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原爆ドームへ行く

 起きたら、声がかなりやばい事になっていた。痛みもなく出やすくなっていたのに、と不安になる。そして胃もたれ。
 真弓さん、伊勢さん、小山田さんと原爆ドームへ。10歳の頃何も知らずに原爆ドームと資料館へ行き、被爆者のマネキンや、顔のない赤ん坊の写真などを数枚見て泣き叫び、目をつぶって母親に手を引いて出してもらったことがある。その夜は恐ろしくて眠れず、トラウマになっていた。実はホテルはドームのすぐそばだった。ホテルの部屋から見えていたのだ。だから、常に心がざわざわしていた。こういう事は避けて通るより、直面した方がいい。行きたいという人が沢山いて良かった。一人では近づけなかった。
 資料館の入場料は50円であった。あまりの安さに驚く。娯楽で見るものとは違うという事なのだろう。時間がある人は地下の絵の方も見るように進められる。心拍数が上がっているのが分かる。数枚見ただけで辛くて堪らなくなる。しかし、引きこまれるように見続けた。皆無言。途中で、何度か泣きそうになり堪える。画力のある物も、つたない物も、恐ろしかった。絵を見終わり、常設の展示品のほうへ向かう。いよいよ、子供の頃の恐怖と対峙しなければならない。体が硬直した。しかし、以前より生々しく衝撃的な物は無くなっていた。皆は長年の年月で見た印象が違うと言っていた。しかし、あまりに無残なものは却って人の足を遠ざけると、そういうものを減らしたのだと思う。心情的に訴える物に変えていったのだろう。それでも、頭は飽和状態で、様々な感情が沸いて混乱していた。そこへ、ボランティアのスタッフがやって来て、私達に解説をし始めた。反応しなければ申し訳ないと思いつつも、頭が限界になる。自分達なりに状況を理解しようとしているので、勘弁してほしいという気持ちになった。ボランティアの人は「言わなければ伝わらない」と使命感を持ってやっているのだ。そのエネルギーだけがつき刺さって、内側に入ってこない。もっと引きこまれるような話し方もあるはずだとも感じた。訴えたい事を伝えるには情熱の他に技術が無ければいけない。ボランティアであろうが、原爆の話であろうが、そういったものは必要だ。
 見終わった後、みな一様にぐったりする。しかし、最後に原爆ドームまで歩く。写真をとっている人もいたが、そんな気持ちにはなれなかった。その後ホテルのそばにあるカフェへ入り一休みする。
 新大阪へ行く新幹線でも爆睡。ホテルへ向かうタクシーの中でも皆無口であった。声はますます出なくなる。うどんを食べに行きホテルへ退散。まだ、飲みたいようなしんぺーさんに「舞台では声でてるよ」と言われるが、やはり心配だ。明日は声が復帰していますように。もっとストイックに行動すべきだった。

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