ママの為の中学入学式

ニンタマの中学入学式。

朝、5時半起き。

この日は絶対に着物を着ると決意していた。ニンタマは卒業式に参加せずにスキー合宿に行ってしまったので、大手を振って着物を着る機会を一つ逃してしまった。入学式だけは…絶対!絶対に着物を着るのだ!

ニンタマが主役のはずなのに、最早誰のための入学式なのかよくわからない。

前々日に、長襦袢に半襟を縫い付けたが、全然綺麗に縫えず、縫い直す時間も全くなかった。半襟をぶよぶよさせない縫い方というYouTubeを10種類くらい見て研究していて、なんとなく自分もできる根拠のない自信を持ちつつ縫ったのだが、今回も失敗。

でも、私の心は穏やかだった。

何故なら、昨日小学校の入学式があり、着物姿のお母さんを沢山目撃したのだが、誰一人、ビシっと決まった着付けをしている人はいなかった。この日の為になれない着付けを頑張った…という初々しさが漂っていて、着慣れていない姿もまたヨシ!・・・っていう感じに見えていたのだ。私の半襟がブヨブヨしている事に目くじらを立てる人間なんかいるはずもなかろう。

そして昨日は、また着物着てるのか、何時間やってんだよ!と思われないように家族の目を盗んで、こっそり着付けの練習もしたのだ。普段着の紬と違って、訪問着に重ね襟をつけて着る着付けは、思った以上にアラが目立ち、ちょっとパニックになったが、そのパニックを経て、帯をきちんと結ぶことを諦め、昨日帯結び器に帯をセットし、後は背負って微調整すればいいだけの状態にするズルっ子の仕込みも終えていた。この余裕で昨日見たお母さん達よりは着慣れた感じに着れるはず…。

さすがに訪問着で調理をする訳にもいかないので、ちょっとした朝食を用意して洗濯をしたりした後、着物を着始める。

昨日は焦ってお端折りがぐしゃぐしゃになってしまったので、そこは丁寧に取り組んだ。しかし、うまく行かない。もう、丁寧に胡麻化すしかない。丁寧にするということと胡麻化すと言う作業は真逆だが、雑に胡麻化すと最悪の結果になる。要は見えているところがおかしくなければいいのだ。見えないところに、余った布を詰め込んだりしているウチに、見えている箇所はそこそこ綺麗に収まった。私が着物を着ている間、旦那さんがシングルファーザーのように、子供らの面倒を一手に引き受けてくれた。プン助が、色々テンパっている私をからかうように、わざとパンを持って抱き着く真似をしたりするのに、冷や冷やしたが、なんとか無事に着付け終了。

プン助も、ちゃんと朝8時に登校してくれた。奇跡のようだ!よかった!

 

ニンタマも、気合いを入れたポニーテールをしていた。

学校へ向かうと、入学式へ向かう親子がゾロゾロ歩いていた。校門前で写真を撮ろうとする人達が行列していた。その列に並びながら、私が保育園で一緒だった人を見つけては声をかけているのを見て、ニンタマが

「6年も前の人なんて、覚えてないかもしれないのに、よく声かけられるね」

と、ドン引きしていた。確かに、6年経っても大人はちょっと老けるくらいであまり変わらないが、子供の6歳から12歳は見た目も環境も大分変化する。そう思うのも無理はないかもしれない。だが、それとは別に。緊張しているニンタマを他所に、着物姿の私が浮かれた様子であちこちに声をかけることで、自分が悪目立ちする気がして恥ずかしいのかもしれない。校門前の列で、小学校1年生までニンタマと習いごとが一緒だった男の子の親に声をかけたたら、男の子が「もう、覚えていないよ~」と、言ったのを境に、ニンタマが「ほら!」と、私が色々な人に声をかけるのを止めるようになってしまった。着物を着たい気持ちとは別に、久しぶりの人にも会いたい気持ちがあったので、浮かれて声をかけまくっていたけれど、主役はニンタマ。ニンタマが嫌なら、控えたほうがいいだろう。

 

校門前で写真を撮るのも、ニンタマも旦那さんも気が乗らない様子だったが、10年後にその写真を観た時に撮ってよかったって思うから!…と、ゴリ押しで撮影。

 

校舎に入ってから、ニンタマは教室へ行き、私と旦那さんは会場となる体育館へ。コロナ禍ということで、親は二人までと決まっていた上、一人は2階の会場へ、一人は1階で、モニターで入学式を見ることになっていた。カメラ設備などが充実していたら、モニター会場の方が見やすいということもあるかもしれないが、普通の市立中なので、どうなのたろう。私は0歳から2歳までの保育園が一緒だった懐かしいお友達のお母さんのNさんと話し込んでしまったので、Nさんと一緒に2階の会場へ行き、旦那さんがモニター会場へ。式が始まるまで、NさんとNさんのお友達のGさんと中学について色々話した。Gさんは、上のお子さんがいるので、中学事情に詳しく、先生が出来のいい子と、そうでもない子に対する扱いが全然違う、でも、不登校とか何か問題を抱えている子に関しては割と手厚い、リストカットが流行っているらしい・・・などと、色々な情報を教えてくれた。リストカットにも流行り、廃りがあるのなら、暫くは廃れて欲しいものだ。

 

間もなく、入学式が始まった。新入生が先生に引率されて、クラスごとに入場して来た。小学校の入学式などでは、拍手で迎えられると、恥ずかしそうにニコニコしていた生徒が多かったが、中学生でそういう生徒は殆どいなかった。ほぼ、笑顔無しで緊張した面持ち。なんだか楽しそうなことがありそう・・・とワクワクしているというより、ここでちゃんとやっていけるのだろうか・・・と、どんな生活になるのだろう…という思いの方が強いのかもしれない。小学校で様々経験を積んで、無邪気にワクワクなどできないのだろうな・・・。それでも着慣れていない制服に身を包んだ新入生は初々しくて、なんとも言えない可愛さがある。

 

コロナ禍なので、飛沫が飛んではいけない・・・ということで、歌などは全て録音の音声で流していた。君が代や校歌、合わせて3曲あったのだが、あまり上手でもない感じで録音状態も大してよくない歌を何百人もが、神妙な顔をして聞いているの情景はちょっとシュールだった。感慨深い気持ちに耽るにしても、3曲は長すぎるのではないだろうか・・・。好きな歌手の歌などなら、気分よく聞いていられるかもしれないが。私自身は小、中、高と君が代を歌わされたこともなかったので、時々子供の学校行事へ行くと、君が代を歌わされることに、時代が逆行しているような気持ちになるのだった。

そして、280人ほどの生徒の名前を読み上げ、生徒が返事をして立って「はい!」と、返事をするらしい事を知り、

「え、全員読み上げるの?長!」

と呟いてしまった。隣にいたNさんも「ですよね」と、小声で返してくれた。

だが、実際読み上げて返事をする光景を見ていたら思ったほど、苦痛でも退屈でもなかった。

そして、校長先生、地域の偉い人、3年生の代表、1年生の代表たちのスピーチ。校長先生や、地域の偉い人のスピーチは人生の先輩としてのアドバイスめいた内容で、大層立派なお話だった。3年生、1年生のスピーチも、本心からこんな立派なことを考えている子供が存在しているのか?!と、驚く程、立派でしっかりした話をしていた。

でも、立派な話ってどうしてこんなに面白くないのだろう・・・。ちょっとでも面白い要素を話したら、厳粛さが損なわれると思って、面白要素は絶対にいれないようにしているのだろうか・・・?面白いことが正義だと思って生きて来たけれど、ふざけた感じはバカに見える…という価値観の人の方が世の中多いのかもしれない。

儀式というものは、面白いものではなく、そのつまらなさに耐えることで、厳粛さを保っているのかもしれない。ニンタマは今頃、どう思っているのかなと、想像する。きっと真顔を保ちつつ「何、このつまんない時間!吐きそう」って思っている姿を想像して、面白くなったりしながら、退屈さを紛らわせた。

 

小一時間の儀式の後、休憩を挟んでPTAの役員決めの時間、そして、写真撮影・・・の流れになるらしい。旦那さんに「もう、帰っていいよ」とLINEを打つ。学校からの説明では儀式は1時間くらいだと書いてあったので、中学生にもなって両親そろって、入学式にいくなんておかしい!俺は行きたくない!と、主張していた旦那さんを小さな喧嘩をしながらも、「1時間くらいだから!」と、なんとか入学式へ送り込んだのだ。ここで帰れないと、もう二度と行きたくない!・・・と思われてしまう。LINEを打つと、あっさり「帰るね」と、返信。喜び勇んで、子供の姿観に学校へ来るお父さん達も多いが、ウチの旦那さんはかなり子煩悩なのに、こういった行事はやらされている感を感じるタイプらしい。

 

役員決めの直前に、そそくさと帰ろうとしている保護者を、出口でPTA役員がくい止めていた。脱走しようとする保護者を押しとどめて、ドアが閉じられる。閉じ込められるようにして役員決めが終わるまで返してもらえない・・・という都市伝説のような噂は聞いていたが、目の当たりにして、こんなドラマみたいなことが本当にあるのだ・・・と、ちょっと興奮。中学のPTA会長は、私が小学校で役員をしている会長よりも、一際濃厚な会長オーラが漂っている。あのオーラの半分でも欲しいなぁと、などとぼんやり思った。だが、中学の役員決めはなんとしても免れなければならない。小学校の役員活動は、今がピークのように忙しく、この忙しさと生きた心地のしなさは、新役員と交替する4月末まで続くのだ。そんな時期に、中学でまだ何某かの委員になっていまったら、病んでしまいそうだ。

クラスごとに別れ、前年度のクラス委員が司会を務め、クラス委員二名と、三つ程の係を決める旨の説明をして、立候補を募る。だが、広報係に一人立候補があった以外は誰も立候補をしなかった。自分は逃げ切りたいと思っているのに、何とも言えない生ぬるさを覚える。あんな仕方なくという感じで、この役割をやっているのが見え見えでは、誰も立候補しようとは思わないだろう。「小学校のPTAに比べたら、ずっと楽です」くらいしか、やっても大丈夫そうなことを言わない。やはり、こういう時には、

「クラス委員とか、係になるのを面倒だとおっしゃる気持ちも重々わかります。大変な面も確かにありますが、PTAっていうのは、学校で何かあった時に、学校を密室にせずに、窓口となって、意見を言える場でもあって、自分のお子さんがどういう場にいるのかっていうのも肌でわかります。プラスとマイナスでいったら、プラスの方が絶対に多いと思いますので、色々ご事情があるかと思いますが、立候補いただけたら…と思います。どなたも立候補されなかった場合、籤になりますが、籤にあたってしまった場合も、お気持ちを切り替えて、いい機会だととらえて頂けると助かります」

・・・くらい言わないとダメではなかろうか。

自分は、籤には死んでも当たりたくない!と、願っているというのに、「もっと気合いいれて、役員決めやればいいのに!そうしたら、あと一人か二人くらい、立候補出るかもしれないのに!」・・・と、謎に歯痒い気持ちになった。

案の定、他の立候補者は出ず、籤で決めることになった。割りばしの先が赤になっているのが、当選・・・という籤が回って来る。20人くらい誰も当たらないまま籤引きは進み、引いた人は安心して喜んでいるが、引いていない人の恐怖は倍増して行く。そんな中、私の番が来た。透視はできないが、これは絶対ハズレ・・・に思える割り箸を引き、その読みは当たり、私はハズレることが出来た。

