ
れた。
希望を持って、運動を自分なりに続け、3ヶ月後、その後半年後に診察を受けた。
そして、一年以上経った。
治ると言われていた症状は、全くよくならなかった。
お風呂に入れば、痛み、トイレに行く度に恐怖を感じる日々。
そして、今年の4月の診察では症状がステージ1から2に進行していると言われた。
よくなっているとは思わなかったが、悪化しているとは…!
しかし、先生は
「まだ、手術するほどではありません。様子を見ましょう。では、半年後に」
と、言うだけだった。
駄目だ…!
この先生の言葉に大分救われたが、ここでは直してもらえない。
もっと具体的に治療をしてくれたり、相談に乗ってくれる所を探そう。
、色々調べてみると、四ッ谷と横浜に良さそうな病院があった。四ッ谷の方が近い。
四ッ谷の病院へ電話をすると、6月半ばまで予約はいっぱいらしい。
6月まで待ってみるか…。
そう思っていたら、旦那さんが、近所の接骨医院で電磁波で筋肉を鍛える機械がある
所を見つけて来てくれた。
聞いてみたら、そういう症状にも「対応できると思います」とのこと。
それを聞いて、電磁波で体を鍛える機械なら、自分で持っていたことを思い出した。
母から大昔に貰ったEMSだ。
これで骨盤底も鍛えられるのか?
しかし、EMSにも高周波、低周波、干周派?などといろいろあるようだ。
私が持っているのは低周波のもの。アウターマッスルは鍛えられるが、インナーマッ
スルは鍛えられそうもない。
この症状はインナーマッスルを鍛えられないと駄目に違いない
高周派…、干周派…。
楽天などでも、色々なEMSが売られている。確実に効果があるならば買ってみてもよ
いが、なければ無駄に高額の機械を買うのは馬鹿馬鹿しすぎる。
う~ん。
さらに調べてみると、ExMIなる磁気刺激療法も存在した。
「骨盤のリハビリサロンシルエット」…という所にそれは存在するようだ。
http://www.salonsilhouette.jp/character/pelvic-care/
フランスでは産後の女性の骨盤を整えるのは常識らしい。知ってはいたが、日本には
そんな所があるとは思わなかった。あったらいいのに…と思っていた施術を受けられ
る場所があったのか…!
迷った末に施術を受けてみることにした。
市ヶ谷の靖国神社近くのサロンへ言ってみると、長年フランスに住んでいたらしい雰
囲気を醸し出した先生がにこやかに迎えてくれた。
そして、カウンセリング。おそらく一時間くらい、じっくりこちらの話を親身に聞い
てくれた。
ああ…。母親以外にこの問題をこんなに親身に聞いてくれた人がいただろうか。旦那
さんも聞いてくれるが、体が丈夫な人なので、今ひとつわからず、ニコニコと「産め
てあともう一人かなぁ」などと言ったりする。もう一人頑張りたい気はやまやまだっ
たが、もしそんなことになったら、残りの人生ずっと排尿、排便、お風呂に支障を来
すことになる可能性大だ。自分の体を十月十日かけて、積極的にぶっこわして行くこ
とになる。精神的にも肉体的にも耐えられる自信は全く無い。
経験者としてよりそって、親身になって話を聞いてもらえるだけで、これほど癒され
るとは…。
施術を受ける前から、それだけでかなり満足してしまった。
接骨医院や整体の専門の方が聞いたら心外かもしれないが、私は本来はそう言う所で
体を治してもらえるとは思っていない。基本的には故障は自分で治すしかない。
自分でストレッチをしたり、軽い負荷をかける運動をしたりするのが一番なのだ。そ
の方法や目安を教えてもらうのは良いが、頼るのは間違いな気がする。自分でケアし
てもどうにもならない所を助けてもらう、もしくは自分でケアする時間も気力も無い
時の助けにはなる。
そうは思っていても整体に通うのは、「お疲れですね」「頑張りすぎですよ」などと、
労りの声をかけられ、心に寄り添ってもらえるからだ。
先生の相槌やアドバイスに癒され、さっそく磁気刺激療法を受けた。着衣のまま、た
だ長椅子のようなベッドに腰かけるだけなのだが、思わず
「ぬぉぉぉぅ!」
と、叫んでしまうような、物凄い衝撃が股間を襲って来た。
だが、不思議なことに全く不快ではない。
今まで地味に股間や肛門を締める運動を続けて来たが、この機械はどんなに頑張って
