少女単体に思う
マンションの一階の倉庫のドアの側を良く見ると、何かが潰された痕跡がある。
黒い足も一本ある。おそらく、ドアを開けた際、巻き込まれて潰れたのだろう。
どう見てもゴキブリの足だった。
そして2階から3階の踊り場に何日も動かない黒い物体がある。
間近で見たりはしないが、あれはゴキブリの死骸に違いない。
一昨日、帰宅してドアを開けると黒い物体が見えた。
息を殺して近づくと、それは髪を結ぶゴムの丸まったものだった。
しかし、恐怖心が無駄に高まっている。
そのうちそれに相当する現実が待ちかまえている気がしてならない。
原付自転車は、ファッション性を重視する余り、荷台も籠も無い。
しかし、それではチラシの折り込みなどの時に役立たない。
とりあえず元の持ち主に荷台を貰う。スポーツ仕様の部品を外し荷台をつける。
この作業はとても大変だった。
気付くと18時18分。慌てて西荻窪WENZスタジオへ行く。
あまりにも衝撃的だったチラシが忘れられず、「少女単体」を観に行った。
リトルカブを飛ばしたが、少々遅刻してまう。
辿り付くまでに5ヶ所蚊に刺された。最近毎日4,5ヶ所蚊に刺されている。
このままでは水玉模様の人間になってしまう。
受付で「ここから先は自己責任で」と念を押され、少々嫌な気持になる。
マゾのお客が好きなタイプの芝居に違いない。
料理屋や占いに行って説教されるのが好きなのと同じだ。
中に入ると、やはり大変な事になっていた。
今迄、一日もちゃんと台本をやった事が無いらしい。
今日も「やりたくない」と、言って10分以上寝てしまった。
客の一人が「芝居やって下さい」と、頼む。
「せっかく大勢の前で寝てるっていう芝居をしていたのに、台なし」と、怒る。
「2000円ぽっちを払って、人に何かやってもらおうなんて思うな。オレに何かやって欲しければ、貢げ。貢ぐだけ貢いで何も得られずに死んで行け」と、名言めいた事を言ったりする。
定食屋に言って料理が出てこなければ、普通怒る。
600円の定食でも「600円ぽっち払って、料理食べられると思うな」は通らない。
何より、初対面の客をお前と言うのが駄目だった。
そういう格好つけた男はよく観るが、観る度にテンションが下った。
好きな男性に言われても腹立たしいのによく知らない人にお前などと言われたくない。
腹を立てるのも屈辱的な気がするし、賛同も出来ない時間が続く。
作、演出、制作、全てを自分でやって、チラシにも裸同然で写っていた。
自分で自分を押し出す人は何人もいるが、そのさじ加減は難しい。
自意識が鼻に尽き過ぎたり、遠慮しすぎても駄目。
却って、目立ちたいと言い張っている位の方が爽やかだ。
この芝居の苅谷さんという人がどういうスタンスで成し遂げているのか気になっていた。
もしかすると、考えもつかない事が待ち受けているかもしれないと思った。
だが、大体チラシのイメージ通りで特に意外な事は無かった。
でも、不思議な体験だった。
大体、好きか嫌いか、は分かる。
初めは嫌悪感から入ったが、時折感情移入してしまったり、好きかもと思ったり、ホロリとする事もあった。
苅谷さんという人は、どうしてこれほどお客さんを挑発し、貶めるのか、何でこんなに何かに怒っているのか、気になった。
その一方救いを求めたりもする。
子供の頃から仲がよく、私がブスコンテストで2位だった時、1位だった友達によく似ていた。
その子はとても早熟で小さい時から難しい本を読み、大人だった。
「お化けが見える」と嘘をついては陰で「そういう事いうと、ほんとだって言い出すヤツがいてバカみたいで面白い」と、言っていた。
必ず、一段上に立ってモノを言う。ある種カリスマ性もあった。
私も初めはその子の事を天才だと思っていた。
でも、自分が大人になるとその魅力は薄れてしまった。
人を否定する事で自分を肯定して何になるのだろう、と思った。
感受性が豊かで敏感だという事を後生大事にして、一人で舞台に立って傍若無人に振る舞うというリスクの高い事をしているが、実は守りに入るのに必死な人の成れの果てのように見えた。
普通にお芝居をしていたら、吉原炎上のような業の深い女など似合うような気がした。
テンションも高いし、変な色気もあった。
何もわざわざ、これほど難易度の高い世界をやらなくても良いのにとも思った。
でも、他人の土壌に合わせてやる事は向かないのかもしれない。
きっと、あの居心地の悪い空間にいる事が彼女にとって必要な事なのだろう。
そういう切実なモノがあったから、最後まで観る事が出来た気がする。
この芝居を絶賛したり、誉めそやす人の事もきっと彼女は嫌いそうに思えた。
終演後、スタッフにいた浦島君と奥田さんに挨拶する。
稽古でも一度も本番通り見せて貰った事は無いそうだ。
楽しくは無かったし、もう一度観たいとも思わないが、観に行って良かった。
最近楽しいもの、面白いものは見飽きてしまった。
大体どうせ面白い。
昨日までもう芝居なんか一本だって観たくないと、布団で悶えていたのだ。
面白いものなんて観ても、何もならない。
面白いモノを観る位だったら、寝ていた方が有意義な気さえする。
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