その直後、私の隣の人が、当たり籤を引いた。

「え~、私去年も、籤で役員やったのに~!」

と、嘆いている姿をみて、一歩間違えたら、自分が引いていたかと思い、ヒヤヒヤした。

よかった・・・。神は私を見捨てていなかった。

 

しかし、着物の母親少ないな。見逃しているかもしれないが、280人くらいの生徒がいるというのに、私を含めて着物姿は3人くらいしかいない。

昨日の小学校の入学式とは大違いだ。学校の周りに着物姿のちょっと若めの初々しいママを多数目撃し、着物人口増えているな…と、張り切っていたのだが、中学ともなると、晴れの日という感覚が薄れるのかもしれない。

また、ネットで卒入に着る着物のTPO的な記事を見ると、訪問着、付け下げ、紋の入った色無地で、礼装用の帯を着用するように…と出ているのだが、そのルールを守っている人はあまりいなかった。紋無しの色無地であったり、普通の小紋であったり、帯も特に礼装用・・・という感じではない人が多く、ちょっと安堵を覚えた。あんなカッチリとルールがあったら、着る機会ないけれど折角だから着てみたい…と思ってもハードルが高すぎし、揃えるのにも金額がかかりすぎる。晴れの日に頑張ったって感じがあれば別にいいのではなかろうか…。国家を斉唱させるくらいなら、着付けを教えればいいのに・・・と、殆どの人が望んていないことを思ったりした。

また、小学校の母親よりも、中学生の母親の方が、地味な色合いの着物を着ているように見えた。私が目撃した小学校ママが着ている着物は、レモンイエロー、ピンク、明るい黄緑・・・みたいな色合いが多かったが、中学校母は、くすんだ臙脂の色無地、シックな紫の小花柄といった感じ。

そんな中、私は薄ピンクで裾にかけてピンクが濃くなっていく訪問着だったので、3人の中で一番派手だったのかもしれない。久々に再会する保護者にはしゃいだように話かける私を、ニンタマが「ママ、よく恥ずかしくないね」と、言っていたのは、私が派手に見えて恥ずかしかったのだろうか。しかも、私は同級生の他のお母さんよりは、年配。年配なのに、派手なのは個人的には気にしないが、中学デビューする娘としては、困りものだったのだろうか…。しかし、着て来てしまったのだから、今更モジモジする方が格好悪い。意地でも堂々としたフリをしよう。

 

その後、写真撮影。新入生の一人に体調不良者が出たりで、長引き、帰宅したのは12時過ぎだった。

 

早めに帰った旦那さんと、ニンタマの3人でいかにも入学式の日という写真を撮りたかったのだが、空腹に耐えかねて、昼食。

旦那さんが、冷凍食品のジャージャー麺を作っていたが、これが着物に跳ねたらえらいことだ。訪問着の上に割烹着を着て、服に跳ねないように、皿から体を離した謎の中腰体制で麺をかっこんだ。ニンタマも制服が汚れないように、タオルを纏ってがつがつ食べていた。

小腹が落ち着いてから、制服の娘と、スーツ着たお父さんと着物のお母さん・・・という写真を撮りに、外へ。こういう形から入るのを好むのは、ウチの家族では私だけ。旦那さんもニンタマも、面倒くさいし、できれば撮りたくないと主張していたが、10年後撮ってよかった・・・って思うから!と再び主張して撮影。プン助も一緒に写ろうと誘うも、逃げるように遊びに行ってしまった。

10年後に撮ってよかったと思うのも、この家族の中では私だけなのかもしれない。いや、多分、そうなのだ。だが、お母さんがこういうの好きだから、ちょっとだけ付き合ってあげよう・・・という感じで付き合ってくれた。

 

中々納得のいく写真は撮れなかった。私の目には凄く可愛く見えるニンタマが、何故かやたら顔が長く映っていたり、旦那さんが突然わざと白目を剥いたり、それが面白くて皆で白目を剥いたりと、段々主旨が変わってきてしまった。

 

気合を入れて臨んだ着付けは、4年前、プン助の卒園式と入学式で着物を着た時のひどさに比べれば、大分マシになったものの、写真で見るとまだまだ全然下手くそだった。

ニンタマに以前の着付けの写真を見せて、「この時よりはマシだよね」と、聞くと、

「違いがわからない。前の時の方がママは若くて可愛い」

と、言っていた。

「顔は老けたけどさ、なんとなく、モサっとした感じは、抜けて来たと思わない?!」

と、食い下がると

「まあ、皆黒とか地味な服の中、華やかでよかったよ」

と、言ってくれた。

その言葉を支えに、しばらく生きて行けそう。

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2022年3月29日 苗場スキー旅行①

(※先週のことになりますが、スキー旅行についての記録を書くことにしました。日にちはずれてますし、きっとずるずる長く続くと思いますがなんとか4月1日に帰って来るまで書きたいと思います)

 

昨年は、お仕事をしていたものの、どの仕事もまともに実現しなかった。今現在も、やるはずと言われていたお仕事を抱えている。だが、本来なら忙しいはずの時期なのに、全く音沙汰もない。PTAでも忙しいはずだったが、コロナで役員の学校内の立ち入りが土日以外ダメ…ということになり、今シーズン、スキーは無理だろう…と諦め、子供だけスキー合宿に投入することにしていたが、「あれ?これ、私も行けるのではないの?」と、いう気持ちが3月半ばからムクムクとこみ上げていた。だが、中々旦那さんに切りだせずにいた。

 

収入がピンチの我が家では、子供の合宿でさえ中々の痛手。昨年大した稼ぎもなかった私がスキーに行きたいなんて言ったら、「蟻とキリギリス」のキリギリス認定されてしまうに違いない…と怯えていたのだ。だが、子供の合宿の手配をしている最中、「この期間、俺達もいけるんじゃない?」と、旦那さんの方から言ってくれたのだ。

「え?いいの?」

このチャンスを逃すまじ!・・・と、速攻で宿の手配をしたのだった。

(後で判明したのだが、旦那さんは子供達が参加申し込みをした2回の合宿のうちの1回目をキャンセル待ちのキャンセル待ち…と伝えたことで、子供達も1回しかいけないなら、可哀そうだし、少しでも子供達が長く滑れるように親も一緒に合宿の前から宿を取ればいいのでは?と思っていたらしい。

だが、蓋を開けたらキャンセル待ちのキャンセル待ちでも、1回目の合宿に参加できてしまったので、「あれ?!子供は2回合宿行くの?だったら、俺達は行かなくてもよかったのに」と、思っていたらしい。だが、着々とその気になって準備をしている私を見て、取りやめようと言い出せなかったとのことだった)

 

そんな風に楽しみにしていたスキー旅行なのだが、我が家の旅行はいつも朝から、大変。

まず、プン助が起きないのだ。どんなに前もって約束していても起きない。そして、荷造りもどんなに自分でするように言っても、しないのだ。本人曰く、できない・・・とのことだ。私自身も異常な程荷造りが苦手で苦痛な人間なので、できない…と思う気持ちは理解できる。でも、できないと思ったことを少しでもやってみようという気持ちを持てば、ちょっとは違うのだが・・・。しかも、1回目のスキー合宿の洗濯物を畳んで、いつでも準備できるように二日ほど前から、スーツケースの上に置いておいてあるので、それを入れれば、概ね準備は出来るのだ。何故、詰めるだけのことをできないと言うのか・・・。だが、逆に言えば何故詰めるだけのことを、親がやってくれないのだ…と、プン助が思っているのもひしひしと感じる。

「つめないなら、もう行かない!」

と、脅してみるも、逆効果。結局旦那さんが、根負けしてスーツケースの上に畳んで置いておいた洗濯物の類を、スーツケースに入れた。

なんとか出発できた。だが、東京駅に向かう電車内は混んでいて、プン助は床に座り込んでしまう。

「電車で床に座っている人なんかいないでしょ?」

「疲れたんだもん」

一番遅くまで寝ていて、準備も何もしていないのに、疲れているのか・・・。こちとら、朝食の用意をしたり、おにぎりを作ったり、洗い物をしたり、動かないプン助をなんとかしようと朝から休みなく動いているのだ。疲れているのは、こっちだぞ!3歳くらいの頃は、もう少し大きくなったら、少しは楽に電車に乗せることができると思っていたが、まさか10歳になっても、このような状態だとは。

と、お茶の水駅で、人が沢山降りて、座席に座ることが出来た。よかった・・・やっと、床に座っている恥ずかしい状態から抜け出せる。プン助も飛び込むように座席に座った。だが、3分程で今度は立って手すりにつかまって、ブラブラし始めたのだ。降りた人もいたが、乗り込んで来た人も多かったので、ブラブラしているプン助は普通に邪魔だし、席が空いているなら他の人が座ったほうがいい。

「座るなら、座る。立つなら、立つ。ぶらぶらしないで」

と、極力穏やかに言うが、プン助には何も聞こえていない様子。

同じセリフを10回くらい、繰り返すと

「立つよ!」

と、プン助。

聞こえていたのか…。

 

だが、疲れているのは本当らしく、新幹線で、プン助はテーブルにつっぷして、爆睡していた。ニンタマも私の膝や肩を枕にして寝ていた。もう、私よりも6センチくらい大きい。可愛いが、重い・・・。越後湯沢の駅に着くころ、プン助は

「俺、寝てた?」

と、顔を上げた。

 

越後湯沢駅からバスに乗り、昨年も宿泊したペンションCへ。恐らく、この辺りでは最安値。そして、送迎がなくても板を担いで、苗場スキー場へ行ける距離。チェックインは3時なので、まだ部屋には入れないが、前もってスキー板やブーツを宅急便で送っていたので、早速準備をしてスキー場へ。私と旦那さんとニンタマが準備を終えても、ゴロゴロしていたプン助だったが、服や用品を全部準備してやると、割とすぐに支度を終えた。

ペンション割引料金で、リフト券を買おうとしたら、

「今年は苗場60周年ありがとうパックというのが、ありまして、3900円で一日券が買えて、1200円分の飲食チケットもついてくるそうです。こちらの割引チケットは3800円だけど、1200円の飲食チケットはつかないので、どうしますか?」

と、店主。それは、絶対に「60周年ありがとうパック」だろう。

苗場スキー場の一日券の料金は正規料金だと6000円と、かなりお高い。正規料金で買うのは、出費として痛すぎるので、毎回色々な手段で、割引で買うようにしているのだが、これはかなりの出血大サービスなのではないか?

飲食チケットを引くと、2700円!

ただでさえ、コロナでインバウンドのお客さんなども望めず、リフトなども本数を減らして、昨年から端で見ていても、苦肉の策の営業状態。それでも客足は少ないのに、いいの?大丈夫なの?シンガポールの外資系ファンドに売却されるという話もあるし、もしかしてこれは最後の大サービス?