もそんなに締められないっていうほどの動きを、問答無用にさせられてしまう感じ。
20分も経つと、股間もお尻もぽっかぽか。
う~ん、なんか凄く効いた感じ。
その後、簡単だけれども、地味に体に効く体操を教わり、整体を受けてその日は終了。
症状を改善する為には何度か通って施術を受ける必要があるとのことで、その計画を
立ててもらう。
正直お安くは無いが、この先のことを考えしばらく通う事にした。
何より、あの磁気刺激療法の椅子はちょっとやみつき。
あの椅子に座って強制的に骨盤底筋をギュッギュッ!と、やられると、その日は一日
腰がしゃんとするような気がする。
丹田と言われるあたりに力が入り、足取りも軽くなる感じ。ああ、この機械、家に欲
しいなぁ。
7月26日
突然だが、9月頭に手術を受けることになった。
手術と言っても、命に関わるようなものではない。出産の後遺症で骨盤底筋がゆるみ、骨盤内の臓物系が下垂してきて、日常生活がちょっと不便になっていたので、その症状を緩和するために、あちこち切ったり張ったりするのだ。
死ぬわけでは無いような症状で、体にメスを入れるのは怖いが、毎日お風呂に入った
りトイレに行く度にナーバスになり、このままでは旅行に行くのも気が重いという状態が続いていた。
4月に骨盤底筋を鍛えるサロンへ行き、希望を見いだしてはいたのだが、6月に予約
を入れていた病院で検査したところ、運動だけではどうしても治らない箇所があると
のこと。
そのことは薄々感じていた。
幼少の頃から便秘がちだったが、昔から便意があるのに出せない時があった。
妊娠中からその症状はひどくなった。
産後、股間の違和感に悩まされ、色々調べた所、直腸にポケットが出来てしまう直腸
瘤という症状ではないかと自分なりに思い至った。
妊娠8ヶ月の頃、出したいのに出せず、いきなり股間が盛り上がって来たので、まさか切迫早産?と、救急車を呼んだこともあったが、あれは正に、ポケットに溜まってしまって出せなくなってしまったからに違いない。
いくつかの病院でそう説明したものの、そこをきちんと調べてくれた所はなかった。
四ッ谷の病院で初めて、はっきり直腸瘤と診断され、MRIの画像で自分の状
態も説明してもらった。
いくら運動で筋肉を鍛えても、直腸側の壁が伸びて出来てしまったポケットはどうにもならない。
手術するのがオススメと言われた。
2泊3日の入院ですむと聞き、安心したが、その後6週間程、重いものを持ってはいけないと、言われた。
重いもの……重いものか…!
今、私は11・8キロと18・7キロのもの(ニンタマとプン助)を毎日担いだり、
持ち上げたり、運搬したりしている。
好きで担いだり、持ち上げている訳では無い。
泣きわめく奴らをなだめたり、隙あらば車に向って走り出しかねないので、仕方なく
担いだりする必要があるのだった。
ああ…どうしたものか。
旦那さんに相談したら、
「受けた方がいいよ。入院中は仕事入れないようにするし」
と、言ってくれたが、退院後はお仕事で10日程関西へ行ってしまう。
義母と母にも家に来てもらえるようにお願いしたが、二人とも高齢だ。
3歳と1歳の相手は、肉体労働だ。折角手術を受けるのだから、ちゃんと安静にして
治りをよくしたいが、母達が疲れ果ててしまうのも心配。
どうなることやら。
まあ、今から心配しても仕方がないので、直前まで色々手はずを考えてのんびり構え
よう。
9月4日
入院手術。
朝、パン一枚を食べてから絶食。
昼過ぎにニンタマと旦那さんと一緒に病院へ。
入院する部屋でのんびり過ごすが、空腹が辛い。
ベッドの上でニンタマがはしゃいで、時折説明に来る看護士さんの話が中々聞けない。
14時から飲み物も飲めず。
17時から手術予定だったが、前の手術が長引いているようで、18時過ぎまで待たされる。
ああ、いっそ早くやってくれないだろうか…。
空腹が辛すぎる。
やっとお迎えが来て、一人で手術室へ移動。
手術台へ横たわる。
布をかけられ、手術着を脱がされたり、体を台に固定されたり。
先生と軽く談笑した後、点滴で麻酔。
全然、眠くなんないぞ…!
あれ?おかしいな、ちっとも眠くならない!
何度も瞼を開けたり閉じたりして、起きていることをアピール。
空白。
体を起こされ、手術着を着せられている途中で目が覚めた。
「無事に終わりましたよ〜」
と、先生。
ほっ!
