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リハビリの大晦日

食料を買いにスーパーへ。
ゆっくり歩かないと、痛む。

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リハビリの年末

バンドを緩めたが、中々むくみは取れない。
rihabirino 年内完本ならず。

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生き神様!

70cd0a61.jpg年内最後の診察。
今日は教授では無い筈。
だが、同じ病院だ。
きっと教授の方針がメジャーなのだ。
それに逆らうことはしないだろう。
例え、教授の診察に異論があっても従うものなのだろう。
それが大学病院という世界。
そんなイメージを持っていた。
年内最後ということで非常に込んでいる。
手は益々浮腫んでくる。
二時間程待たされているうちに、悲しくなり泣いてしまう。
深い息をするのも苦しい。虫の息。
やっと
名前を呼ばれる。初めての先生。役者の本間剛さんぽい風体。

「やった・・・教授じゃない。でも、この先生も教授の息がかかっている、油断できないぞ。」

おどおど座る。
手を見せて、
「苦しくてこの二日ろくに眠れなくて・・・これ・・・
ちょっときつ過ぎるのではないでしょうか・・・・」
と、訴える。
少しだけでも緩めてもらえれば御の字だ。
すると先生は
「明らかに循環障害を起してますね、
しかも体に力が入ってるから悪化してます(折れた骨同士が前回より離れていた)。
緩めましょう。あなた、もっとリラックスした方がいい。
ただ、腕の重さで骨が下らないように三角巾をきつめにしましょう」
と、教授とは全く違う事を言った。
生き神様に見えた。
バンドを緩めて着替える。
「ああ~、楽だ~」と、喜びの声をあげてしまう。
今までの先生は看護婦さんに色々指示して自分は動かなかったが
この先生(以後B先生)は違った。
看護婦さんが忙しいと、自分で私の着替えを手伝ってくれた。
不自由なので患部を見せる為に服を脱ぐのも大変なのだ。
誤解をされるのが嫌なのか、自分の仕事では無いと思っているからか、只みている先生も多い。
だが、手伝って脱がせてもらう方が助かるのだ。
親切な上に教授は教授、自分は自分という治療をする所も素晴らしい。
酷い状況から助けて貰ったので、とても素敵に思えた。
三角巾は今迄いい加減だった。
みな「一応した方がいい」という程度。
B先生はただバンドを緩める甘い先生という訳ではなく、新しい方法を提示した。
三角巾をきつめに締める瞬間、患部に激痛が走る。
だが、それは一瞬。
締めてしまえば痛みは無い。頑張れそう。

本日も酸素カプセルに。
二日酔いにははっきり効くらしい。
だが、飲んでいないから分からない。
骨に酸素が届くよう祈りながら寝る。

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年末、責め苦にあう

むくんだ
17d2b837.jpg
体に異変。
左手の指が曲げ辛く全体的に痛い。
尋常では無いほどむくんでいる。
台本に取りかかっていると、岸君から電話。
鍵を落として大家さんにも言えずに町を彷徨っているという。
私が骨折したと聞いた時は不幸過ぎて、びびって電話出来なかったという。
だが、自分に不幸が訪れたら、ふと話したくなったらしい。
本当は「寒いからおいでよ」と、いってあげたかった。
だが、岸君が来たら間違いなく台本を書けない。
そして、家事が出来ない今、部屋は凄い事に。
引き出しが開けられないから、全て開け放っている。
ゴミ袋も結べない。
洗濯物も溜まっている。
十日家事が出来ないと、ここまで荒れ果てるのか・・・という状態。
とても人を呼べない。
大家さんに言いなよ、と普通のことを言う。

手のむくみは酷くなる。
腐る・・・腐る・・・と、脅える。
明日は再び診察。
うっかり緩めてむくみが治ったら、辛かった証拠が見せられない。
バンドのストレスは頂点に達した。
こんな状態で二ヶ月などありえない。
瞬間的に死んだ方がマシだとさえ思っては、打ち消す。
動こうとする度、バンドに引き戻される。
体にどんどん食い込んでくる。
夜中、とうとう泣く。
これは・・・纏足、もしくは下手な縄師による責め苦だ。
纏足は実際骨を砕いて大きくならないようにぐるぐる固定するらしい。
私の骨も砕けている。
台本など書けない、こんな状態では稽古も無理だ。途方に暮れる。
鎖骨骨折患者の体験記等を調べても、ここまでの苦痛を訴えていない。
バンドがうっとうしい、小さくて思いランドセルのよう・・・程度だ。
骨折の痛みを上回る責め苦については記されていない。
始めに「三分ともたんぞ」と、思った自分の声が正しい気がしてきた。
明け方、気が狂いそうになりバンドを外そうとする。
だが、バンドに固定されて不自由な体ではそれも叶わなかった。
「おかしい、これ絶対おかしい」と、大泣き。
明け方まで眠れない。

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ブラジャー換え禁止

N医大へ。教授の診察。
待たされて、予約の時間を大分過ぎる。
教授だから人気があるのだろう。
名前を呼ばれ診察室へ。
へこへこ薄ら笑いを浮かべて挨拶すると、「姿勢が悪いよ」と、駄目出し。
「何の為に鎖骨バンドしているか分かってるよね」
どうやら駄目患者のらく印を押されたらしい。
「バンドしていると、首が痛いです。首が弱いので」
と、相談をもちかけてみた。
「それならこうしましょう」等と言ってもらえると期待した。
だが
「当たり前でしょう。何を犠牲にするかです」
と、つれない教授。
私を観察し、「君、それ、下着とか変えてるの?」とのたまう。
ブラジャーの上に鎖骨バンドをしていた。
「はい」と、答えると
「ちょっと、考えられないね。」
と、ご立腹のご様子。
「今、一番頑張って胸を張った体勢で頑張らなきゃ行けない時期なんだよ。
 下着なんか替えてる余裕は無い筈だよ」
と、言われ動揺。
同じブラジャーをつけっぱなしでいるよりは、取り換える方が清潔だし、
間違いなく好感度も高い筈。
怒られるとは思わず、脅えてしまう。
ブラジャーを取って、シャツの上に鎖骨バンドをする。
次の診察までそのまま外さない。
病院で汗を拭いてもらい、シャツも替えるように言われる。
鎖骨バンドをきりきり締め上げられる。
締めている最中から苦しくて「これ、三分ともたんぞ」と、思うが言えない。
「そんな甘えた事言ってちゃ治らないよ」等と言われかねない。
右手で左手を触れないほど、窮屈な体勢で固定された。
あまりの苦しさに具合が悪い。
人間には適応能力がある。
今は異常だと思っても、慣れるかもしれない。
胸を付きだすあまりへっぴり腰。足下も良く見えない。
しゃがむ事も出来ない。
痛みが落ち着いてきた後に、このような苦痛が待ち受けているとは。

