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不憫な我が子

今までは、ニンタマを保育園へ連れて行っても、すぐにおもちゃに夢中になって、泣いたりしなかった。
他の0歳児達が4月頃ギャンギャン泣いているのに、一番月齢の低いニンタマは全く泣かなかった。
逞しいなぁと、密かに自慢に思っていた。
だが、月齢の問題だったのかもしれない。
最近の甘えっ子ぶりには戸惑ってしまう。
朝起きて、ニンタマを寝室に置いたまま、洗濯や家事をやっていると、途中で目を覚ます。
大体、旦那さんが適当に相手をしてくれて、なんとかなるのだが、今日は悲痛な泣き声がとまらない。
かまってあげたいが、支度ができないので、シカト。
ある程度の家事を終えて、ニンタマを迎えに行くと「ひゃ〜ひゃ〜!」 と、燃え盛る火事の現場から危うく救助された人のようにしがみついてきた。
ハイレグジーザス時代の仲間政岡泰志君が浮浪者の役などをやっていた時によく「ひゃ〜!」という声を上げていたが、それにそっくり。
そして、私の身体を確かめるようにバンバン叩く。
こんな焦っている人の声、聞いたことが無いというくらいの慌てよう。
落ち着いて一人遊びを始めたから、ちょっと離れて皿でも洗おうかと立ち上がると、今にも泣きそうな顔をしてこちらを振りかえる。
昨日はちょっと離れても、静かだったので良かった良かったと安心していたら、使用済みオムツが沢山入ったバケツで遊ぼうとしていた。
危ない危ない。

今日は保育園へ連れて行き、先生に預けると自分の不幸の身の上を嘆くような悲しい顔をして弱々しい声をあげた。
「あら、ニンタマちゃん、珍しい」 と、先生もびっくり。
これから、毎日あんな悲しい顔をされたら、参る。
子供はお母さんが大好き・・・と、言われるたびに
「生んで面倒見てるから好かれたって嬉しくないやい!」
と、思っていた。
好きそうな顔をされても、一般的な子供が母親を慕うのと変わりないわけで、特別なことではない。
子供は母親の人格など分からない。
私じゃない誰かが変わりに面倒を見ていたら、そっちを慕うだけのことだ。
基本的には誰でもいいではないかと思ってしまうのだが、あの取り乱し方はとても辛そう。
取り立てて、優しい母親でも無いが、私が傍にいた方が幸せらしい。不思議だ。
私が近くにいなくたって、生きていけるはずなのだが、いないことが火事の現場に取り残されるくらいの一大事になってきたようだ。
一時的なものとは言え、あんな声を出されると不憫になってきた。

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