割り引いてくれるのは嬉しいが、ちょっと不安にもなる。

売却されて、庶民の日本人には手が出ないスキーリゾートになってしまうのかもしれない・・・。

そんなセンチな気持ちを抱えながら、スキー場へ。近いとは言え、歩きにくいブーツを履いて、板を担いで歩くのは、結構しんどい。

だが、プン助はどんどん先を歩いて行く。

2,3年前であれば、「重い」「疲れた」と、座り込んで、結局私や旦那さんが手分けして持つことが多かったのだが、最早そんなことは言わずに、一目散へスキー場へ急いでいる。多少上達して、スキーが楽しくなって来たので、早く滑りたくてたまらないという感じ。ならば、朝起きてからの支度や道のりでもこんな調子であればいいのに・・・と、思いつつ、いや、ゆっくりだけどプン助もちゃんと育っているのだ・・・!と、自分に言い聞かせる。

 

やっと、スキー場の端について、板を履き始めると、旦那さんに声をかけてきたおじさんがいた。

「もう帰るんで、一日券、安く買い取ってもらえませんか?大人二人分のチケット余ってるんです」

「いくらですか?」

「1枚、2500円でいいです」

 

微妙だ。ありがとうパックで3900円で買ったチケットでしょ?1200円分飲食もしたわけで・・・。実質の価値は2700円。今の時間は午後2時。おそらくこの人達は、午前から今まで滑っていたわけで、ここで2500円で売れたら、ほぼ200円で半日滑ったことになるのよね・・・。うーん、あと500円負けてくれないかな・・・。うっすらそんなことを思っていたが、

 

「じゃあ、買います」

と、旦那さん。

あらら、買っちゃった。

 

板を履いて、歩きながら先ほど、思ったことを旦那さんに言う。

「だから・・・あの人達は、ほぼただ同然で、今まで滑れたことになるんだよ」

相手の言い分をすぐに飲まずに、こちらも交渉してもよかったんだよ・・・と、言う意味合いで伝えたのだが、

「そっか、お互い ウィンウィンってことだね」

と、旦那さん。

曇りの無い瞳・・・とは、こんな瞳のことを言うのだろう…。

「ウィンウィン…まぁ・・・、そう・・だね」

だめだ、これ以上は言えない。

まあ、いいか。そんな時に交渉してくる人だと、日常生活ではこっちも気が抜けない。そして、旦那さんに話しかけられたからと言って、黙っておらず私が交渉をすればよかったのだ。まあ、いいか。別に損した訳ではない。相手の得と自分の得を比べて、自分の得の方が少ない・・・とか、考えるのもどうなのだろうか…。いや、そこら辺今まで大雑把だったから、仕事などでも、料金がわからないまま何カ月も仕事をして、立ち消えて・・・みたいなことばかり、起きているのではないか?!いや、それとこれとは全く別の話なのだろうか?いや、繋がっている気がする・・・。

 

色々悶々とするが、今は目の前のお楽しみ、スキーのことを考えよう。

 

②へ続く。

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人生を立て直したい計画 頓挫か?

昨日、人生が色々うまくいかないのは、遅くまで起きているからだと思い立ち、10時に寝る!と宣言して、なんとか寝床についた。

子供らはまだガンガンに起きていた。

「ママのこと絶対に起こさないでね。寝ている人間を起こすのは一番罪深いことだし、ママは寝入りっ端を起こされると、殺意湧くタイプだから」

物騒なことを言ったにもかかわらず、子供らは「ほーい」という呑気な感じ。

 

「寝るぞ!なんとしても早く寝て、人生を立て直すのだ!」

プン助にも10時に寝ようと声をかけたが、やだ!と、断られた。

YouTube中毒のプン助も気になるが、まずは自分が魔のサイクルから抜け出すのだ。寝る。なんとしても10時に寝るぞ!

 

布団に入った途端に稽古から旦那さんが帰って来た。

 

稽古が順調に進んでいる話をしたくてたまらなさそうだったが、「ごめんね!寝る」と、襖を締めた。

 

旦那さんもYouTubeを見ながら、晩酌。

 

「うるせーな」

と思いつつも、うとうと。

ニンタマも間もなく寝床へ。

 

だが、風呂に入る旦那さんやプン助が、着替えを取りに来たり、中々にうるさい。

動画を観すぎのプン助へ旦那さんが、大声で説教をしている。

プン助は「あと、10分」と、言っては20分、30分見ているらしく、旦那さんが、「お前、10分って言っただろう!なんで嘘ついたんだ!」などと、怒鳴る声が鳴り響いて、おちおち寝ていられない。

 

私の言う事は中々聞かないが、旦那さんの言う事なら少しは聞くだろう。

ああ、寝床に入ってからもう、かなり時間が経っている。

折角人生を立て直そうとしているのに眠れなきゃ、台無しじゃないか…と、じわじわ焦りが出て来る。

やばい。眠れないパターンに陥ってきている。

いや、大丈夫。時間を気にせずに寝るのだ!

 

やっとプン助が、寝床へ入って来た。うっかり時計を見てしまう。

なんと、12時半だった。

「12時半まで起きてたら、朝起きれないよ!なんで、そんなに長々動画見ていたのよ!」と、切れかけるが、切れるとまた眠れなくなってしまう。

「まあ、いいよ。プン助の人生だもんね。寝不足で起きられないことを受け止めて、自分で考えればいいよ」

 

すると、襖越しに旦那さんが、大声で何かべらべら喋っている。

何事なのだろう?セリフの練習?

いや、今の稽古は役者としてではなくて演出家としてだし、セリフの練習する必要はないだろう。しかも、こんな夜中に。

 

「何?!なんでべらべらしゃべってんの!」

 

襖を開けると、旦那さんは床に寝転がっていた。

私の剣幕に驚いたように飛び起きて、

「誰ともしゃべってないよ!」

 

と目をぱちくりさせている。

 

どうやら、酔っぱらいながら床で寝てしまい、夢でも見ていたらしい。

 

「そんなとこで寝てたらダメでしょ!ちゃんと布団で寝なよ!あと、しゃべってたからね。べらべら。ちょっとうるさすぎ。それに、プン助12時半まで起きてたよ?あれじゃ、また起きられないじゃん!」

 

それだけ伝えて、襖を閉じると、旦那さんが、また襖をあけて、

 

「ごめんね、うるさくしてごめんね。いつもありがとうね。プン助のことは俺が責任もって起こすから」

 

と、謝って来た。

 

「もういいから、寝かせて」

 

と、言ってようやく、ウトウトしていたら、また旦那さんが、襖をあけて、

「ホントにうるさくしてごめんね。静かにするね。いつもありがとうね」

 

と、言って来て、完璧に目が覚めてしまった。

 

頼むから寝かせてくれよ・・・。

 

今は私と子供らが和室で川の字になって寝ていて、旦那さんだけ、別室で寝ているのだが、間もなく別室から旦那さんのいびきが聞こえて来た。

 

この家で起きているのは、眠れていないのは私一人…!

 

一番早く寝床へはいったのに、何故、こんな遅い時間まで私一人が眠れていないのか?!

 

ああ・・・どうせ眠れないのなら、ヤフオクやメルカリで着物を眺めたりしたいよ・・・。いや、そんなことをして、益々目が冴えたら、人生を立て直したい…という目標が台無しではないか・・・!

 

寝たい!ヤフオク見たい!寝たい!メルカリ見たい!

 

っていうか腰が痛い!

 

腰痛をなんとかしないと、最早眠れない。

ストレッチポールに乗ろう。

ストレッチポールを出して来たり、ヨガの猫のポーズをしたりして、この位でいいか・・・と、布団に入ると、今度はお腹が張っているのが気になって来た。

 

腸揉みでもするか・・・。以前、動画で調べた腸のマッサージを丹念にする。

今、何時なんだろう・・・。

 

何気なく、携帯に手を伸ばすと、ヤフオクのウォッチリストにいれて、値段の経過を見守っていた帯がチラっと映る。

 

無意識にそのページを開くと、私が気づいた時点では2000円台だった帯が、20000円以上の値で落札されていた。

 

そうか…あの帯はそんな高値で売れたのか…。わからないものだな・・・。もっと良さそうな帯が3700円くらいでひっそり落札されていたりするのに。

 

ああ、いかん!ヤフオクをみてしまったではないか・・・。人生立て直し、台無しだ。

 

というかこの時点まで、眠れていないことで、とうに台無しだったのだ。

いや、腐るな。こんなことで腐ってはいけない。腐ると負け癖がつく。腐らない、腐らない。いいじゃん、そんなに自分を責めなくても。

どうせ見てしまったのだから、こころゆくまでヤフオクチェックすればいいじゃん。。。と、気になるタイプの着物や帯を存分に見ることに決めた途端、睡魔が訪れた。

 

4時20分。素敵な音楽。

私のスマホのアラーム音だった。

4時20分に起きて、瞑想をしてストレッチをして、20分程度の散歩をしてから、お仕事スイッチを入れようと思っていたのだ。

だめだ。起きるのは無理。だって、恐らく2時くらいまでヤフオクを見ていたのだ。

もういいや。6時だ。6時でいいじゃないか。

 

そのまま6時にセットして、眠る。

・・・と、ピピピピっと別のアラーム音。

 

「うるさいな!なんだよ!」

目を覚ますと、なんとプン助の携帯のアラーム音だった。

 

「うそでしょ?まだ5時半だよ?」

プン助はピクリとも動かない。

プン助はいつも朝、8時半くらいまで寝ているのだが、実は朝早くおきたいという願いも持っていて、昨晩アラームをセットしていたようだ。

うるさいので、止める。

 

すると、

 

「なんで止めたの!起きれないじゃん!」

 

と、鋭い声。

 

寝ていたはずのプン助が、顔を上げて、険しい顔で私を見ている。

 

「あ、ごめん。起きてたの?起きるの?」

 

と、聞くとコクリと頷いた。

 

「そうかぁ、凄いね。よく起きれたね。ママはもうちょっとだけ寝るよ」

と、言っている間に、プン助は布団に突っ伏していた。そのまま、動かない。

私も布団に突っ伏す。

すると、一瞬後に再び、ピピピピっと、プン助の携帯のアラーム音。

どうやら、プン助は5分置きにアラームをセットしていたらしい。

「プン助!なってるよ!プン助!」

と、声を掛けるが、ピクリとも動かない。

しかし、止めると、また叱責が飛ぶかもしれない。

アラーム音はしばらくしたら、止んだが、すぐまたなり始める。

これが何回か続いた後、私のスマホから素敵な音楽。6時か・・・。

理想の目覚めとは全く違うが、理想に少しでも近づくためには起きるしかない。

起きて、家事やらPTAの作業やらをやり始めた。すると間もなく、またアラーム音。

プン助のスマホは充電が足りなくなったらしく、6時45分でアラーム音は止んだ。

 

なんだろうか・・・何かに試されているのだろうか?

私を眠らせない、この館は一体どうなっているのだろうか・・・。マンションなのだが、呪われた館のように思えて来た。

 

ここで挫折したら、いかん。

今日こそ、早く寝て、早く起きる、美しい生活を実現するぞ・・・。できるのか?