笹塚へ。
折角骨折したのだから、酸素カプセルに入ってみる事に。
ベッカムが自宅に酸素ルームを作り、
そこでリハビリ等を行い驚異的なスピードで骨折を治したと言う。
体に良いと聞いてはいたが、それだけの理由でカプセルに入るのは贅沢だ。
だが、骨折したら大手を振るって入れるぞと、へっぴり腰で歩きながら浮き浮きする。
色々四十分程レクチャーを受け、カプセルに。
暗い穴蔵のようで妙に落ち着く。
効果の程は分からないが三十分ほど寝たので、リフレッシュした。
頭もすっきりするらしく受験生なども入るらしい。
骨折患者は毎日来たりするらしい。
だが、病院にもタクシーで行っている。
自転車でなら笹塚は庭だが、当分乗れない。
それどころか、ノムミには「自転車没収する」とまで言われている。
中々通うのは大変。

台本を年内に完本させたい。
だが、ファミレスなどに書きに行くのは不可能だ。
ファミレスのテーブルでは、胸を付きだした体勢でPCを打つには苦し過ぎる。
ソファベッドをソファ状態にして背中に丸めたタオルケットをあてがい、
よりかかった状態でも胸を張れるようにする。
今年購入したこの字型のカウンターが役に立つ。
これにPCを載せると、かなり体の近くまで寄せられる。
ただカウンターが動かないように足を踏ん張らなければならないので、それなりにきつい。
そして片手打ち。
だが、現状ではこれがベスト。
固定され痒い所も中々掻けない。
工夫して掻こうとすると、激痛が走る。
慰めに鍋についてのネットで色々眺める。
2.5リットルのシラルガンの圧力鍋がどこで一番安く買えるかなどを調べる。
シランポスの4.5リットルもしげしげ眺める。
どちらも素晴らしい。
ハーマンのガス台も眺める。
どれもこれも鎖骨が回復してからだ。打ちひしがれる。

鎖骨バンドが苦しい。台本が捗らない。
捗るまで寝るものかと思っているせいか、苦し過ぎるからか一時間しか眠れない。

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ゴミ☆クリスマス

昨日に引き続きゴミのような一日。
世間の人が大事にしている日をゴミのように過ごし、アウトロー気分に浸る。
最近随分丸くなってきた。
クリスマス、大晦日、正月と立て続けに訪れるこのシーズン。
昔は唾を吐きかけたい程嫌いだった、
家族や親しい人と過ごせなどと誰が決めたのだ、余計なお世話だと、
敢えて誰にも会わず小汚く暮らす事を心掛けていた。
偶々家飲みで皆が紅白のビデオを見始め、胸くそ悪さのあまり、毒づいて顰蹙を買ったりした。
知らない家の門松を蹴倒したりもした。
それが、今では社交辞令で良いお年を・・・程度は言える。
メリークリスマスは言えないが、鳥を食べたりイルミネーションを楽しんだり出来るようになった。その方がずっと楽だし楽しい。
だが、昔の自分を裏切ったような気分。
そんな訳で、久々にゴミのような過ごし方が出来たのは心温まることだ。

スケートの事を書きたいが、鎖骨が限界だ。
鎖骨バンドで胸を張りだした形で肩を固定されている。
その体勢でキーボードを打つのはとても苦しい。
きつく固定されているから、血流が悪い。
首と肩甲骨の凝りが酷い。
腕は血が巡らないからか痺れ気味。
両手で打つと、首を前に付きだす体勢になるので、かなりキツイ。
癖で度々やっていた頚椎捻挫を起す兆候を感じる。
頚椎捻挫も半端なく痛い。
鎖骨骨折の上に頚椎捻挫では目も当てられない。
普段なら首をぐるぐる回し、腕をぶんぶん回しストレッチなどで大分楽になる。
だが、今はどれも無理。
右手のみでキーボードを打つと少し楽。
だが、ミスタッチが多くいらいらする。
鎖骨バンドをしていると、寝ている体勢以外苦しい。
寝るのも長時間経つと苦しくなる。どうしたものか・・・。

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ふらふらタクシー

昨夜、鎖骨が何度もぽきぽき鳴っていた。
不安になりながら、寝た。
目覚めると激痛。
鎖骨骨折についてのブログなどを読んで、
治りかけた時ボキッと鳴って、悪化したというモノがあった。
触ると昨日より、ラインが出っ張っている。
風邪も酷いから寝ていたかった。
迷うが、病院に行く事にする。
ここで、K病院とN医大のどちらに行くか、考えた。
K病院の先生は「私は年内は今週の土曜までです」と、言っていた。
今日だ。
これを逃すと来年なのだ。
計画では特に異変も無く穏やかに症状が緩和されて行くはずだった。
今日のような激痛は予定外だ。
そういう事がなければ、K病院にコンスタントに通い、
N医大にも時々通うというつもりだった。
支度をしてタクシーを呼ぶ。
行き先を告げる。
迷わず「N医大お願いします」と、言っていた。
切羽詰まった時、即座に頼りになると思ったのだ。
本当の所は分からない。
確信に満ちたモノ言いをするというだけだ。

タクシーの運ちゃんがこれまで出会った事が無い程、駄目な人だった。
行き先を告げると絶句。

「どうやって行けばいいんでしょう?」

「確か、目白通りから不忍通りに行くんだと思います」

「・・・。近づけばきっと分かりますよね」

「・・・あ、はい」

車にはカーナビが付いている。
分からないならカーナビに目的地を設定すればいいのだ。
だが、地図を見だした。
私は住所も告げる。
待つ事5分。

「大体分かりました。後は地元の人に聞きましょう」

痛みと風邪でぼーっとしている。
しばらくすると急に車が停った。

「お客さん、すみません・・・トイレに行ってきていいでしょうか?
 あの神社に行けばあると思うので、すぐ戻りますから」

運ちゃんは中々戻ってこない。
戻ってきてからひたすら謝り続ける。
そして大雪の話などを始める。
具合が悪いので、全てにロクなあいづちが打てない。
車が再び急に停まる。
運ちゃんが窓を開け、外にいるおばさんに道を尋ねる。
開いているのが私の側の窓なので、私まで会釈したりお辞儀をしなければならない。
言われた通りの道へ行く。
だが、カーナビに一瞬現われたN医大は消えてしまった。
運ちゃんが慌てる
「あの人、右と左と逆を言ったんですね。」
と、いきなり横道に入る。
「方角はこれであっているんです」
との事。
再び私の側の窓を開け、人に道を尋ねる。
「全然違うよ」
と、言われる。
さっきのおばさんは正しかった。
運ちゃんは
「あれ、おかしいなぁ・・・・。何ででしょうね。
 この機械がおかしいのかなぁ・・・。変ですよね」
と、ぶつぶつ同意を求める。
時間は前回より随分かかっている。
金額も跳ね上っている。

