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ノートに「チクビ」

気が付くと、大介君宅の炬燵で寝ていた。
いつ寝たのか覚えていない。
ノムコが帰ったのも覚えていない。
大介君がお風呂を沸かしてくれて、歯ブラシまで用意してくれた。
お風呂から上がると、朝ご飯が出来ていた。
昆布で出汁を取った味噌汁。三つ葉を入れた納豆。魚の干物。
日本の朝だった。
炬燵を囲んで大勢でご飯を食べると家族っぽかった。
家族で食卓を囲むなど、16,7年やっていない。
やりたいとも思っていなかったが、良いものだと思った。
大介君の至れり尽くせりぶりに、今奈良君は「俺が彼女だったら、ここまでされたら引くわ」と、言っていた。
だが、私は本当に心地よかった。
大事にされている幸せな子供のような気持ちになった。
よくは解らないが、大介君とお付き合いする人は幸せだろうと思った。
寂しかったり辛い時だったら、惚れてしまう所だ。

お昼から稽古。昨日と同じ作業。
今日は大分厳しく駄目出しをした。
伊久磨君に「貧乏臭い」と注意したら「だって貧乏なんだよ」と、悲しい顏をされた。
稽古を見ながら、ノートに気になった事をメモしているのだが、キーワードしか書かないので後から何の事か解らない時もある。
今日はノートに「チクビ」と、書いてあり、いくら考えても何の事が思い出せなかった。

飯休憩に、皆が昨日のラーメン屋へ行きたがってくれたので嬉しかった。
舌馬鹿と思われてはいなかったという事だ。
今日はトムヤムラーメンを食べる。昨日の豚濁和出汁ラーメンより美味かった。
ノムコに「私の演出は偉そうじゃないか?」と、尋ねた。
すると「もっと偉そうな方がいいよ」と、言われる。
偉そうにするにはどうすれば良いのだろう。
確かに稽古をつける時「お願いします」と言い、シーンの終わりに「ありがとうございました」と、言いながら手打ちをしている。
これはやめた方が良いのかもしれない。腰が低過ぎだ。
夕方に舞台監督の翼君、照明の大介君、音響の中村嘉宏君が来た。
嘉宏君の事も昔から好き好きと騒いでいた。
舞台監督の翼君も男気溢れるナイスガイ。
良い男揃いだと気付き、今さらながら驚く。
お気に入りの男性を呼ぶという事も女座長として、押さえておいた方が良いポイントだ。
わざとでは無かったが、座長っぽさにほくそ笑む。

帰りに大江戸線へ向う地下道で、手相の勉強をしている人に声を掛けられる。
先日声掛けられた時は「手短にだったら見てもらっても良いです」と言ったら、「じゃあ、いいです」と逃げられてしまった。
大昔にそういう人にどこか遠くの事務所に連れていかれそうになった。
恐らく宗教か自己啓発セミナーなのだろう。
連れていかれるのは嫌だが、昔とはマニュアルも変わっているかもしれない。
連れていかれそうになったら逃げれば良いと、「はい、良いですよ」と、見てもらう事にした。結局聞かれた事全て正直に答えてしまう。
芝居をやっている事、江古田に住んでいる事。
「今の悩みはなんですか」と、聞かれ「私の立ち上げた劇団の公演がうまく行くかどうかです」と、愚直に答える。
「自分の人生に満足してますか」という問いにも
「満足はしていませんが、こんなもんだろうと思ってます。駄目な箇所も人間らしくて良いかと諦めてます」、
「将来どうなりたいですか」という問いには「小金持ちになりたい」と、答えた。
私の祖先は功労があって、私はそれによって守られているらしい。
「そうですね。私も今まで酔っ払って救急車に二度運ばれたり、道で寝て凍死しそうな時も助けてもらったり、よくレイプもされずに生きて来られた、奇跡じゃないかって思ってます」と、べらべら喋ってしまう。
手相の勉強している人は、押しの弱そうな良い人そうだった。
ずっと手を触られながら仲良く話していると、これから何かに勧誘されそうになっても、私は断れるのだろうか・・・と心配になってきた。
ところが私の渡したチラシをかかげて、「じゃあ、これ頑張って下さい」とあっさり開放してくれた。ほっとするがちょっと残念。
多分貯金が一銭も無い、と言った事と、芝居の事以外悩みが無さそうなのがいけなかったのだ。
だが、金運と人に恵まれているらしい。そんな気もする。
リーダータイプだ、と言われた事は不思議だったが、座長をやっていると言ったせいで気を使ったのだろう。

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