 

この日、プン助は10時過ぎくらいまで寝て、6時間目の授業が終わる10分くらい前に、学校へ行った。

 

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プン助が交通事故…その時私は卓球に夢中だった

 

 

プン助が交通事故に遭った。

 

私は、何も知らずに近所の体育館で卓球をしていた。

 

私の、カットやツッツキが下手くそだと、心配してくださった、素晴らしく卓球が上手なご夫婦が、アドバイスをしてくれ、とても充実した練習をしていたのだった。

さあ、帰るぞと、身支度を整え、卓球のお仲間の一人と話しながら、チラっとスマホを見ると、旦那さんから数件の着信とLINE

何事か?とギョッとする。

 

その時点で、最後の連絡から30分以上経っていた。

 

「プン助」「救急車」「事故」「病院」

 

などという文字が目に飛び込んできて、読み進めるのも恐ろしく、すぐに旦那さんに電話をかけた。

 

「〇〇病院にいるけれど、今からタクシーでもいいから来られる?保健証持って来られる?」

 

出た途端に、切迫した口調で話す旦那さん。

 

病院に行くことも、保険証を持って行くことも全然可能だ。だが、それよりも容体が気になる。プン助は無事なのか?

「足が痛いって言ってるけど、大丈夫。骨は折れてるかもしれないから、これから調べる…」

 

状況がよく飲み込めない。

 

旦那さんは昼頃、仕事へ行ったはずだった。私が卓球へ出かけた14時半ころにはまだ、プン助は家にいた。「もうちょっとしたら遊びに行く~」と言っていたが、身じろぎもせずに動画鑑賞に耽っていたので、このまま見続けて遊びに行けないのではないか?と、思っていたくらいだった。

そうか、あれから遊びに出たのか・・・。

え?でも何故、旦那さんは今、プン助と一緒なのだろう?事故に遭った時は既に一緒にいたのか?それとも、事故に遭った後、誰かが旦那さんに連絡して駆けつけたのか?事故に遭った場所は、プン助の友達の住んでいるマンション前だった。そのマンションには、保育園や学校が一緒の友達が沢山住んでいるし、役員などで一緒だったママ友っぽい人も沢山住んでいる。

事故を目撃して、誰かが連絡をくれるとしたら、どう考えても私に来るのが普通なのではなかろうか・・・。何故旦那さんに?

いや、そんなことはどうでもいい。

骨折してるとかしてないとかの方が心配だ。頭だって打っているかもしれない。

 

「とにかくすぐ行くよ」

 

と、伝えると、

「あ、やっぱ来なくていいや。交通事故だから、保険証は今はいいって。家で待ってて。充電切れそうだから、切るね」

と、電話を切られてしまった。

 

気になる。気になるが、私が病院に行くと、今塾に行っているはずのニンタマが家へ入れなくなる。ニンタマに晩御飯を食べさせたりもしないといけない。

 

呆然としながら、とりあえず八百屋へ食材を買いに行く。

適当な野菜を買って、帰宅。

帰って野菜を冷蔵庫へ入れようとしたら、私は干しイモを3パックも買っていた。スティックタイプの干し芋。ケーキのようにおいしいと書いてある干し芋。当店お勧め品!!!と、書かれた干し芋。

干し芋は好きだが、いくらなんでも買いすぎだろう。

 

ご飯を作らなければと思いながらも、心配で作る気にならず、帰って来たニンタマと、干し芋を食べながら、プン助、大丈夫かなぁ?などと話をした。

 

すると、旦那さんからLINE

 

「加害者の人が、明日上司と家へお詫びに行きたいって言っているのだけど、俺は手続きで忙しいから、その人に電話してくれないかな?」

 

加害者の方の電話番号が書いてあった。

 

困惑。

 

プン助の状況がわからないまま、こちらから加害者の人に電話をかけて、一体どんなスタンスで何を話せばいいのか?しかも上司って?

あくまでも勝手な推測だが、

「お宅のお子さんが突然飛び出してきて、避けようがなくて…。でも、いくら飛び出しだとは言え、お怪我をさせてしまったのは、本当に申し訳ありません」

 

みたいな事を言われるのではないだろうか?はっきりはわからないが、プン助が飛び出した可能性は極めて高い。

 

だからと言って、プン助の話も聞かずに、飛び出し前提で話をするのは、イヤだった。

こちらの応対次第では事実の確認もないまま、飛び出したということが既成事実になってしまうかもしれない。

大体、プン助が飛び出しであったとしても、何故こちらから電話をしなければならないのだ…。そして、家に来るとは?菓子折り等を持って、挨拶に来るつもりかもしれないが、玄関先で挨拶だけして返って貰う訳にも行かないだろう。

家へ入れて、少なくとも30分くらいは話をしなければならないだろう・・・。

お茶とか、お菓子とか、出すのか?

出すのも変な気がするが、出さないで、出した方がいいのかな?いや、出さなくていいよね…などとモヤモヤしながら、30分くらい通すのも精神的にキツい。

 

そして、プン助が元気そうだったら、「良かった、大したことなくて」とか、言われてしまうかもしれない。

とても気が進まない。

 

とりあえず、母に電話。

私が小学1年生の時に交通事故に遭ったこともあり、当時の母は、まだ30代前半でちゃんとした対応が出来なかった・・・と、今でも悔いているのだ。まず、母の意見を聞こう。

 

「まず、相手が言ったことすべてに、ちゃんとした返事をしてはダメだよ」

 

とのことだった。

 

「飛び出しでした」と、言われたとして、「そうだったんですね」とか、答えてはならず、「はぁ」「ああ」みたいな感じで、相手の言ったことに納得した態度を取るなということなのかな?

「お茶なんか出さなくていい」

とも、言っていた。

言われていることは分かるが、基本へこへこして愛想がよくなってしまうタイプの私は、会って話してしまったが最後、相手の言ったことを納得したような対応をしてしまい、仲の良い雰囲気まで漂わせてしまう可能性がある。毅然として、相手の言う事すべてに、納得した返事をしない…なんてできるのだろうか。

私が自信なさそうにしていると、「Mちゃんに電話して聞いてみるといいよ」と、母。

 

母の従妹の娘であり、私の双従妹のMちゃんは、3人子供がいて、子育ての大先輩。しかも息子のR君は保険の仕事をしている。Mちゃんに電話をすると、すぐにR君に連絡を取ってくれて、返事をくれた。

事故証明などが取れていれば、加害者の人には会わなくていいとのことだった。

「こんな時期ですし、わざわざお時間取って頂かなくても、後は保険会社の方とやりとりをします…で大丈夫だよ」

とのことだった。

「相手に家に来られたって、友香だって時間とられて大変じゃん。それに、上司と来るって、きっと配送とかの仕事で車乗ってて、その上司が来るってことでしょ?事故起こすと保険料が上がるの嫌がって、治療費自費で出しますからって保険でやらないように頼みに来る可能性もあるかもしれないよ!」

 

実は、私の子供時代の事故の時にも、加害者のおじさんが、保険料が高くなるから、と言って、保険を使わない交渉をしてきたらしい。私は3か月後、急な頭痛と首に異変が起きて、むち打ちと診断され、5日程入院したのだが、その際、加害者の方に事故との因果関係はわからない…と、言い張られて、自腹で入院費用を払うハメになったと、母に聞いた。あの時、世間知らずだったから、全部加害者の言い分を「はいはい」と聞いてしまって、本当にバカだった、と、母。

 

そうか、そんな海千山千の交渉とかやられたら、私なんて、一溜りもないやもしれん。

いよいよ会う訳にはいかん。

 

と、知らない番号から着信が来た。

 

旦那さんのLINEを確認してみると、加害者の方の電話番号と同じだった。

とりあえず、その時には出ず、心の準備が出来るまで待って、こちらからかけ直す。

 

「この度は大切な息子さんに怪我をさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

加害者という認識が無ければ、いかにも人のよいおばちゃんと言った感じ。

母のアドバイスに従って、「はぁ」「ええ」「ああ」という曖昧な返事を返しながら、会話。

「いえね、やっぱり男のお子さんだから、わーって飛び出してきちゃうんですよね」

 

出た…!

「飛び出し」というwordが。

緊張が走る。

「はぁ」

「ブロック塀のところから、急にわーって飛び出してきたから、ゆっくり走ってたんですけど、20キロくらいは出てたかな…さすがによけきれなくて…」

 

「急にわーっと飛び出し」「20キロ」「よけきれなくて」

 

本当にそうかもしれないけれど、これらの言葉は全て、「自分は悪くないんです。悪い

のは、そちらのお子さんなんです」と、伝えようとするword。危険だ・・・。加害者の方が実際にそう思っていたとしても、このシチュエーションで、やりとりの序章に、被害者の親に、こういう事をわーっとまくし立てるように言う・・・というのは、どうなのだろう。

 

この人とは、会ってはいけない気がする。きっと、プン助には違う言い分があったとしても、自分の感じたことだけで押し通すタイプ…なのでは?

実際に対面なんかしたら、これらの言葉を連発して、それを既成事実にされてしまう。

 

「明日の午後、上司が、一緒に挨拶に行きたいって言ってるんですけど、いいでしょうか?」

 

一人来るだけでも、気が重いのに、上司も一緒?

明日は一日旦那さんは稽古で不在。

旦那さんのいない状況で、家という密室で、加害者のおばさんとその上司という二人に、飛び出し前提で話をされるのは、きつい気がする。

そんな不安とは別に、どんな人なのか確認したい気持ちもあった。ちゃんと対応できる自信があれば、加害者の方には、やはり会ったほうがいいには違いない。

「今は、まだ息子の顔も見てないですし、私としても状況が把握できていないので、まずは息子の様子を見てから、考えたいです」

と、電話を切った。

 

夕食を終えてしばらくしたら、プン助と旦那さんが戻って来た。

旦那さんとは、何度かLINEで連絡を取っていたが、充電が切れることを恐れて、プン助の状況は殆ど伝えられていなかった。

ニヤニヤしながらも決まり悪そうなプン助の様子を見て、一安心したが、腕やら肘やら足の小指を負傷していて、頭頂部からも血が滲んでいた。比較的綺麗だった服は汚れていて、衿は裂け目が入り、靴下には穴だらけになっていた。

 

ぶつかった衝撃で靴が脱げたらしい。

「バーンって当たって、ポーンと飛んでゴロゴロって転がった」

 

と、言っていたが、ボロボロの姿を見て、かなりの衝撃が合った事を実感した。

 

ポーンと飛んだ時に当たり所が悪かったら・・・もしくは、飛ばないで車輪に巻き込まれたら・・・!