怒る元気もない。
何でもいい、早く病院へ行きたい。
運ちゃんは途中でメーターを止めた。
やっとのことで辿り着く。
私が降りると、すぐ帰る患者に捕まってしまった。
運ちゃんはおどおど
「私このあたり詳しくないんで」
と、断ろうとしていた。
無理も無い。
気持ちを仕切り直ししたかったのだろう。
患者二人組は
「ああ、そう。ねぇ、トランク開けて頂戴」
と、全く聞いていない。
運ちゃんはトランクを開けた。
彼の辛い時間はまだ終らないようだ。

慌てて降ろされたが、外来患者受付が無い。
本館ではなく東館だったようだ。
迷いながら本館へ。

先生に
「昨日まで良くなっている感じだったのですが、今朝激痛が・・・」
と、訴えると
「それは当たり前です。骨がバラバラなんですから。ちょっとした事で動きますよ」
とのこと。
バラバラ・・・。
「で、通うなら通うではっきりしていただかなければ」
と、言われる。
ああ、そうか。
K病院に行っても良い様な事を言っていたが、違ったのだ。
「はい、通います!」
そう、答えると先生は急に張り切りだした。

「そうですか、じゃあ来週は火曜日の午前に来て下さい。教授が診ます。」

「はい」

「ようし・・・じゃあ、今日はちょっといじるよ。痛いけど頑張れるね」

まず現状をレントゲン撮影。特に変化は無いらしい。
その後、看護婦さんが私の体を押さえつけ、先生が折れて出っ張った鎖骨を押し込み始めた。
限界を越えそうな激痛。
出っ張りは一度引っ込んだが手を放したら戻ってしまう。
「僕では無理なようだ」
先生は断念。
教授は肩周りの専門らしい。先生は股関節なのだ。
実は一昨日私が帰った後、レントゲンを教授に見せたらしい。
「ギリギリだな・・・」
と、教授は言ったらしい。
おそらく手術するか、しないで繋がるか、という事だ。
次に私が診療に訪れ、今後通う事になれば、自分が診るといったそうだ。
セカンドオピニオンを教授に仰ぐという事はありえないことなのかもしれない。
バラバラでギリギリな鎖骨が心配だが、教授の診察は少々楽しみだ。
いかなる違いがあるのか。
色々通い詰めて開かれた門。
流石教授・・・!と思うのか、
あれ?となるのか。
火曜日はボイストレーニングの日だ。
だが、ここはN医大に行くしかない。
もとより病院以外の外出は出来そうもない。

夜は全日本フィギュア。
浅田舞から泣き、村主まで泣きっぱなし。
浅田真央に心奪われていたが、感動はしなかった、
追ってくる天才に脅かされてもギリギリの精神状態でノーミス演技をした
安藤美姫や荒川静香、あまり知らなかった恩田美栄らの
気迫や、背負った業に魅せられた。
渡辺絵美がオリンピックに出た時を思い出す。
スケートだけでは無いが、いつから日本人スポーツ選手はこれほど強くなったのだろう。
そして綺麗な人が増えた。
解説席にいる伊藤みどりが不憫に思えた。
それにしても、安藤美姫の点が低過ぎる。
とても素敵だったのに、不思議。作為を感じた。
8位以下にならなければトリノ出場確定、ということだから
安心して低い点をつけたのでは?
きっと選考委員会はぽっと出たアイドルより長く見てきたベテラン勢に情があるのだろう。

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前向きシンキング

鎖骨骨折した人の体験記をネットで検索しているうちに凄い時間が経つ。
鍋を磨いたり、鍋の為の料理も出来ない。
左手が使えないというのは不自由。
尋常では無い程長い髪を束ねられない。
茶碗も持てない。
電話中に痒い所がかけない。

エビ大王を観にいきたかっが人込みが恐い。
外出は普段の3倍疲れる。熱もある。
断念。
袖を通さなくて良い服、マント、ポンチョをオークションで漁る。
何もしないのに疲れ果てる。

元々前向きな人間は大嫌い。
うじうじねちねち後ろ向き、ネガティブ、そういう言葉が好きだ。
なのに、骨折してからというもの、やたらと前向きになってしまった。
今迄享楽的に暮らし、慎重さが足りなかった。
全てが雑。
そういう性格は治せない、と、思い込んでいた。
そのせいでいつか大変な目にあうかもしれないと漠然と恐れていた。
だが、治せなかった。
それを分からせる為に神様が私に骨折させたのでは・・・、
もしくは身の回りの自転車乗りに気を付けろというメッセージの為・・・
などと愚にも付かない事を考える。
骨折する前日、ノムミが同じ通りで転び、手袋を二つとも壊していたのだ。
その時は「ドジなノムミ」と、気にも留めなかった。
あれは私に気を付けろというメッセージだったのかもしれない。
それなのに、スルーしてしまったのでは・・・!
私の怪我にもきっとそういう意味我ある筈・・・!

つい精神世界へ旅してしまう。
また、今迄首や肩に力を入れ過ぎて生きてきた。
重心が高かった。
そのせいで声も潰しがち。
だが、鎖骨骨折すると肩付近に力を入れられない。
振動が響くから、腹筋を使って肩を揺れないようにしている。
これをきっかけに腹筋がついて重心を下げられるようになるかもしれない。
この怪我は私に肩の力を抜く事を覚えさせる為かもしれない・・・!
全ていいように解釈するようになってしまった。
人は便利に出来ている。
状況が悪くなっても自分は大丈夫だと思うように出来ているらしい。

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鎖骨と宝船

一昨日、父の病院の整形外科の先生にどこか病院を紹介して欲しいと頼んでいた。
だが、連絡がうまくつかない。
とりあえず、紹介される予定のN医大へ行ってみる。
気掛かりなのは、行ったら
その病院に変更しなければならない雰囲気満載になるのでは・・・
という事。
中野区のK病院もとても良い病院。
通いやすくて気に入っている。
担当してくれた先生にも親身になってくれている。
ただ、手術をすればかなり大きな傷が残る、
しなければ骨が変形したまま固まる、
しかも少数の人は半年経っても骨がつかないと言われている状況。
流行のセカンドオピニョンでとやらも聞いてみたい。
紹介となれば普通より熱心に診てくれるかもしれない。
ワイヤーの可能性も探りたい。

ラッシュの時間帯。
人込みで激突されるのが恐いので、タクシーで乗りつける。
受付で「紹介状はありますか?」と、尋ねられる。
無いと答える。
紹介状が無いと、初診料が3000円ばかりかかる。
3000円が惜しくなり、その後呼ばれた時に
「あ、間に合わなかったんですが、○○大学の○○先生から追って連絡が行く筈です」
と、訴える。
「あ、先生からの紹介は整形の外来で対応しますから。
 新井さんは医療機関からの紹介じゃないんですよね。
 だったら、どのみち初診料を頂きます」
と、少々軽べつ顔をされてしまう。
地味な縁故を主張して虎の威を借り、3000円節約しようとして失敗。
恥をかいただけだった。