生きてた。
そうか、もう終わったのか…と、段々意識がしっかりして来る。
布一枚かけられた状態で、台に乗って1、2時間。
覚悟はしていたが、意識がはっきりするにつれ、体が冷えきっていることがわかって来た。
歯がガチガチなり始め、次第にメスを入れた部分の猛烈な痛みを感じ始めた。
「やっぱ、痛い事は痛いですね〜!」
と、訴えてみるが、看護士さんや医師は「当たり前」と、言った感じで、聞き流される。
そのまま、入院室へ運ばれる途中
「ママ〜!」
と、ニンタマの声。
旦那さんとニンタマの姿が見えた。
ホッとしたものの、猛烈な痛みはどんどん酷くなって来る。
部屋へ戻って、注射を打ってもらったが、全く痛みは引かない。
術後2時間後、待ちに待った食事が運ばれて来た。
だが、痛すぎて食べる元気も出ない。
痛さの心労か、空腹のあまり、胃も痛い。
こんな苦痛な食事は初めてかも。
プン助を産んだ直後の食事など、ウマすぎて、モリモリ食べていた。
導尿やら、点滴と管が体に入っているので、鬱陶しい。
再び傷みを訴えると、ロキソニンを貰った。
薬が効くのを待っていたが、全然痛みはひかない。
きっと、今夜は痛みのピークなのだろう。
折角独りで寝られるチャンス!と、「バリでの出来事」のDVDを持って来ていたのだが、
見る気にもなれず、痛みと向き合い、闘う長い夜を過ごした。
9月5日
朝食後、導尿の管は抜いてもらった。
この日の夜まで点滴は続く。
数時間後、自力でトイレへ。
しかし、出ない。
どんなに粘っても出せない。
看護士さんに導尿で出してもらう。
自力でおしっこできるようにならないと、明日の退院は無理。
点滴をしているせいで、すぐトイレに行きたくなる。
でも、出せない。
痛みのせいで、尿意があるのかどうかもわからなくなってくる。
何度もトイレに行っては出せず、導尿で出してもらう。
ああ。
出産の時も感じたけど、人として、何かある一線を越えてしまったような気がする。
結局、この日は自力排尿できなかった。
翌朝まで出せなかったら、自己導尿を覚えなければならない。
術後、そうなる人は多いけれど、自己導尿をしているうちに必ず出せるようになると、言われていた。
そのことにたいして不安は無かったが、小さい子供がちょろちょろしている環境で、自己導尿したりできるのだろうか?
不安になる。
この日はお見舞いなどで、あっという間に夕方。
日中にバリでの出来事は観られなかった。
夜、意地になって2話まで観るが、途中で眠くなって寝てしまう。
9月6日
この日の昼に自力排尿が突然できるようになった。
だが、その後、看護士さんに導尿してもらうと、まだまだ残ってた。
結局、自己導尿を覚えることになった。
排尿後に決まった時間に自己導尿。
その度に量を測って、連続して2回100ccを切ったら、導尿はやめてよいとのこと。
導尿自体は思ったより簡単だった。
これで、介護などで女性の導尿をしなくなった時はばっちりだ。
だが、毎回ちょっと痛い。
そして、鏡で毎回自分の尿道を確認して、カテーテルを入れるという作業はかなりナーバスだった。
こんなこと一生やらないで済む人も沢山いるだろうに…。
旦那さんに迎えに来てもらって、昼すぎに退院。
痛みのあまり、歩くのも大変ではあったが、何とか電車とバスで帰宅。
やっと落ち着ける…そう思ったが、帰宅してホッとしたせいか急に便意が襲ってきた。
いつもなら、普通にそろそろかしら?って程度の便意なのだが、傷口を圧迫するのか、猛烈に痛み始めた。
腹圧をかけると激痛がするので、踏ん張ることも出来ない。
痛みのあまりにもんどりを打って泣く。
病院に電話するも、
「なるべく下剤をかけて緩い便をするようにしてください」
というだけ。
術後のよくないので、浣腸はしてはいけないらしい。
脂汗をかいて、悶絶したり泣いたり。
これ、退院しない方が良かったのでは?
この地獄は翌日まで続いた。
こうなることがわかっていたら、術後すぐに酸化マグネシウムなどの下剤を処方してもらっていれば良かった。
産後、便秘が骨盤臓器脱症状がある人にとっては致命的と言われて、ヨーグルトとオリゴ糖で便活を続け、殆ど悩みはなくなっていたのだが、術後は通常の排便では駄目だったのだ。
ゆるゆるウンチを出さないと、術後の傷に響くようだ。
その後、ゆるゆる状態を目指して、ガンガン下剤をかけた。
9月7日
やっと、悶絶する苦しみを突破できたが、今度は下剤のかけすぎで下痢ピー。
傷というより、普通にお尻が痛い。
そんな状態で、ニンタマの誕生日を祝う。
とりあえず、悶絶する痛みが収まって4歳の誕生日を祝えて良かった。
自己導尿は、数日でやらないで済むようになった。
あとは、回復を待つばかり。
でも、ニンタマとプン助の抱っこは6週間できない。その間、私だけ別室で一人で寝るようになった。