大分ボロボロだけど、よくこれで済んだな…と、思ったら急に恐ろしさがこみあげてきて、とりあえずプン助の実体を確かめるように抱きしめた。

 

「もう~~~~!気を付けてよ~~~~~!よかったね~、無事で~~~~」

 

急に泣けてきて、自分でもびっくりした。

 

プン助に話を聞くと、やはり、飛び出しと思われても仕方がない事はしていたようだ。

 

「一台車が来たから、それを待って、一台行ったからもう、来ないだろうって、渡ろうとしたら、二台目が来てびっくりした。普通あそこは、一台来たら、二台目は来ないんだよ」

 

一台来たら、二台目が来ないという説に何の根拠もないのだが、プン助の経験値ではもう渡ってヨシ!と、思ったようだ。

元々、思い込みが強いところがある。

「二台目来ないって思っても、ちゃんと見て確認して!」

 

いつもはこういう注意に対して、一切聞く耳を持たないプン助だが、さすがに今回は「わかったよ」

と、素直だった。

 

加害者の人は、警察と救急車を呼んでから、プン助に、

「もう飛び出しちゃダメだよ」

と、言ったという。

 

子どもの頃、少しでも車にぶつかりそうになると、いつも車に乗っている大人に

「どこ見てるんだ!」「危ないじゃないか」

と、怒られ、自分の命の危険よりも、怒られることの方が怖かった。

だから、自分が小学校1年生で交通事故に遭った時にも、また怒られる!という恐ろしさから、「ごめんなさい!」

と、謝ってしまったことを思い出した。

だが、車から出て来た加害者のおじさんは、私に向かって怒ることはなかった。ホッとした。とはいえ、その後、事故で集まって来た人や、警察や救急の人に対して、おじさんは「飛び出しです!」と、何度も何度も話していたのだった。

 

「そうか・・・今のコレが、飛び出しってヤツなのか・・・」

 

と、思いつつもなんとなく、違和感を覚えた。

私が謝ったのは、怒られる・・・という反射的な恐怖心からであり、自分が飛び出したから・・・という意識ではなかったのだ。

誰も私に、事情を聞いたりはしなかった。

事故に遭う前、私はポリバルーンという、ストローの先にセメダインみたいなものを付けて風船のように膨らます代物にハマっていて、近所のお店に買いに行こうと、手に300円を握りしめて、信号のない二車線の道路を渡ろうとしていたのだった。

右見て、左見て、右見て・・・ヨシ!大丈夫…!と、判断して道を渡ったのだが、半分渡り切ったところで、左から車が走って来たのだった。

車も走っていたが、私も走っていた。止まるか、なんとか車にぶつかる前に、走り抜けるか・・・走り抜けられるのか?無理か…?いや、頑張ればなんとか走り抜けられるかも…!

瞬時に色々な考えが頭を巡ったが、私は車より先に走り抜けることを選択したのだった。そして、ものすごい頑張って走ったが、走り抜けることはできずに車にぶつかった。膝にものすごい衝撃があり、そのまま宙に浮かんだ。

 

なんとなく交通事故=死みたいなイメージがあり、

 

「ああ、この世とおさらばなんだな…」

 

と、思いながら、飛んでいる時間がゆっくりに感じられた。

 

当時、「宇宙戦艦ヤマト」のアニメが放送されていたので、その影響なのか、私の頭の中で、

「さらばじゃ・・・」

 

という言葉が浮かんだ。

 

だが、この世とおさらばにはならず、膝から落下した。生きていることに驚いたが、手に握りしめていた300円は、全てなくなっていた。

 

後で救急車で病院に運ばれて検査したら、私の頭には三つのコブが出来ていた。

打った記憶は一つもないのだが、落下した時に転がったりして、ぶつけたようだ。

 

そんな風に記憶は曖昧だが、車にぶつかる前に走り抜けられるかもしれない・・・と、懸命に走ったことは加害者から見れば、飛び出しかもしれないが、私にとっては、なんとか生き伸びようとした選択だった。そもそも「飛び出し」という言葉は、車側から見た言葉でしかない。6年しか生きていない浅い経験値で、生き伸びようと自分なりに頑張ったつもりなのだが、「この子は飛び出しだから、この子が悪いんだ」と、鬼の首を取ったみたいに言われたことに関しては、今でも釈然としない気持ちが残っている。

 

プン助だって、明らかに不注意なタイプかもしれないが、あの道は、マンションが沢山建っている道沿いで、仕事などでよく通るのであれば、子ども通りが多く、あそこが危ないという事は分かっているはずだ。

 

「もう飛び出しちゃダメだよ」と言ったのが、おまわりさんや、救急隊員だったら、別に気にならないが、加害者の人が跳ねた直後に言うべきではないのではないか?

 

私が、感じた思いを旦那さんに話すと、

 

「そうかぁ~、俺達、帰りに明日、加害者の人が来たら、飛び出してごめんなさいって謝らないとな~、なんて話してたんだよ。そうかぁ、それ、ヤバかったかのかぁ~。聞いといてよかったなぁ~」

 

と、プン助と驚いたように笑い合っていた。

 

困惑。

 

え?なんだろう、そのやたらと無垢な反応は・・・。

 

いや、もしかしたら、私が根性悪すぎるのか?いやいやいや、私だって十分世間的には御しやすい部類の人間なのだ・・・。

それにしても、旦那さんとプン助は呑気すぎるのではないだろうか?

いや、本当はこの呑気さは素晴らしいのかもしれない。

世の中の人が皆、こんなに呑気だったら、それに越したことはないのだ。

だが・・・世の中には、隙あらば自分は悪くない、相手が悪い・・・と、あの手この手を使って、呑気な人をいいようにする人達が山ほどいるのだ。

 

わからないが、あのおばさんの「形式上、自分は加害者だけど、本当は被害者なの」みたいな謎の押しの強さに押し切られでもしたら・・・。

 

ダメだ・・・!プン助が、「飛び出しちゃってごめんなさい」なんて、言ってしまったら、私は一体どう対応すればいいのだ。

その上、お菓子なんか頂いてしまったりしたら・・・。

 

「やった、車にぶつかったお陰で儲けた!」などと、喜ぶプン助の姿が目に浮かぶ。

そんなプン助をみて、加害者のおばさんと上司の人達も、和やかに笑ったりする光景も容易に想像できてしまう。

 

無理だ…!加害者の人と上司の人の訪問はやはり、断らねば・・・。

 

再び電話をかける。

「色々考えたのですが、こんなご時世ですし、お詫びをしたい・・・というお気持ちだけで、十分なので、わざわざ来ていただかなくても大丈夫です」

と、訪問を断った。すると・・・

「ああ・・・私はいいんですけど、上司が・・・上司がどうしても、お詫びに行きたいって言っていて・・・あの・・・私が言ってもだめなんで、直接上司に電話して、そう言ってもらえませんか?」

最初、何を言われているのかちょっと意味がわからなかった。

 

「え?私が直接電話をするんですか?」

 

「いえね、ほら、私が伝えても、お詫びに行かないとって聞いてくれないと思うんですよ~」

スーパーの買った商品を詰める台の隣などで「今日、寒くなるって聞いてたけど、暑いわよね~」と、いきなり天気の話などをしてくる気さくなおばさんがよくいるのだが、そんな距離感だ。

やっぱり、この人、ちょっと変わっているのではないだろうか・・・?それとも、直接上司に話しても聞いて貰えない程、ブラックな会社なのだろうか・・・?

「上司の連絡先教えるんで、お宅さまから、連絡して貰えませんか?」

私が連絡するのか…え?この人にも上司にも会ったことないのに?この人は上司とはよく顔を合わせているだろうに?変な気がする。変な気がするが・・・この人とやりとりをしている方が精神的にちょっとキツイ。

「わかりました。私の方から上司の方に電話します」

 

速攻上司に電話を掛ける。

課長さん・・・ということで、応対も先ほどのおばさんよりも、社会的にきちんとしていた。実際のことはわからないが、人間的にも誠意がある感じの応対。

「ウチの社員が大切なお子様を怪我させてしまいまして、誠に申し訳ありませんでした。直接出向いて、お詫びに伺いだいのですが・・・」

こちらが恐縮するぐらい、心のこもった口調で、訪問したい旨をつげられたのだが、

「こんなご時世ですし・・・」

と、先ほど加害者のおばさんに話したのと同じことを告げ、訪問を断ると、「それはコロナで・・・ってことですか?」

と聞かれた。

「はい。あまり、色々な人に会わないようにもしてるんです。本当、お気持ちだけで、後は保険会社と直接やりとりをしますので…」

と、伝えると、課長さんは少しの間、粘っていたが、なんとか訪問の方は諦めてくれた。

血液検査の検査キットなどの運搬をしている業者らしく、事故のあった通りは、いつも使う道だったという。

「飛び出してきたので、よけきれなかった」と言われたことを話すと、

「いや、それは運転側の責任です」

と、課長さん。

現金なもので、そんな風に言われると、避けるのも中々難しいよな・・・自分が運転している側だったら、絶対無理かも?などと、思えたりするのだった。

今後は保険会社を通して、やりとりをしていくということになり、示談に持って行かれるような気配もなく、とりあえずひと段落。

 

頭を打ったことで、急な異変が無いかしばらく様子を見守る必要はあるが、ホッとした。

肉が見えているような傷もあるので、毎日水洗いして、ワセリンを塗って、傷が乾かないタイプの絆創膏を張る手当が必要とのことで、そちらもちょっと不安が残る。

 

落ち着いてから、仕事に出かけていたはずの旦那さんが、事故現場からプン助の載せられた救急車に付き添うことになった経緯を聞いた。

仕事が終わってもうすぐ家に着く・・・という時に、プン助のキッズ携帯を使って警察の人から連絡が来た・・・とのことだった。警察の人が、キッズ携帯で「パパ」という名前を見つけ、かけて来たらしい。

 

雪が降った後だったので、骨折の人などが多く、中々搬送先が見つからず、30分くらい事故現場にとどまっていた間、旦那さんは車中から私に電話をかけたり、LINEを送ったりしてしたらしい。

救急隊員が、「お母さんは・・・いらっしゃらないのですか?」と、聞いた時、やっと搬送先が決まり、私が卓球をしていた体育館前を通っていたらしい。

「多分、あそこで卓球してると思うんですよ~」

と、体育館を指すと、救急隊員の人は

「あ…そうなんですか~」

と、遠ざかって行く体育館を見ながら、微妙な顔をしていたという。

 

きっと、その時は夢中になって素敵なご夫婦にレッスンを受けている最中だったのだろう。

スマホは、卓球をしている時も、短パンのポケットに入れていたのに・・・。

太腿あたりで、ブルブルしたであろうに・・・。

 

卓球に夢中で、微塵も気付かなかった。

 

ああ・・・

本当に、本当に無事でよかった。

とにかく、ありがとうございます。なんだかわからないけれど、ありがとうございます・・・と、色々なことすべてに感謝したのだった。

こんな殊勝な気持ちは、数日経ったら、消え失せるだろうことは、わかっていたが、せめて数日間は、世の中に感謝しておこう。

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刺客として放たれた旦那さん

朝、目を覚まし、何故か現実とは違う世界にいた。


旦那さんが、何者かに私と子供らを殺すように指令を受けた…と言う事だけ、分かって、私はとても慌てていた。


旦那さんは、まだ指令を知らずに「うーん」などど言いながら眠っていた。

逃げなければ。目を覚ます前に子供らを連れて逃げなければ…と、物音を立てないように準備をしていると、私の母がやって来た。


子供らの顔を見たくて立ち寄ったと言う。

「ニンタマや〜!プン助や〜」

と、ハイテンションの母に

旦那さんの指令の件を説明しようとするが、中々理解してくれない。


旦那さんは屈強なので、戦士としては最強だろう。


殺そうと思ったら、私らなんて一溜まりもないだろう。


「うーん」

と、もぞもぞしている旦那さん。


やばい、目を覚ますまでに逃げなければならないのに。


でも、ハタと気付いた。


旦那さんは、そんな指令聞かないんじゃないだろうか?