整形外来で診察を受けると、どうやら話しは通っているらしく
「教授が来れなくてすみません。代わりに私がお話を聞きましょう。頑張ってきましたね~」
と、言われる。
タクシーだから簡単だったが、黙っていた。
鎖骨バンドもしているので、他の病院に通っている旨も話す。
先生には「えっと~、ここへ何しに?」と、聞かれてしまう。
芝居が迫っている事も話し、
「より良い治療法を求めて」
と、答えるが
「大体どの病院でもそれほど治療は変わりませんよ。K病院も良い病院と聞いていますし」
とのこと。
実際小まめに通うならK病院の方が断然楽だ。
それでもレントゲン写真を撮る。
K病院よりは様々な角度から捕られる。
その後、K病院でつけられた鎖骨バンドを衣服の上だと滑るから直に付け直される。
その付け方は半端なくきつかった。

「新井さん、率直に言いますが手術をしようが、バンドで治療しようが、
あなたが1月に動き回るのは無理です。」
と、言われる。
「では2月は?」
「2月も無理です」
「では3月は?」
「3月・・・ぎりぎり大丈夫でしょう」

K病院では「う~ん、どうかなぁ~」と、言われただけだった。
どちらが正しいかでは無く、断言されるのは患者として楽だった。
2月宝船公演に私が出られるのかどうか、見当がつかなくて迷っていたのだ。
俳優さんが骨折しているのに全ステージやりきったなどという話を頻繁に耳にする。
根性があればやれるのかも・・・と漠然と考えていた。
判断材料が提示されるのは訳が分からず迷うより楽だ。
K病院の方が近くて通いやすいなら、そちらに行けば良いと言われ、悩みながら病院を後にする。

病院の側に「とうがらし地蔵」という咳によく効く地蔵が祀ってあった。
今朝から風邪もひいてしまっていた。
今は咽喉だが、咳まで進行すると鎖骨に響きそう。
振動が駄目なので普段の3倍も時間をかけて歩いているにも関わらず、寄り道。拝む。
その後、親鸞聖人を祭った寺のパンフを貰う。神頼みモードだ。
よろよろ歩いていると新井不動産という看板があった。
普段は全く何とも思わないのだが、ここに新井という看板があった事に何か縁を感じたりする。

家までの道のりが果てしなく遠く感じる。
帰宅直後、外出の辛さに涙ぐむ。
その後K病院の先生に電話で
「手術はやめます。バンドで治療します」と言う。
「では来週1度来て下さい」とのこと。

今日の結論。
K病院は近いし先生は私に親身になってくれる。
今後何かあった時もきっと通うに違いない。
異変が無い限り、K病院へ行こう。
N病院には節目で判断を仰ごう。
先生としては、病院の先生の方が断言する分、経験値がありそうだ。
だが、本当の所は分からない。

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鎖骨のゆくえ2

早朝起床。佼成病院へ。
一週間後に来るように言われたのに、2日後に来たので看護婦さんに理由を尋ねられる。
「どう見ても曲がってて・・・」と、訴える。
そのまま3度目のレントゲン。
写真を見ると、前より悪い訳ではないようだ。
だが、曲がっている。

疑問をぶつける。

手術をしなければ曲がったままくっつくのか?
曲がってしまうと見た目に分かるか?
腕を振り回したり日常に支障は無いのか?
曲がって跳ね上った鎖骨を自分で毎日押し込む事は出来ないのか?
今、鎖骨の後ろの方が痛いのは何故か?
手術はプレートの他にワイヤーがあると聞いたが、ワイヤーはやらないのか?

先生は面倒臭がらずに丁寧に答えてくれた。

私の鎖骨は粉砕骨折と言って4つに割れている。
その割には悪い形では無い、
曲がって出っ張っていても2年後位には5ミリ位凹む。
日常生活に支障は無い。
これ以上の形に整えるのは限界。
後ろが痛いのはずれた骨が動いて肉にぶつかるからだが、2週間したら動かなくなる。
ワイヤーでも治るがこの病院ではプレートの手術が殆どだ。
との事。

手術をするとかなり大きな傷跡が残るが形は整う。
鎖骨バンドで固定して治すと、骨は多少曲がったり出っ張ったりするが、傷は残らない。
一長一短だ。骨がくっつき始めるのは一週間程だ。
今位置を整えなければ変な形になるらしい。
無理やり押し込めないか粘る。
私の提案で、出っ張った場所に丸めたスポンジをあてを三角巾きつくで縛ってみることになる。
「やらないよりはマシだけど・・・」
と、先生は煮え切らない顔。
かなりきつく縛っているので、相当窮屈。
しかも折って腫れている部位を押し込んでいるので、痛い。
だが、なるべくこのまま我慢。
手で触れると割れていると思しき骨がころころ動いていた。

夜12時頃触ってみると心なしかラインが綺麗になった気がする。

明日、先生に手術したいかどうか電話する事になった。どうしよう。

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鎖骨のゆくえ

どうも鎖骨が曲がったままだ。
触ると明らかに右と左の形が違う。
左がぼこっと出っ張っている。押すとぽこぽこ動く。
生理的に気持ち悪くて血の気が引く。
しかも折れたカ所より後ろに鈍痛、出っ張った箇所には引きつれたような痛み。
昨日と痛みの種類が違う。
医師をやっている父に訴える。
「パパが診てみないと分からない」と、診察する気満々。
素人のたわ言だと思っているのだ。

外に行くのは恐いが頑張って航空公園まで向う。
途中人に激突され、激痛。
「ゴメン」とぞんざいに謝られたが、そんなものでは足りるものか。
今迄気付かなかったが、普段皆人にぶつかりながら歩いているのだと実感。
やっとの思いで父の家へ。
父に左鎖骨が折れ曲がって盛り上がっている箇所を見せる。
父は触れると、
「本当だ、出っ張っているねぇ」
と、ぼんやりつぶやいた。
何か的確なアドバイスがあるかと思ったが、
「どうしたらいいんだろうね~」
と、途方に暮れている。
それでも、勤め先の整形外科の先生に電話をかけてもらう。
だが、留守。
暫く茶飲み友達のような雑談をして、家まで送ってもらった。
その間、父はかなり道に迷ったり急ブレーキを踏んだり。
急ブレーキは鎖骨に堪えた。
父と話し合って、もう一度同じ病院に行って曲がっている旨を訴える方針を決めた。

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鎖骨を骨折する

タクシーで病院へ。
「万歳出来ますか」
と、聞かれ
「不可能です」
と答える。
先生が鎖骨を触って
「ああ、変形してる」
と言い、レントゲン撮影に回された。
検査着に着替えて下さいと更衣室へ案内される。
恐れていた着替え。
これはどうあっても痛くて無理だ。
付き添ってもらったお友達を呼んで手伝ってもらう。
だが、痛くて痛くて大粒の涙を溢す。
大人なのに人前で泣いて恥ずかしくなる。
レントゲン写真を見て先生が言った。
「これ、痛いね」
それを聞いてちょっと安心した。
私が大袈裟で我慢できない性質と言う訳ではないのだ。
やはり相当痛い怪我なのだ。