普通に考えて、命令や仕事でも自分の奥さんや子供、殺すのは辛いはず。

そうだ。


指令を知ったとしても、ちゃんと考えて、そんな指令は聞かない筈だ。


そう思って、ちょっと安心したら目が覚めた。


「いや〜、めっちゃ怖かったよ。でも、ママわかったよ。これは物事をよく考えないで、なんでもかんでも怯えるなって言う事なのかな?って思ったよ」と、

ニンタマに得々と語ったのだが、

「あ、そう」


と、言う気のない返事。


「どうでもいいって思った?」

続けて、そう聞くと


「うん!」


と、力強く答えたニンタマ。


ニンタマは、「黒魔女さんが通る」を読んでいて、私の夢の話など煩くて仕方が無いと言う様子だった。

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キラキラした目で挨拶なんかしてらんねぇ

あいさつ運動。

PTA活動の一環として、今週は早朝から校門の前に立って挨拶をする「あいさつ運動」週間。

元々、山に登るとやたら挨拶する風習とか、いいことなのだろうけど、「いいことしてます」オーラ全開にされると、「ケッ」って思ってしまうタイプ。

だが、この挨拶というのは曲者で、大きな声で何度も「おはようございます!」と、連呼していると、つい自分の中の邪気が飛んでしまって、うっかり健全な気持ちになって、うっかり目をキラキラさせて挨拶してしまったりするのだった。

50数年邪気だらけで生きてきて、これが自分だと思っているのに、そんな自分を裏切るように目をキラキラなんかさせたくないのだった。

 

火曜日にあいさつ運動に参加した時には、こちらも無策で丸腰で臨んでいたので、結構な確率で生徒達にシカトをされたりしていた。

望んでいやっているわけでもないのだが、一応そこそこ大声で「おはようございます!」と、声をかけてシカトされると、軽くショックを受ける。

「あら、照れ屋さんなのね。微笑ましいわ」

誰も私のことなど見てもいないのに、そんな風に思っているかのような表情を取り繕いながら、火曜日は終わったのだった。

 

金曜日の今日は、無意識だったのだが、ちょっとやり方を変えていた。

火曜日に私が挨拶をしていた場所は、植え込みの側で登校してくる子供達から若干死角になっていた。子供達からすると、植え込みを抜けると突然現れた私にいきなり挨拶をされることになる。

それで、びっくりしてつい無視をしてしまう…ということもあるのではないか?

なので、植え込みから何度も顔や体の一部を見えるように、身を乗り出してみた。20メートルくらい先から、姿を見せておいて、小さいコには少し膝を曲げたりして、5メートル位先からは目線を合わせ、1メートル前あたりで声をかけることにした。眠そうなコには、囁くように。朝からハイテンションのコには、それなりにハイテンションに、相手のテンションに合わせるようにしたら、シカト率が激減した。

 

お化け屋敷でバイトをしていた時も、なんとなくお客のテンションに合わせて脅かしてていたのだが、今回は脅かすワケではないが、感覚的にはちょっと似ていた。

 

それでも無視する子に対して、「反抗期なのね、ふふふ」みたいな表情を取り繕うのは、火曜日と変わらなかった。

何度か、生徒でもなんでもない大人にも挨拶してしまって、一人で恥ずかしさに悶絶し、照れ隠しにもう一人のPTA役員の人に「関係ない人にまで挨拶ちゃいましたよ~」と、言おうとしたら、その人は、普通にサラリーマンやご老人にも挨拶をしていた。

立派だ・・・。

キラキラテンションも全く漂わせず、誰にでも普通に声をかけている。

人として、私なんかより余程徳の高い人だなぁと、拝みたい気持ちになった。

 

あいさつ運動時、ニンタマには遭遇したが、案の定プン助とは会わなかった。

家へ戻ると、プン助はマンガを読んでいた。

 

そして、25日が遠足だと勘違いしていたのだが、実は今日が遠足で、雨で遠足は中止だけれども、お弁当は持たせてください・・・という旨のメールが届いていた。

言われてみると、ランドセルではなくリュックを背負っている子供が結構いた。

 

良かった、雨で。良かった遠足中止で。良かったプン助、遅刻で。

 

慌てて、弁当を作る。

プン助は、色々発達障害があって、特別支援教室のお世話になったり、通院をしたりしていたが、世間はそういう子供の親に、かなりノルマを課すのだが、いつもそれにぐったりしてしまう。

 

これは多分に遺伝的なものもあり、プン助を見ていて、私自身も診断されていなかっただけで、間違いなく何らかの発達障害があるに違いないと確信している。

 

「そんな私に、きめの細かいケアどころか普通の世話だって無理だよ!」

「それなりに、努力はしているけれど、私自身も苦手なことが多すぎて、人生を割と困難に感じているのに!」

と言った感じに、遠足の日程を勘違いしていたミスに関して、ひとしきり自分に言いワケをして、ダメージを感じないようにする。

そう言う作業の甲斐があったのか、単なる慣れなのか、プン助の遅刻に関しても、前程シビアに考えないようになった。

まあ、10時くらいには学校に行くかな・・・?

 

だが、昼過ぎまで行かず、結局今日プン助は学校を休んだのだった。

そして、折角つくったお弁当は夜まで食べていなかった。

 

「あの時手を打てば間に合ったのに!」と、思う日がくるのかもしれないが、その時はその時だ・・・とりあえず、元気だからいいか・・・。

 

 

 

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860枚の紙を無駄にし、それを隠蔽しようかと否か悩んだり、悶々した日

夕方からPTA作業。

18日に、何人かのお手伝いの方を集めて作成するPTA通信の準備を前日に済ませておきたかったのだ。

 

他の小学校へ送るラベルを印刷して、封筒に貼る。

その送付状も作成、印刷。

他にも学校が関わる団体へのラベルなどを印刷したり、1年から6年までのクラスごとの帯作成等々。

 

前に、大勢集まったものの、印刷機の調子がおかしくなったこともあった。業者さんを呼んでなんとかなったが、なんともならない事態になったら怖すぎる。

早めに、印刷しておけば、明日の作業もスムーズになる・・・と、A3表裏と、A4一枚を860枚印刷することにした。

今回でPTA通信を印刷するのは、3回目。

 

普通にプリンターで印刷するのもおっかなびっくりだった私が、そのプリントを印刷機で製販して、プリントし、その裏にまた製版した原稿を印刷することができるようになった。

慣れている人にはなんでもない簡単な作業だと思うが、幼少のころより、人並外れてコピー機のトラブルに巻き込まれて来た自分にとっては、思えば遠くに来たもんだ・・・のような進歩。

 

それでも、やはり印刷機では多少トラブルがあり、何度製版しても斑模様になって、5,6回やり直したり…程度のことはあったが、なんとか最初のA3の表裏の印刷が出来た。

表裏の印刷は並びにかなり気をつかった。真ん中で折って、表に1ページと4ページ、裏に2ページと3ページを印刷するのだ。

順番を間違えたら、台無しだ。

念には念を入れて、何度も何度も、あっているか確認した。

 

無事、860枚印刷を終え、後は真ん中に挟み込む、別のプリントを印刷するだけだ・・・。

終わりが見えて来て、安堵しつつ、最後にもう一度念のため、チェック。

 

ん?

 

あれ?

 

さっきは綺麗に1ページから4ページ読めると思っていたけれど、なんかおかしい?

1ページと4ページの順番が逆?

 

表紙になるはずのところが4ページになっている。

折って、読もうとすると、4、2、3,1という順番になっている。

 

嘘でしょ?

 

印刷中、何度も確認したよ?

 

大丈夫!
バッチリ!

 

と、何度も自画自賛したじゃん・・・!

 

うそ・・・。

 

860枚印刷しちゃったよ・・・。

 

私だったら、このプリント読める。

自分の関わる公演とかだったら、

 

「ごめんねごめんね。一番最初が4ページになっちゃった~!ページの順番通りに読めばわかるから~」

 

で、押し切るのだが、これは・・・無理でしょう。

 

ああ・・・自分で作成に関わることになったものの、この配布物、まともに読んだこともなかった。ほぼ読みもせずに、紙ごみ入れに直行させていた。

このプリントが配られても、私は気付かない自信がある。

 

しかし、稀にちゃんと読んでいるご家庭もあるようだし、これは配るわけにはいかんだろう。。。

 

PTA室にある、A3用紙の予備を確認。

 

1000枚くらいある。

 

同じようなミスをしなければ、やり直しできる。

この段階で、19時15分。

 

20時までに作業を終わらせたい。できるだろうか?

いや、やる。

やってやんよ!

泣きそうになりながら、製版からやり直しプリント。

じゃんじゃん刷られて行く間、このミスを他の役員に報告するかどうかを考えていた。

 

100枚くらいを無駄にしてしまった程度なら、報告しなくても良いかもしれない。

だが、860枚だ。

 

A3用紙を使う配布物はそれほど多くない。A3を頻繁に、そして大量に印刷するのは、恐らく私のみ。

 

皆がぼんやりしたタイプの人だったら、このミスはばれないかもしれない。

でも、PTA内においては、私は使えないバイトみたいな感じで、他の方は皆、正社員みたいな貫禄があり、とても有能そう。

末端のバイトがミスをした挙句、それを隠蔽しようとしていたことがバレる方が恐ろしい。

報告しよう。

 

バカで無能で年だけくった変な人だと思われているとは思うが、隠蔽しようとしたと思われるよりはマシだし、もう失うものなどない。

 

失敗の報告は作業を終わらせて帰宅してからにしよう。

 

A3の表裏の印刷を終え、最後のA4ペラの印刷に取り掛かる。

 

しかし、この失敗した860枚の紙、どうしよう・・・。

 

表裏印刷しちゃったから、裏紙としても、使えない。

かなりの分量で、もち上げてみると相当重い。

失敗のカミングアウトをして、馬鹿めと思われるのは覚悟しているが、このブツがここに残っているのを目撃すると、「馬鹿め」と思われる回数が、純粋に倍に増える気がする。

そして、このブツを処分するハメになった人は、重さにイラついて、「馬鹿め」という思いが、が10乗位になるような気がする。

 

このA3860枚をこの室内に置いておいてはいかん。

 

ミスをしたという事実をサラっと報告するだけで、その事実のブツは消し去っておいた方が得策に違いない。

 

たまたまおあつらえ向きな大きな袋を持っていたので、860枚の用紙を袋にぶっこむ。

めちゃめちゃ嵩張るし・・・めちゃめちゃ重い。

 

これを持って帰るのか・・・。それほど遠くないとはいえ、腰痛持ちで、股関節に持病を抱える身としては、キツイ道行。

 

プリントを終え、作業で散らかしたものをなんとか整頓して、ギリギリ20時ちょっと前に作業を終えることが出来た。

 

部屋の鍵を用務員さんに返却する際、来た時には持っていなかった大荷物を抱えている姿が目に留まったら、どうしよう。

泥棒だと思われるのではないだろうか?

 

いや、一々人の荷物なんか気にしないに違いない・・・。

色々葛藤しながら、用務員さんに挨拶をするが、

 

「お疲れ様です~」

 

と、特に怪しんでいる様子もなかった。

ホッとしつつも860枚の用紙の入ったカバンを腕に食い込ませながら、家へ戻った。

 

帰宅すると、腕には食い込んだ後ができて、赤い斑点だらけになっていた。

 

よし!グループLINEに失敗の報告をするぞ・・・。

 

「大変申し訳ございません。気を付けていたにも関わらず、A3用紙860枚をミスで無駄にしてしまいました。今後このようなことが無いように、気を付けていきたいと思います。私のミスですので、1000枚分の用紙を弁償させて頂きたいと思っております。

本当に申し訳ありませんでした」

 

送信するかしないか5分ほど悶々とするが、えいや!っと、送信・・・!