鎖骨はおかしな形に折れていた。
折れた面も複雑で、上手く繋がらないようだ。
手術、入院と言われたが、来年6日から稽古だ。
しかも傷跡が残る。
手術はしない方向でお願いする。

先生がたすき掛けのようなバンドをしてくれる。
それで鎖骨をを固定するようだ。
折れ方があまり良い形では無いらしい。
曲がったままになるかもしれない。
胸を張ったり肘を後ろに延ばすのは痛いだろうが、
なるべくその痛い状態でキープして暮らすようにとのこと。
触ってみると固定したあとも折れた箇所が出っ張っている。
密かにチャームポイントだと思っていた鎖骨が醜く変形してしまった。
なんとかならないだろうか。

しかも、パソコンに左手を載せるのも奇声を発しないと出来ない。
痛みに気を取られて、中々台本の続きに行けない。
痛いのは辛いが、なんとなく宝船公演は上手く行くような気がしてきた。
逆境でギリギリな精神状態はしんどいが、
そういう時は余計な事を考えなくなって却って良い場合も多いのだ。
第一志望の大学受験の時、尋常では無い腹痛に襲われたが、
緊張どころではなくなり無事合格出来た。
その前に緊張して問題文が読めなくなり、楽々合格する筈の大学を落ちていたのだ。
今の痛みや、鎖骨が醜くなるという点では悩ましい。
台本もまだこれから書かなければならない。
痛くて考えるのも苦だが、気持ちは穏やかになってきた。

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今日は転んで折る

ヴォイストレーニング教室の忘年会。
1000円の会費で一品持ち寄るシステム。
私の参加しているクラスからは池田さん、渡邊さんの2人しかいなかった。
3人で親睦を深める。
途中から余興が始まる。
フルートやらバイオリンやら、歌やらの演奏が続く。
久しぶりにアコーデオンが弾きたくなる。
股関節はまだ痛むが再開したい気持ちになる。
ワインで良い気持ちになったが、それほど酔った感じではない。

宴の後、昨夜の稽古場に眼鏡を取りに行く。
皆明日の朝一で帰ってしまうので、今日行かなければ駄目なのだ。
環七から青梅街道左折、中杉通りに向う途中、自転車がちょっとふらついた。
自分でも驚いたが、転んでしまう。
素面でもしょっちゅう転んでいるので、転びそうになってもあまり恐くは無かった。
だが、転倒した瞬間に激痛。
起き上がれない。
周りに人が集まってきた恥ずかしいので、
「じっとしていれば治ります」と追い払う。
多分鎖骨に何か起きたのだろう。
再び自転車に乗ろうとするが、左手をハンドルの位置まであげられない。
あげられなければ乗れない。
無理やり左手を右手でハンドルの場所まで持って行く。
「あああ!」と、悲鳴が漏れてしまう。
周りに変に思われそうで恥ずかしい。
無理やり阿佐ケ谷まで。小道具のシマレイちゃんに電話して眼鏡を持ってきてもらった。
本当は皆にも会いたかったが、この痛みでは無理だ。
シマレイちゃんに自転車をザムザの前に置いてもらい、私はタクシーで帰宅。
ノムミに電話する。
この時はまだこの痛みも新鮮で、またもや災難に巻き込まれたとへらへら話していた。
自転車を置いたり、部屋でコートを脱いだりするのが一々痛くて泣き叫ぶ。
右手で恐る恐る鎖骨を触る。
レントゲンを撮らなくても形がおかしい事が分かる。
折れて変形している。
無理やり湿布を張り、痛い痛いと大泣きして、泣き疲れて寝た。
アコーデオンは当分弾けない。

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今日は忘れてくる

久しぶりにお芝居を観に行く。
マチネにグリング、ソワレに石原正一ショー。
グリングは前回観て、大層素晴らしかった上に大好きな峯村りえっこちゃんも出ている。
しかも偶々芝居を観られる気持ちになっていた。
ここの所とても焦って観劇できる心境ではなかった。
これは観ておかなければなるまい。そしてやはり素晴らしかった。
緻密だし、どういう舞台装置にするか計算に入っている本だった。
自分など書いた本をどう演出して良いか皆目見当もつかずに書いている。
後で演出や見せ方に苦労すると分かって、自分の首を絞めるような本になってしまう。
分かっているのに、そうなってしまうのだ。
こういう上手い本には憧れる。
その上、役者さんも素敵だった。
大好きなりえっこちゃんは今日も可愛くて見とれてしまう。
スズナリには偶然お友達が沢山観に来ていて、嬉しかった。
終演後りえっこちゃんに新しい携帯を見せる。
りえっこちゃんは私の壊れた携帯と同じ機種。
auにしたと言ったら「いいなぁ」と、言っていた。
やはりファッキンボーダフォンには苦労させられている様子。
しばらく抱き合い、スズナリを後に。

ザムザ阿佐ケ谷へ。
何度も行った事があるのに、道が分からない。
しかも空腹。
コンビニでおにぎりを買って歩きながら食べていると、
澤田育子ちゃん、八嶋智人さん、宮下今日子ちゃんに遭遇。
空腹な上に道が分からなくて・・・といい訳をする。
ザムザに連れて行って貰う。
小屋でノムミと合流。
馬鹿馬鹿しくとてもふざけた、でも素敵なお芝居だった。
この面々と一緒に京都や大阪にいたのはつい最近の事のようだ。
だが、1年経ってしまったのだと月日の経つ早さに脅える。
何もしないまま死んでしまいそうな気がする。

男性陣が泊まっているという稽古場で飲む。
太田清信君に、携帯ストラップの豚が醜いと指摘される。
薄々感じていたが、醜いのは気のせいではなかった事が分かった。

帰宅後、眼鏡が無い事が分かった。きっと忘れてきたのだ。

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au携帯へ

カード入れには運転免許証、銀行カード2枚、キャッシュカード2枚入っていた。
1日かけて、カードを止めたり再発行の手続きをする。
そして、目に入ったauショップで携帯を購入。
ファッキンボーダフォンの契約はまだ打ちきっていないが、近々に打ちきろうと思う。
私の様な犠牲者が出ないよう、これからもやめた方がいいよ!と、訴え続けようと思う。
auショップは感じの良い応対だったが、
帰宅後、お店のミスで充電器を入れ忘れたので取りにきて欲しいとの事。
ケチが付いた気持ちになるが、auにはいい感情を持ち続けていたいのでニコニコしながら取りに行く。
何故か私の応対をしていた店員は私から隠れるように姿を消して、他の店員が謝りに来た。
そしてブサイクな豚のストラップを貰う。

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稽古がはじまり、そして落とす

宝船顔合わせ。
途中で自転車の籠に乗せたかばんから何か落ちた気がした。
戻って探すが、見当たらない。
かばんに入っていた筈のカードいれが見当たらない。
きっと家においてきたのだろうと、稽古場へ。
初稿の台本を初めて皆に見せる。
この時がいちばん緊張する。
私はゴミと宝の区別がつかない性質なので、始めはどちらも目一杯盛り込んでしまう。
去年も103ページの台本を79ページ程にまとめる必要があった。
今は74ページ。
だが、ラストまで行くと90以上にはなりそう。
今日の分量だけで本読みに2時間かかった。

顔合わせして改めて、素晴らしい役者陣だと実感。
すべり出しの雰囲気は良い感じ。
一気にやる気が高まった。

帰宅後カードいれを探すが、無い。

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花のパワー鍋のパワー

最近お花を部屋に飾るようにしている。
お花からパワーを貰おうという寸法。
大昔、一瞬だけスカトロ雑誌に清水アネモネと言う名前でエッセイを書いていた。
だが、アネモネがどんな花か全く知らなかった。
今、赤と紫のアネモネとトルコ桔梗を飾っている。
この組み合わせは結構可愛い。
逃避で読んだ細木数子の六星占術によると私は今年が大殺界最後の年らしい。
来年からは種子という良い巡り。

こっそりオークションで頼んでいた鍋が届く。
思っていたのと雰囲気は違うが、良い感じ。
長芋を煮てみる。
ガス台が壊れかかっている。
ゴトクが安定しない。
今迄安易に使っていた鍋は皆ゴトクで傷が出来ている。
新品の鍋にゴトクの傷つかない様に異常に慎重に扱う。
まるで鍋の為の料理。
右側のバーナーの火も点かない。
鍋をいたわるガスコンロを入手しなければ。
片面水無し、両面水無しなどのグリル機能、焦げ付き自動消火機能、あげルック、ぐるりんぱなどと機能をあげれば枚挙に暇が無い。
ぐるりんぱに至ってはファッキンボーダフォンのラブ定額と同じく癇に障るネーミング。
トップがガラストップ、フッ素加工トップ、ステンレストップ。
見た目やお手入れしやすさに影響がある。
ガラストップは高い。リンナイ、パロマ、ハーマン。
私はハーマンが気に入った。
汁受け皿が無いシンプル仕様。
ゆでこぼしたらそのまま拭けばよい。
しかしこの機能は考えもの。
汁受け皿というのは必要だからあったものではなかろうか。
ゆでこぼしたものがそのまま流れ落ちたら大変なのでは。色々悩む。
鍋オタクになってしまったのは自分でも納得が行く。
だが、ガステーブルオタクにはなりたくない。
少々危険。

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携帯戦争

今私は携帯電話が無い。
一週間以上携帯が無い状態。Vodafoneと闘っている。
多分負ける。
中野ショップに人質のように奪われている携帯電話に
何件の留守電やメールが入っているのか。
お客様相談センターに、せめて転送してくれと頼むが
中野のショップに言うようにとのこと。
感情のもつれがあるあの店に頼みごとの電話などしたくない。
そんな屈辱的な目にあう言われは無いのだ。
元々調子が悪く何度修理しても治らなかったのが原因なのだ。
だが、もはや私はVodafoneにとって問題人物にされているかもしれない。
この不調で連絡が行き届かず、仕事にも多大な支障を来した。
中野店には謎に15000円要求されているが、私は支払う意志は無い。
そのせいで3万円以上の不利益を被る事になった。
Vodafoneとの顛末は非常に長くなるので、台本が落ち着いたら書く事にする。
この戦いに負けようが負けまいが、ナンバーポータビリティを待たずして
Vodafoneやめようキャンペーンを繰り広げようと思う。
今の所やめる約束をとりつけたのは二人。
これは妨害ではない。
親切心だ。
だが、万が一VodafoneからCMのオーディションが来たとしたら、喜んで受けさせてもらう。
そして受かりたいと願う。
それはお金や売れたいという願望とは別だ。
中野のショップでもめた二人の人物に対するあてつけがしたいのだ。
いちいち客の顔など覚えないだろうが、幾分気も晴れるだろう。
もしオーディションが来て受かったとしたら、
ラブ定額などというおかしな名前だって、笑顔で言ってみようと思う。
最近妄想気味だ。

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日曜日

のたうちまわる。

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鍋を愛する者たち

悶え苦しむ。
慰めを求め吉祥寺東急へ。
ル・クルーゼの限定モデル「コケル」の実演販売をやっているという。
写真や画像でしか見た事がなかった。
28センチ、4.5キロ、などという仕様を読んで想像していたが実物を見てみたかった。
初め、販売員さんはすっぴんで朦朧としている私を相手にしていなかったが、
食い入るように鍋を眺めているうちに仲良くなった。
調理のアドバイスや、
初期に鍋の淵についていた収納に便利なゴムをなくしたと言ったら
「もう無くしちゃ駄目よ」と、くれたりした。
鍋を愛するものの端くれとして認めてくれたようだ。
漂白剤の話をしたら、「もうやっちゃ駄目よ」と、怒られた。

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vsボーダフォン

本日は朝から戦い。
10月末に修理に出したVodafoneから11月1日に電話がかかっていた。
「水濡れの為修理出来ません。現状のままお返しします」という事だった。
「水濡れなんかしてません」と、反論すると
「雨の中通話するだけでもなってしまう場合もあるんです」などと言われていた。
先日店で喧嘩していた疲れもあり、「そんなものか」と引き下がった。
だが、まだ使って一年も経っていない。
水没させたわけでも無いのに水濡れ。
そんな脆弱な機械を売るのがおかしいのでは?
機種変更するにもお金がかかる。
「代替機を使いながらゆっくりお考えになったら?」と、言われる。

ここで私は日にちを何故か12月2日までが貸し出し期限だと勘違いしてしまった。
正直、Vodafoneをやめてしまいたかった。
今年の3月に3Gの機種にしてから、ずっと不自由な思いをしてきた。
勝手に電源が入ったり切れたり、メールを送信できなくなったり、
どのボタンを押しても動かなくなったり・・・。
一度電源を切ると、入れて起動するようになるのにとても時間がかかる。
不調になる度に電源を切って入れ直すのを繰り返すと、相当な時間のロス。
修理に出しても殆ど改善しなかった。
そしてこの機種は不具合が多いらしく
ショップにて無料でバージョンアップを行うから携帯を持ってくるように、
という通達が来る。
不良品を渡しておいて恩着せがましいとは思ったが、バージョンアップもしてもらった。
だが、どんどん調子は悪くなる。
このままでは動かなくなる日も近いと、修理に出した。
すると水ぬれなどと言われる。
明らかに嘘だと思った。
だが、ナンバーポータビリティ?とやらが成立するまで粘りたかった。
番号を替えるのが嫌なのだ。
同じ番号で他社と契約出来るようになるまで我慢・・・と思うものの、
不自由な思いをした上、水ぬれなどと言われ
機種変でもお金を取られる、ということに納得が行かなかった。