 

ミッション完了・・・。

誰にも頼まれたわけでもないのに、勝手にミスをして、ミスの証拠を好き好んで隠蔽した後、全員に向かって「ミスをしました」と、カミングアウトするという謎のミッション。

 

しかし・・・勇気を持って送付したにも関わらず、待てど暮らせど、そのグループLINEに私のミスについてコメントはつかなった。

 

新手の放置プレイ?と思いつつも、返事をするのも困惑する案件だったのかも・・・と、一周して自分の滑稽な有様が面白くなって来てしまった。

空回っているなぁ~。

 

 

 

翌朝、全然違う要件が流れてきて、それに対するコメントは流れるようについていた。

 

そして、個人的に、数名の方から、

 

「気にしなくていいですよ。私もミスしたことあります」「弁償する必要ないと思います」

「ちゃんと報告してえらいなと思いました」

等のフォローというか慰めのメールを頂いた。

優しい・・・!

いじけていた所にこういうやさしさが身に染みた。

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白いカプセルの中でじっとする

MRI検査。

10時20分の予約だったのに、何故か10時40分の予約と勘違いして、のんびりしていたのだが、カレンダーに書き込んだ予定を確認して、大慌て。

痛み止めを飲んでいるとは言え、昨日一昨日まで寝込んでいたにも関わらず、駅まで、猛ダッシュ。

徒歩20分くらいの道のりを、一度も歩かずに走り10分で駅に到着。

最初は苦しかったのだが、駅にたどり着く頃には何故かすっきり。

毎日走ると、膝が痛くなったりするのだが、たまに走るのは気持ちがいい。

それでも、10分遅刻。

こんな時、いつもは、「どうしてもっと早く時間を確認しなかったのだろう・・・」「遅れて、検査して貰えなかったらどうしよう?」「非常識だと思われるのではないだろうか?」「私のこういうところがダメなんだ…!」などという思いで頭がぐるぐるして、生きた心地がしなくなるのが常だった。

だが、半世紀生きて来て、こういう性能の自分と付き合うのに、いつも生きた心地がしなかったら大変だと、最近意識的に気持ちを切り替えるようになって来た。

十人いたら一人か二人くらいは、遅れる人はいるはずだ。

病院にとって優秀な患者もいれば、問題人物のような患者も一定数いて、受付をする人にとってもそんな患者は想定内のはずだ。私が生きた心地がしていようが、していまいが、私以外の人にとってはどうでもいいことだ。そして、10分の遅刻くらいで検査が受けられない…などということはあるはずがない。そうなったとしたら、その時考えればいい・・・とりあえず、あのダッシュで私はベストを尽くしたのだ!・・・と、それ以上深く考えないようにして、自己暗示をかけ、堂々と遅刻をしてみた。

いつもは、「すみません、すみません」と、赤べこのようにペコペコしながら、受付へ走るのだが、約束の10分前に来た人かのように余裕綽々とした態度の演技で受付へ行ってみた所、一瞬「ああ、遅刻をしてきた、低ランクの患者ね」という感じの怪訝な表情をされただけで、何も言われなかった。

 

MRI検査専門らしい病院は、そこそこ盛況で、検査の最中に聞こえる、騒がしい金属音がそこかしこに響いていた。

 

軽い問診の後、更衣室で検査着に着替えさせられ、金属性のものを身に着けているか、うるさいくらい何度も確認される。

 

「あ、マスクの中の針金、大丈夫でしょうか?」

「ああ・・・それは、大丈夫です」

 

台に横たわり、小さな白いトンネルのようなカプセルへ押し込まれた。

 

「検査は20分くらいになります。その間、動かないでくださいね」

音から耳を守るためか、ヘッドフォンを装着される。

動かないでと言われると、お尻がかゆくなったり、顔や首やそこかしこが痒くなったりしてしまう。検査が始まる前にあちこち搔きまくったが、その刺激で余計あちこち痒くなったような気もしてくる。

ビービー、やかましい音が鳴り始め、検査が始まってしまう。

もう、動いちゃいけないのか・・・。

動けないと思うと、プレッシャーが襲ってくる。

 

1分もしないうちに動きたくてたまらなくなってくる。

無心になりたい。ぼーっと何か考え事をして夢うつつになれないだろうか?

無心になるにはどうすればいいのだろうか?

そうだ、呼吸だ。

深呼吸をして、気持ちを落ち着けよう。

 

すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・。

4秒吸って、8秒吐く・・・というサイクルに集中してそれ以外余計な邪念を入れないようにしよう・・・。

しかし、うるさいな。

なんで検査にこんなやかましい音が必要なのだろう・・・。ビービーだったり、ビロビロビロ~だったり、理解不能な不快な金属音と、ヘッドフォンから聞こえる癒し系音楽が混ざり合って、ひと時も安らがない。

 

それでも、もう半分以上の時間は経ったのではないだろうか?

 

と、ヘッドフォンの音楽が途切れ、技師の方の声が聞こえる。

 

「大分画像がブレてるんですよね・・・動かないで頂けますか?」

 

え?全く動いていないんですけど・・・?もしかすると、直前に痒い所を掻いた時、既に検査が始まっていたのだろうか?

 

「わかりました」

 

まさか、今まで動かないようにしていた時間はチャラになって最初からやり直し?またカウントゼロになって20分この状態を続けるの?一瞬パニックになりかける。

いやいや、そんな事を思ってたら、余計耐えられない。

気持ちを落ち着けよう。

 

4秒吸って、8秒吐いて・・・すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・

 

と、音が鳴りやみ、白いカプセルから出される。

 

あれ?随分短い時間だったけれど、もう検査終わったの?

 

「やっぱり、大分動いてるんですよ!」

 

と、若干怒り気味の技師さん。

 

「え?動いているつもり無いのですが・・・」

 

「呼吸ですかね・・・」

 

え?呼吸???!呼吸しちゃダメなの?

 

「凄い背骨が上下してるんですよ~」

 

「ああ、ちょっと緊張するんで深呼吸してました」

 

「それですね」

「そんな激しくは吸ってないんですけど・・・」

「あんまり息もしないようにしてください」

 

え?息しちゃいけないの?20分も????

 

パニックのまま、再び白いカプセル内へ送り込まれる。

 

とにかく…深呼吸はやめよう・・・。

20分も呼吸をしなかったら、死んでしまうので、呼吸をしないっていうのは無理だが、

 

とりあえず、なるべく呼吸をしないようにしよう。

しても浅い呼吸で、胸まで吸い込まないように・・・。

 

しかし、考えれば考えるほど息苦しくなってくる。

特に閉所恐怖症とか意識したことはないのだが、飛び出して叫んで暴れまわりたくなる衝動にかられてしまう。

水中にいる時など、肺にある酸素量を調節して浮いたり沈んだりすることを思い出し、最小限の酸素で持たせる方法なないだろうかと模索してみる。

 

呼吸の回数を減らし、肩甲骨より下には吸い込まないようにしてみたり。

 

だが、意識すればするほど息苦しくなってくる。

 

なんでこんなに苦しいんだろう・・・。

 

8年程前、腰とは別のことでMRI検査したことはあったのだが、こんなに息苦しくはなかった。

私が神経質になって来たのだろうか?

苦しい。

 

少なく息を吸おうとしてもマスクが顔に張り付いていて、あまり吸えない。

マスク・・・。

 

そうか、マスクだ・・・!

 

このカプセルの中にいる間だけでもマスクを外せばよかった・・・。

マスクのせいで、圧迫感が増しているのだ。

そういえばマスクの針金は大丈夫だって言っていた。

 

よくわからないが、顔は動かしても大丈夫ってことだろうか?

手で、マスクを外すワケには行かない。

顔を動かして、なんとかマスクをずらす試みをする。

百面相のように顔を動かして、なんとかマスクを鼻の下までずらすことに成功。

 

特に注意はされないようだ。

背骨さえ動かなければ、大丈夫そうだ。

 

顔を動かしていると、大分気がまぎれることがわかり、顔を力いっぱい動かし続けることにした。

叫んで飛び出したくなる度に、大口をあけて、声を出さずに

 

「た・す・け・て・た・す・け・て!」

 

と、口を動かして見たり、ひょっとこみたいな顔をしたり。

 

これ、技師さんに見えてたら凄い恥ずかしいな・・・と、思いつつ、体に意識が向かないように、ひたすら顔面に力を入れたり、歯を食いしばったり。

それでも、もう無理・・・限界?!って思った時、

 

ビービーうるさい音が止み、

「お疲れ様でした~!綺麗に撮れましたよ~!」

 

と、カプセルから出されたのだった。

 

良かった。

技師さんも、もう怒ってはおらず労わるような感じで優しく接してくれた。

 

この程度の検査、苦痛のウチに入らないのかもしれないが、私にとって治療や検査を受ける時の苦痛の一つにじっとしていなければならない・・・というものがあるのだと、まざまざと思った。

 

痛みやだるさや吐き気に耐える・・・みたいな事の方が大変だとは思うが、心電図を取る時であったり、歯科医院で治療を受けていたりする時、そして眼瞼下垂の手術を受けている時など、痒い所を掻けなかったり体勢が変えられなかったりに、いつも苦痛を感じていた。うまくぼーっとできる時もあるのだが、意識が過敏になってしまうと、落ち着かなくなって動きたい衝動に駆られて、大変になってしまうのだった。

いつでも、ぼーっと無心になれると良いのだが・・・。

 

全身麻酔は意識をなくす怖さと、覚め際の不快感がきついので、頻繁には受けたくないし、中々かけて貰えるものでもない。意識はありつつも、いつでも瞑想をしているような穏やかな状態に気持ちを持っていける方法ってないだろうか?