ゆっくり考え、3Gではない安い機種にしようと決めた。
昨日驚くべきメールが届いた。

「代替機の期限は11月12日です。1日300円の延滞料金が派生しております。」

確かに12月2日と聞いた時に「そんなに余裕あるんだ」と、驚いた記憶がある。
書類を確認するべきだったが、煩わしい電話の事を考えるのが嫌で怠っていた。
すでに20日近く延滞している。
何故、もっと早く連絡して来ないのだろう。
機種変更の料金+6000円。ありえない。
お客様センターに電話。
延々と「LOVE定額」などの宣伝ばかりで中々係の人に繋がらず、苛付く。
センターの人は何度か私の状況をしらべて、再び電話すると言っては電話を切った。
私は1日中家にいなければならなかった。
台本を書くどころではない。
これを解決させれば、専念できると自分に言い聞かせる。
朝から夕方近くまでかかって一つ結論が出た。
この機種では色々苦労しているようなので、
機種変更に関しては今年の3月にしたという事を帳消しにして、
前回の時期から2年以上たっての更新にしてくれる、との歩み寄り。
代替機の延滞は21日から。つまり3000円位。
本来メモリも無くされ、一銭も払いたくない気持ち。
だが、センターの人がひたすら腰低くあやまり続け、
当初の半額以下にしてくれたので、手を打つことにした。
だが、ここでまたしてもVodafone中野店だ。
センターの人が処理に時間がかかるので、5日にショップに行けばいいと提案したのに
「一度代替機を返しに来て、もう一度別の代替機を借りて5日に来るように」
言っているというのだ。
理由を尋ねる。
「システム上で必要」との返答。
センターの人に
「二度手間になるのは嫌です。以前もメモリが飛ぶ場合は連絡して下さいといったのに
出来ませんと言われ、理由を尋ねるとそういうシステムですからと言われましたが、
一体いかほどのシステムか甚だ疑問なのです」
と、訴える。
結局、ショップでは5日までの延滞料金を払わなければならないが、
2日から5日分は月々の請求から差し引いてくれることになり、
ショップには5日に行く事になった。
一日がかりで交渉した甲斐があったが、まだ油断できない。
中野のショップで予想もしない事が起きるかもしれない。

その後、気を取り直してオーディションへ。
自己紹介で「主に舞台で活躍しております!」と言ってしまう。
何か妙だと気付き
「あれ?活躍はしてないな・・・まあ、いいか」
と言い直したが、恥ずかしかった。

帰りに新宿スクエアで鍋を眺める。
圧力鍋を探しているふりをして、説明を受ける。
店員はラゴスティーナの回し者らしくやたらと勧められる。
「あ~ん、迷っちゃう・・・」などと言ってひとしきり説明を受ける。
楽しいがとてもリスキーだ。
うっかり乗せられて本当に買ってしまったらエライ事だ。
その後中野のドン・キホーテへ。
コーヒー豆を買いに行くつもりが、買い忘れ粗悪な安物の鍋を研究。
今日気になったのは、
世の中に自宅でチーズフォンデュをする人は沢山いるのだろうか?という事。
スクエアにもドンキにもやたらとチーズフォンデュのセットが売られているのだ。
家族の行事という位浸透しているのだろうか?

帰宅後鍋を磨く。
ル・クルーゼの内側が汚れている。
焦げの後や灰汁の染みが消えない。
ホーロー鍋の磨き方をネットで調べると、
1リットルの水い漂白剤を入れ煮立てると綺麗になる、と書いてあった。
体に悪そう・・・と思いつつやってみる。
しばらく考え事。
鍋を見ると確かに綺麗。喜んで丁寧にスポンジで洗う。
その時、異変に気付いた。
漂白剤のかかった部分だけホーロー加工が落ちている。
加工がちゃんとしている部分は指で擦るときゅっきゅっといい音がする。
だが、おちた部分はしない。
考えてみたら、漂白剤なんてちょっとおかしいのでは?と思っていたのだ。
なのに何故やってしまったのだろう。全体的に抜けている。

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こういう時こそ前向き思考で

鎖骨骨折した人の体験記をネットで検索しているうちに凄い時間が経つ。
鍋を磨いたり、鍋の為の料理も出来ない。
左手が使えないというのは不自由。
尋常では無い程長い髪を束ねられない。
茶碗も持てない。
電話中に痒い所がかけない。

エビ大王を観にいきたかったが人込みが恐い。
外出は普段の3倍疲れる。
熱もある。断念。
袖を通さなくて良い服、マント、ポンチョをオークションで漁る。
何もしないのに疲れ果てる。

元々前向きな人間は大嫌い。
うじうじねちねち後ろ向き、ネガティブ、そういう言葉が好きだ。
なのに、骨折してからというもの、やたらと前向きになってしまった。
今迄享楽的に暮らし、慎重さが足りなかった。
全てが雑。
そういう性格は治せない、と、思い込んでいた。
そのせいでいつか大変な目にあうかもしれないと漠然と恐れていた。

だが、治せなかった。
それを分からせる為に神様が私に骨折させたのでは・・・、
もしくは身の回りの自転車乗りに気を付けろというメッセージの為・・・
などと愚にも付かない事を考える。
骨折する前日、ノムミが同じ通りで転び、手袋を二つとも壊していたのだ。
その時は「ドジなノムミ」と、気にも留めなかった。
あれは私に気を付けろというメッセージだったのかもしれない。
それなのに、スルーしてしまったのでは・・・!
私の怪我にもきっとそういう意味がある筈・・・!
つい精神世界へ旅してしまう。

また、今迄首や肩に力を入れ過ぎて生きてきた。
重心が高かった。
そのせいで声も潰しがち。
だが、鎖骨骨折すると肩付近に力を入れられない。
振動が響くから、腹筋を使って肩を揺れないようにしている。これをきっかけ
に腹筋がついて重心を下げられるようになるかもしれない。
この怪我は私に肩の力を抜く事を覚えさせる為かもしれない・・・!
全ていいように解釈するようになってしまった。

人は便利に出来ている。
状況が悪くなっても自分は大丈夫だと思うように出来ているらしい。

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鍋ラブ

ビタ・クラフトのマイアミシリーズの鍋を買ってしまった。
直径18センチで1.5リットル。
カリフラワーを茹でる。
だが、そこは天下のビタ・クラフト。無水調理なのだ。
だが、大サジ三杯程度、水はいるのだ。
「なんだよ、水いるのか!」と、少し落胆。
中火にして沸騰して蒸気が出始めて蓋がクルクル回るようになったら、弱火。
1、2分したら蓋の内側についた水をふき取って2、3分蒸す、との事。
蓋がクルクル回る? 何だ、それは?
蓋は沸騰していようがいまいが、いつでもくるくる回るのだった。
だが、きっと「ああ!これのことね」という状態があるのだろう。
それを待っていたら、焦げ臭くなる。
驚いて蓋を開けると、カリフラワーが微妙に焦げていた。
慌てて、火を止める。
失敗か!言われた通りにやったのに・・・。
しょんぼり食べてみる。
これが、美味いのだ。焦げがアクセントになっているようだ。
却って美味しくなっている。
ビバ!ビタ・クラフト!

その後米も炊いてみる。
鍋で炊く米は炊飯器より格段に美味いと言われている。
言われているというのは、私が思った事が無いからだ。
玄米は確かに鍋で炊く方が美味い。
なぜならウチの炊飯器には玄米を炊く機能が無いのだ。
炊飯器で炊くと固く、噛むのに苦労する。
初めはそれが玄米の特色だと思っていたが、ちゃんと炊けば柔らかくなるのだ。
だが、白米は何度炊いても炊飯器の方が美味かった。
3年使っているル・クルーゼ、ココット・オーバルで何度も実験したのだ。
鍋で炊くのが美味いっていうのは気分ではなかろうか・・・。
固めの米が好きなのだが、鍋で炊くと柔らかくなりすぎてしまう。
腕が悪いから水加減で失敗しているのかもしれない。
だが、鍋好きの輩は常々
「騙されたと思って一回鍋でお米炊いてみて!、違いが分かるから。
 びっくりするくらい美味しいんだから」
みたいな事を言う。
この鍋の所に自分の贔屓の鍋の名前、ブランド(ル・クルーゼ、ビタ・クラフト、フィスラー、クリステル等々)が入る。
ル・クルーゼでその違いを見いだせなかった私はビタに(略して言うと鍋オタクらしくなるかしら?)活路を見いだした。
緊張したりドキドキしたり、最新の注意を払って白米を炊いた。
蓋を開けると、米が光り輝いている。美味しそう。
だが、それは炊飯器でも同じ。
食べてみる。
食べた瞬間に挫折感を味わう。柔らか過ぎる。
水分が逃げないのが売りの鍋だからだろうか?性能が良過ぎる。
もうちょっと水を逃がしてくれてもいいのではないか。
要研究。
こんな事でビタに失望などしない。
「いい所を生かしてあげられない駄目なママでごめんね」と
丁寧にビタを洗い、水滴をふき取った。
半額以下に値下げされているシリーズだけあって、他のウルトラシリーズ、ペティートシリーズ、セプタプライシリーズなどに比べて、気持ちダサい外観。
可愛がってやらねばならない。

気付いた事がある。
欲しい鍋は沢山あるが、買ってしまったらもう同じ機能の他の鍋は買えないのだ。
お金も置き場所もあったら、どんどん鍋を買ってしまいたくなる。
だが、使い込まないと愛着も湧かない。

思い切って捨てたが、19の時から使っていたフライパンから始まり、
様々な調理器具と出会い別れてきた。
今なら垂涎もののドイツの高級鍋を貰った事もあった。
当時は価値も分からず、
「何で鍋なんか・・・・もっと可愛いものが欲しかった」と、がっかりした。
そして、何度も空焚きして小汚くしてしまい、惜しげも無く捨ててしまった。
それから特に拘りも無く、貰い物の中華鍋、薄手のステンレス、アルミの寸胴、結婚式の引き出物の圧力鍋、5年前中井の金物屋で買ったステンレスの小鍋・・・
まるで男との出会いと別れのよう。
だが、本物の鍋、ル・クルーゼに3年前に出会ってしまった。
鍋とは、こういうものだったのか・・・と、感動した。
本物の男に会った感じだ。
今までの鍋(男?)はゴミだったと思う反面、鍋自体が好きになってきたので、
ゴミ鍋にも愛を持つようになった。
5年前、中井で買ったステンレスの話だ。
直径16センチでまあまあ深い鍋。
この鍋のいい所は中に500?1000?の表示がされて、目盛りもついていた。
注ぎ口があり、蓋には穴があいていた。
笊がなくても茹でた野菜の水切りが出来る。
値段は忘れたが、1000円前後だっただろう。
新品だったので当然ピカピカして綺麗だった。
早速、味噌汁を作ったり牛乳を沸したりする。
だが、すぐさま問題が起きた。
今なら、ステンレスに強火は無用と分かっているが、当時は知らずにガンガン強火を当てていた。
一回目の使用からみるみる焦げて行った。
牛乳など沸かしたら、焦げが落ちなくて大変なのだ。
毎回真っ黒になるので、面倒臭くて磨かなくなった。
鍋とはそんなものだろうとあまり気にしなかった。
ル・クルーゼに出会ってから、このステンレスはゴミ鍋だったと気付く。
いつかこれに代わるいい鍋が欲しいと思いながら、使い続けた。
とうとう、ビタを入手。
さあ、捨てよう!と、ゴミ袋に入れようとした。
出来なかった。
最近は時々磨いてもいた。
焦げも酷いのだが、所々ピカピカして艶も出てきた。
形も歪んでいる。だが、このやれ具合がいいのだ。
私だけにしか感じられないかもしれないが、使い込んだ味が出てきている。
ビタは確かに素晴らしいが、まだ何の味わいもにじんでいない。
こんなゴミ鍋でも使い込んだら、味がでるのだ。
いわんやビタをや。
本物の鍋、ル・クルーゼも間違った使い方を沢山してしまい、酷使している。
本来、強火、空焚きは厳禁。
焦げても金属ツールでこすってはいけない。
重曹や専用洗剤を使って柔らかいスポンジで焦げを落とす。
万が一空焚きをしてしまっても、急に水を入れて冷やしてはいけない。
ホーローの表面はガラスなのだ。
金属タワシなどで擦ると、細かい傷がつく。
急激に熱して冷やせばコップや皿は割れてしまう。
鍋は割れないが、細かいヒビが入るらしい。
全ての間違いを犯した。
焦がしたり、急激に冷やしたり。
遊びに来た友達が善かれと思って焦げを金属タワシで落としてくれた事もあった・・・。
鍋の内底は茶色く変色している。
だが、何を煮ても美味くしてくれる。
ヤフオクに出しても絶対に売れないが、このやれ加減はいい味わいだ。
そんな訳で、5年前のステンレスも当分は可愛がる予定。
だが、こいつがいるせいでビタをけちけち使わないように気を付けなければならない。
このビタこそ激しい酷使をせず丁寧に使い、なおかつやれた感じになるよう使いこすのだ。
早くその状態を見たい。
丁寧に使ったら10年位かかるだろうか・・・。
早く老けたくはない。

こんなに鍋の事ばかり考えていては苦しいくらいだ。
私の中の嵐はいつ治まるのだろうか。

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