 

それを会得できたら、将来いつ病気になっても、大分心構えが楽な気がする。まあ、病気をしないのが一番なのだが。

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身巾の変化が止められないお年頃

一昨年から、昨年にかけて、股関節の痛みで通っていたが、コロナ禍で通わなくなっていたDr.KAKUKOスポーツクリニックへ。

昨年両臼蓋形成不全と診断され、リハビリを受けていたのだが、今回は明らかに違う痛み。

背中から腰、膝裏、ふくらはぎという、体の背面全体が痛く、まっすぐ立つのも痛いが、靴を履くような腰をかがめる動きにも痛みが走り、横たわっていても、じんじんするのだった。

最初は内臓関係がおかしいのかと思ったが、ネットで調べているうちに、

「座骨神経痛かもしれない」

と、思うようになった。

 

実はこの症状は初めてではない。

 

7年前くらい前に、大酒を飲んだ翌日、二日酔いでもないのに、数日間痛くなり、寝込んでいた記憶がある。

 

その後、2年に一度くらい、背面が痛くて寝込むことがあったが、2、3日で収まっていた。だが、痛み止めまで服用するようになったのは初めて。

 

いつも通り2、3日で治まると思っていても、痛みが定着してしまう場合もあるかもしれない。

杞憂かもしれないが、早めに診て貰おう。

 

近所の整形外科はレントゲン撮って、湿布と痛み止めを出したり、リハビリになっても、若いお兄ちゃんやお姉ちゃんという感じの理学療法士さんが、こんな運動なら、知っているよ…という運動を指示するだけで、パッとした試しがなかった。

だが、仙台に住む母がテレビで観た番組に出ていた中村格子という女医さんがやっているDr.KAKUKOスポーツクリニックという病院が良さそうと話していて、

「あんた、そこに通えればいいのに」

と、言っていた。

テレビに出ているところなんて、混んでいたり高かったりするに違いないと、思っていたのだが、信頼している鍼灸の先生も患者さんが通っていて、リハビリのメニューがいいらしいと教えてくれた。

行ってみると自費診療もあるが、保険治療もやっていて、恐れる程高額ではないこともわかり、今までやったことの無い使えていないインナーマッスルを動かすリハビリ指導をしてくれ、とても良かったのだった。

 

この日は、院長の格子先生が診察をしてくれた。

 

「寝ていても痛くて、何もできないのですが、家族に話したら、座骨神経痛じゃないかと言われてまして・・・」

 

自分で調べて勝手に座骨神経痛だと思っているだけなのだが、自己診断をすると生意気な素人だと思うのか、たまに

「それは、こっちが決めること!」

 

と、憮然とする医者に遭遇することもあるので、受診をする時には、いつも自分の見立てではなく、家族だったり、知人に言われた・・・と、嘘をつくことにしている。

 

皆が皆、そんな気難し屋なお医者さんではないかもしれないが、無駄に悪印象を持たれたくはない。

 

昨年以来、久々のレントゲン。

 

「1年半ぶりですが・・・太られました?」

観音様のように微笑む、格子先生。

「体重は増えたとしても、1キロくらいで、それほど増減ないのですが・・・太ってます?」

「ちょっと、身巾が・・・」

 

み、身巾・・・!?

着物の寸法以外で、耳にしたことがない言葉。

レントゲンを見ると、確かに、太くなっている。

記憶はないが、前回は余程頑張ってお腹を引っ込めたりしたのだろうか?と思うほど、腹周りが細かった。

 

その後、どこを動かすと、どこが痛む・・・みたいなことを調べ、別のクリニックで後日MRI検査を受けて、その結果を持参して、診察とリハビリを受けることになった。

 

予約の電話をして、すぐにすんなり受診をきたので、コロナ禍で予約が取りやすくなっていたのかと思ったが、次回の予約は中々取れなかった。

 

前回、とてもいいと気に入っていた、産後の骨盤周りに詳しい理学療法士さんは人気で全然予約が空いておらず、一度代理でお願いした女性の先生も、先まで予約が埋まっていた。

「男性でも良いですか?」

と、聞かれ、とにかく早く治療を進めたかったので、「どなたでも・・・」と、最短でリハビリと受診の予約が出来る日を調整してもらったが、それでも二週間後まで予約は取れなかった。

痛み止めと、胃薬と、神経の薬を処方してもらい、クリニックを後にする。

 

2週間後まで、痛みが酷くならないと良いのだが。

病院を出ると、母から着信が来ていた。

 

帰り道を歩きながら、母に電話。

 

カクコクリニックの話をする。

 

「身巾・・・!はぁ~~~!そういう指摘をしてくれるのは、素晴らしいね~~~」

 

母も、私と同じく「身巾」という言葉に食いついていた。

 

体重が替わっていないのに、身巾が増えるというのは、筋力が落ちたり、骨格が変化してきたということで、それが痛みにつながっている可能性もあるのだろう。

 

痛いのは嫌だが、どうせ整形外科なんてこんな感じでしょ?・・・という予想と一味違うし話をしてくれたり、母とも話が盛り上がったりで、体が不調でもなんとなく気持ちが浮き立つクリニックなのだった。

先になるが、診断も楽しみ。

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ルーティンと化した学校行く行かないの騒動と、謎の背面の痛み②

「プン助!ごはん!とりあえず、ごはん食べな。行く行かないは食べてからにしよう」

気持ちの切り替えが難しいプン助だが、水を飲ませたり、食い物を与えたり、10分離れるなどでパっと切り替えられる時がある。

 

今日は親戚が送ってくれた大層おいしいメロンがある!朝食に食べさせてみよう!

プン助はのそのそ、布団から出てきた。

 

もそもそメロンを食べ始め、そのまま味噌汁もごはんも食べた。

 

元気が出て気分が変わると良いのだが…。

 

心なしか顔つきが柔らかくなって来た。

「居残りが嫌ならさ、先生に言ったら?家でやってくるから、居残りは嫌だって」

「ママ、言ってくれる?」

「自分で言いなよ」

「ママが言ってよ~」

「言う隙があれば、言うけどさ、授業中断してまで先生にそれ、話せないもん。ママが言えなかったら、先生に言うんだよ」

しめしめ、行く前提に話が進んでいる。

 

ちょっと休んで、11時頃、学校に行く雰囲気を作り出すことに成功。

私もプン助に付き添うつもりで一緒に玄関へ。

だが、その時、つい余計なことを言ってしまった。

「プン助もさ、毎日毎日遅刻してるのに、友達とプールはちゃんと毎日行くんだもんね」

「まあ、プールはね」

「それも変だよね。これからさ、あんま8時半までとかだったらいいけどさ、それ以上遅刻したら、プール無しにしよう」

軽い気持ちで言ったのだが、これがマズかった。

 

プン助は、履いていた靴を脱いで、部屋へ逆戻り。

「やっぱ行かない」

 

ああ、私のバカ!何故、行きそうになっていたというのに、プール無しとか持ち出してしまったのだろう…!

「ちょっと待って!プールの話したからって行かないっていうのはおかしくない?大体、ママが気に入らないことを言ったとしても、それと学校行く行かないは関係ないじゃん!」

ソファに寝そべり、むくれているプン助。

「理由なんてどうでもいいんだよ。コイツは学校へ行きたくないんだよ」

と、旦那さん。

「学校はママの為に行くわけじゃないでしょ?どうしても行きたくない理由があるなら、それを言えばいいじゃん。それを言わないで、ママのせいにして行かないのは、おかしいよ!なんで行きたくないの?」

「理由なんかない!ママ、嫌い!あっちへ行け」
「人が真面目に話してるのに、あっちに行けとか失礼だよ!好きな時だけ水持ってこいとか、ママをこき使って、あっちへ行けとかひどくない。」

「ひどいのはママだ!」

「ひどのはプンだ」

「行かないなら、ちゃんとママを説得してよ!」

「それは僕が決める!ママに言う必要なんかない!」

「必要はある!水一つ自分で持って来ない癖に、権利ばっかり言うのはさぁ」

「うるさい!」

プン助は私を遮り、私の顔めがけて勢いよくクッションを投げつけて来た。

 

その途端、私はブチ切れてしまった。

 

「ふざけてんじゃねーぞ!下手に出てたら付けあがりやがって!もういいよ!学校なんてやめればいいじゃねーか!!!やめるって言ってきてやんよ!その替わり、偉そうにぐうたらしねーで、役に立つことしやがれってんだよ!自分で飲む水も、自分で持って来ねーで、人にさせやがって偉そうにすんじゃね-ぞ!15、6歳までは家においてやっから、その後はてめーでなんとかしろや!」

 

マンション中に響くような野太い自分の声を人の声のように聴いていた。

近所の人はこの声を誰の声だと思っているのだろうな。いつも気弱にへらへら笑っている印象に違いない私の声だとわかるのだろうか?

いくら野太いとは言え、旦那さんの声には聞こえないだろうし、子供の声にも聞こえないだろう。消去法で、やっぱり私だと思われるのだろうか・・・?

 

「おめーは、自分のことを頭いいとか思ってるかもしれないけど、結局、何もやらないで、いやだいやだっていっているウチに、時間が過ぎて一番無駄な時間を過ごしてんだぞ!」

「頭いいとか思ってないよ!」

「動けるのに、理由つけて動かないのは頭いいんじゃなくて、怠け者なんだよ!怠けている間に、一生終わるぞ!こらぁぁあ!」

プン助にそう言いつつ、このセリフは正に私が自分に思っていることだった。プン助はまだ9歳だけど、私は51歳。うかうかしていると本当に一生が終わる。

だが、不思議なことに怒鳴っている時には、血の巡りでも良くなるのか、背面の痛みを感じなかった。特殊なアドレナリンでも出ているのだろうか?

旦那さん、ドン引きしているだろうな・・・。100年の恋も冷めるような感じじゃないかしら?100年の恋をしていたらの話だが・・・。

旦那さんはともかく、今怒鳴られているこの状況、プン助の記憶として一生残るだろう。

いつかあの時のことは一生許せないと思った…とか言われてしまうのだろうか?

怒鳴りながらも、どうしてこんな怒鳴るハメになってしまったのだろう・・・と、早くも途方に暮れる。

キレる時は、ちょっと幽体離脱をしているような感じで、自分が他人みたいに感じられる。

 

段々怒鳴るネタが無くなってきて、離脱していた私の何かと怒鳴っていた体が一緒になってきて、今起きている事態を持て余す感じになって来た。

プン助の顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。

やっぱり、傷ついているのだろうか?

俄かに罪悪感を覚える。

とりあえず、ティッシュで鼻水と涙を拭いて、水を飲ませると、私もどっと疲れが出てきて、頭と背中の痛みが酷くなって来た。

自分の気持ちも切り替える為に、学校へ電話する。

「宿題をやってこなかった人が居残りになることになって、それが嫌で行かないって言っているんです。今、説得中ですが、後で行くかもしれませんし、行かないかもしれないです…すみません」

学校側も、プン助のことはなんとなく承知しているので、担任に伝えます・・・と、あっさり終わった。

ロキソニンを口に放りこみ、畳の部屋へ倒れこむ。

最初は全然効かないと思ったが、30分ほどすると、嘘のように痛みが引いて来た。

痛みが引くと、気持ちも落ち着いて来た。

 

1時間後、何事もなかったかのように二人で昼ご飯を食べる。

 

「さっきママが怒鳴ってるの見て、どう思った?」

「俺の方が正しいと思った」

「何言ってるんだろう、この人とか思った?」

「うん」

「ちょっとは悲しい気持ちになった?」

「そりゃーね」

「怒りすぎて、ごめんね」

「まあ、俺も、ごめんね」

 

喧嘩を長く続ける根性は私にもプン助にもなかった。

結局プン助は6時間目に登校した。

6時間目なら、行かない方がいいのでは?と思ったりもするが、学校に顔だけでも出しておかないと、放課後友達とも遊びにくいので、そのためだけに登校したのだろう。

プン助は、元気に帰ってきて、「遊びに行ってきまーす」と、プールの支度を持って、飛び出して行った。

「宿題をしてなかった人は居残らないといけないせいで、学校へ行きたくない」

 

、と言っていたことが先生に伝わったからか、結局居残りはしないでいいと言われたらしい。

 

平和に暮らすのってどうしてこんなに難しいのだろう…。

キレてしまうのは、自分にとって難しすぎる問題が次から次へと振ってきて、それに対処できないのに、対処できているふりをしようとしたり、子育ての道として正しいと言われている寄せ集めの知識を駆使して、遠隔操作のような感覚で勝負をしているからなのかなぁ…と、ぼんやり思った。

 

 

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